第4話 遭遇

 教国北部辺境にある、小さな町。

 そこを見渡す丘の上、木々が生い茂る森の中にアレン達はいた。


 普段は閑散とした田舎町も、

 今は、傭兵が集まり、活気に満ちていた。

 町を襲撃すると、賊が予告状を町に出したからだ。


 賊が襲撃を予告する……、前代未聞の事態。

 しかも、襲撃日まで二ヶ月と充分な猶予を町に与えるおまけ付きだ。


 依頼を受けたギルドは、面目を保つ為、躍起になり、

 教国は、その庇護下にある町を守る為、資金を援助し、騎士も派遣した。

 そして、聖都は、ある情報を掴んだ。

 裏で、賊を操る者の存在がいることを……、だが、その真意を知ることは叶わなかった。


 間者である耳目衆達は、ことごとく消息を絶ったからだ。


 予告日までは、あと三日……。


 アレンは、木々の隙間を駆け抜ける。

 その速度は凄まじい。

 まるで、一陣の風だ。


 森が深くなり、辺りが暗くなる。

 アレンの前方に霧が広がる。


 彼は、赤い眼の輝きに気づき、駆けるのをやめた。

 息は切らしていない。


 深い霧が、当然のように視界を奪う。

 霧は白く、それ以外は黒く、木漏れ日が照らす。


「案外、遅いな……、教国の耳目じもく衆の質も噂ほどではないな」

 品のある青年の声。

 首がゾクとしたアレンは、腕の小手で、そこを守る。

 金属音が響く、腕に衝撃が走る。


「ほぉ、大したものだ」

 先程と同じ声、

 そして、うす汚いゴブリンが霧の奥より現れた。

 ゴブリン、闇の眷属にして、精霊の出来損ないと言われる存在。

 身長は人の子供程、垢で爛れたような浅黒い皮膚に、先が千切れた尖った耳、だらし無く開いた口からは涎を垂れ流していた。

 バランスの悪い大きな瞳がアレンを見つめる。本来なら黄色のはずの瞳が赤い。


「爺さんを殺したのはお前か?」

 アレンは腰の剣を抜いた。


「爺さん? 最初の御老人か……。それよりも、片刄とは珍しいな」

 声は、ゴブリンから聞こえるが、口は動いていない。


 再び金属音。


 アレンが、背後から振るわれた剣を刀で受ける。

 もう一度、迫ってきたそれを、今度は、剣に力を込めて弾き返す。

 相手は、アレンの力に負け、吹き飛ばされた。


「凄い馬鹿力だな! しかし、その得物では、敵うまい」

 ゴブリンから聞こえる、不自然な青年の声。


 彼の言う通り、アレンの相手は、確かに、片刄の細い剣では、分が悪い。

 その相手とは、斬撃に耐性のある骸骨の魔物、スケルトンだからだ。


 スケルトン、不浄の地に、時折、存在が報告される魔物。


 骨だけで動き、人を襲う、出鱈目な存在。


 黄ばんだ骨は、一本、一本が太く、力強さを感じさせる。

 もちろん、表情など存在しない。

 さらに、瞳のくぼみには、目撃談にあるような青白い光も無く、暗く、黒いだけだった。

 だから、何を、そして、何処を、見ているのか、何者も理解できない。

 いや、そもそも、視覚や、それ以外の感覚というものが、骨だけのスケルトンに存在しているのだろうか?


 ことわりに反し、生命を冒涜する存在、それが、スケルトン。


 対峙したアレンは戸惑い、

 “確かに、やりにくい相手だな”

 と感じていた。


 アレンは、戦う時、相手の目線や、細やかな仕草から、動きを予測する。

 初めての相手なら、さらに筋肉のつき方といった、体型も重要な情報だ。

 それは、アレンだけでは無い、誰もが、無意識に行うこと。


 それが出来ない。

 対峙して得られたのは、相手の身長は二メートル程ということと、骨は丈夫そうだ、ということだけだ。


 “対峙しても気配すら感じない……。我ながら、よく一撃目を防げたものだ”


 アレンは、自らを賞賛し、


 “いや、操っているのは、奴ということか……”


 と最初に赤い眼を見、声を聞いた時、首に危険を感じた事を思い出し、

 二撃目も、同じような状況だったと分析した。


 “恐らく、あのゴブリンに憑依し、そこから、さらにスケルトンを操るか……”


「だが、俺の敵ではない」

 アレンは、距離を詰める。


 “目で見て反応する、ただ、それだけだ”


 スケルトンの振り下ろした剣を躱す。

 瞬時に反撃し、見事に、スケルトンの両腕を切り落としてみせた。


「なかなか良い剣ではないか、だが、それが何だ」

 青年の声が背後のゴブリンから聞こえる。


 地に落ちた骨は、浮き上がり、スケルトンの腕に、再び付いて、再生した。


「粉々に砕いてみせろ」

 青年の声が、スケルトンの倒し方を教示する。


「そりゃ、ご丁寧にどうも」

 アレンは、返事と同時に、スケルトンの頭蓋の一点を素早く真っ直ぐ突いてみせた。


 “操り人形なら、糸を切れば良い”

 アレンは急所を突いたのだ。


 常人離れした眼と技が成せる技。


「質の悪いスケルトンだ。案外に脆い」

 アレンの突きを受けたスケルトンは、突かれた頭蓋を、その剣先に残し、その他の骨は、統制を失いバラバラに崩れていく。


「それは、申し訳ない、謝罪をしよう」

 ゴブリンから楽しげな声が聞こえた。

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