第3話 リズとアレン

 そして、一ヶ月後、


 辺境の町近く、静寂に包まれた森の中、若い女性が、木の根を枕に寝ていた。

 頭にかぶったフードの隙間から覗く寝顔が可愛らしくも美しい。

 僅かに開いた口から寝息が漏れている。

 華奢な身体が呼吸に合わせ動く。


 柔らかい朝の木漏れ日が、そこへ降り注ぐ。


 彼女は目を覚まし、眩しがり、手のひらで光を受け止めた。


 そよ風に木々の枝が揺れ、

 葉が擦れ合う音を出す。

 心地よい響き……。


 ふと、一枚の葉が、ゆらゆらと地上を目指す。


 女性は、それに気づき、ゆっくりと腕を伸ばす。

 葉は彼女の手を、難なく逃れ地に落ちた。


 彼女は目を細め、口元を緩めると、腕を伸ばし、長い指をしなやかに動かした。

 指の隙間から漏れる光の明暗と、その先の木々の枝葉の揺らめきと輝きが、彼女を楽しませた。


 しばらくすると、微笑が消えた。

 そして、透き通った青い瞳で、彼女に背を向けて立つ青年を見つめた。


 連れは、彼女に興味のない様子で、微動だにしない。


 彼女は、立ち上がろうと動きはじめ、

 その途中、四つん這いになり、そこで動作を止めた。

 黒い素材の良い外套越しに全身の曲線が浮かぶ。

 細い腰と柔らかな下半身の膨らみが印象的で艶かしい。


「ねぇ」

 立つのをやめ、ペタンと尻を地につけ、つま先を外へ開く。

 丁度、正座を崩したような姿勢。

 裾がレースに仕上げられた茜色のフリルスカートから小さな膝が顔を出した。


 みずみずしい透明感のある白い肌。


 そこから視線を這わすと、魅力的な太ももの形がスカートの薄い布越しに露わになっている。


 その先は……、


 組まれた両手が行く手を阻む。


 開いた外套の胸元からは、白のゆったりとしたブラウスが覗き、張りのある形の良い胸の膨らみの上には緩んだリボンがあった。


「ねぇ」

 彼女は、座ったまま少し前屈みになり、両手を地につけ身体を支える。

 ブラウスの隙間が広がり、胸の谷間が強調される。


 二度目の呼びかけ……、

 だが、連れは、振り向かない。


 小首を傾げる。

 フードが外れた。

 そこから長い黒髪が漏れ出て、地面を覆い広がった。


 艶のある美しい黒髪が、木漏れ日に照らされ映える。


 小さな可愛らしい唇から溜息が漏れた。


 視線を落とし首元のリボンを結び直す。

 その時、小さく尖った顎を引き、両手を小動物のように器用に動かした。


 一呼吸置くと、頬を膨らまし、眉をひそめ、上目づかいで、連れを睨む。


「ねぇ、いつまで野宿なのよ!」

 彼女の方へ飛んで来た葉虫を、キャッと悲鳴を上げ、手ではね除け、勢いよく立ち上がる。


「私はね、虫は苦手なのよ!」

 外套に付いた土を払っていると、目の前に蜘蛛が垂れ下がってきた。

 ぐぬぬと後ずさりをし、細い眉毛をピクピクと動かす。

 口を尖らし、目を寄せて、前かがみで、ヴーという唸り声。


「いい度胸してるじゃない」

 彼女が手を蜘蛛の方へと差し出すと、それは勢いよく燃えて消えた。


「もうっ、アレンいい加減にしてよ! 結界を緩めるからこの有様よっ! それに、野宿は、もう嫌よ!」

 肩を怒らせ、腰に手を当て、彼女より少し背が高い青年の方へと向かって行く。


「リズ、騒がしいぞ」

 青年は、木の幹に半身を預け、木立の隙間から見える眼下の町を眺めていた。

 青年の名は、アレン、腰に剣を差し、虫の多さにご立腹のリズと同様、旅装束だが、その生地は彼女のように高価ではなく、戦士に相応しいものだ。


 振り向きもしないアレンに、リズは、両手の拳をワナワナと震わす。

 彼女が、連れを怒鳴ろうとした時、二人の首筋に、嫌な感覚が走った。


 それは、やらしくねっとりと撫でられたような、とても嫌な感覚。


 リズは、ブルっと身体を震わした。


「やっと、お出ましのようだ」

 振り向いたアレンは、リズの頭に手をやる。


「なっ……」

 彼女は、顔を紅潮させ、何故か恥じらい、

「見つけるのが遅いわ、きっと雑魚ね」

 と魔力を込めた右手が淡く輝く。


「慌てるな、手の内は見せたくない。ここは、俺がやる」

 アレンの白髪混じりの黒髪が輝くと、彼は森の奥へと一瞬で姿を消した。


 リズの髪が、衝撃で、酷い寝癖のように乱れた。

「なんなの! 私を置いて行くなんて信じられない! アレンのバカ!」

 木の枝に覆われた空に向かって叫ぶ。

 次に、手頃な木の幹を、勢いで殴ると、鈍い音と共に木は砕け、倒れた。


 リズは地面に座り込み、殴った拳を痛がり、涙目だ。


「アレンのバカ!」

 今度は、先程と同じ拳で轟音と共に地面を殴ってしまい、のたうち回る。

 その後、うつ伏せになると手足をバタバタとさせ、静かになった。


 おもむろに、立ち上がり、涙を手の甲で拭う。

 ポンポンと身体の埃を払い、赤い紐を口にくわえ、髪を両手で後ろに束ねると、急いで結い整えた。


 表情が締まり、凛とした空気が漂う。


「アレンのバカ……」

 頬を膨らませ、彼女が呟くと、周囲につむじ風が起き、木の葉が舞い上がる。

 外套がなびき、膝丈のフリルスカートが風に流れ、際どいラインが見え隠れした。


 リズが膝を曲げ、小さく跳ねる。


 スタイルの良い身体が宙にフワリと浮く。


 風が収まると、彼女の姿は消えていた。

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