第2話 ついてない日
「おはよう」
ヒカリは振り向いた。
声の主はクラスメイトのザラだった。
「おはよう」
ヒカリも返す。
「今日カラス多いね」
「ね、嫌になっちゃう。お母さんが言ってたんだけど、カラスが多い日はどこかで不吉なことが起こったか、これから起こるんだって」
「へぇ~、誰か死ぬのかな。」
「もう死んでるのかも」
「死体を貪りに集まってるのね」
言いながら、二人はニヤニヤしていた。「死体」とか「貪る」などのグロテスクな言葉は ヒカリにとっては非日常的で、ヒカリを少しゾクッと、しかしワクワクさせた。
二人はカラスの多さを嘆きながら道を歩いていった。ザラと一緒だと不思議とさっき一人で歩いていたときよりカラスへの恐怖は薄らいだ。
ザラというのは不思議な人物だ。
みんなの前で「親友」といえるほど仲がいいわけではないが、一緒にいると心の休まる女の子だった。
ヒカリはザラと一緒にいることが好きだった。
学校へ着いて、ヒカリはその日不吉な目に合わされるのは自分だということを思い知った。まずヒカリは宿題を忘れていたことに気づいた。
先生はそれを嫌味ったらしく注意し、授業中まで「ヒカリは集中していない」とみんなの前で叱った。
その日は日直の仕事まであった。
自分のは含まれない宿題を運んで職員室に行くと、おまけでもうひとつ仕事を頼まれた。
学校に届いている新しい教科書類を、保管場所がないから旧校舎の教室へ一時運んでほしいというものだった。
他の先生の前だからか、急に笑顔になって頼む先生の顔。
2秒と目を合わせていられなかった。
ヒカリは先生の指示にはい、はい、と言って録に話も聞かずにヘコヘコと了承した。
「失礼しました。」
といかにも「いい子」っぽい態度で職員室を出た。
職員室は空気までねとついて体に水のようにまとわりついているようだった。
廊下に出て、やっと思いきり息が吸えた。
宿題を忘れた私への罰かなと思いながらヒカリは重い教科書を運んだ。
先生は私を嫌ってるのかも。
もし先生が私に苦しんでほしいと思っているのだったら、なおさらこの仕事は一人で難なくこなしてみせねばという謎の意地がヒカリの中で燃えていた。
ヒカリは最低でも2往復はしないと運べなさそうな教科書の束を一度に両肩に担ぎ、さらに頭の上にもう一束乗っけた。これで一回で運べる。
こんな運びかたしているところを人に見られたら、たいへんだ。生徒たちには好奇の目で見られ馬鹿にされ、先生には何て乱暴で行儀の悪い運びかたなの!と怒られるところだ。
しかし運良くヒカリは誰にも会うこと無く新校舎から旧校舎へ続く人のいない渡り廊下に入ることが出来た。
重い教科書はヒカリの両肩と頭のてっぺんを痛めた。工場なんかにあるプレス機みたいなので押し潰しているみたいだ。バランスをとるのも意外と難しく、ゆっくりしか進めない。束はまとめられてはいるが、まとめている紙は弱そうなので、すぐほどけてしまいそう。落としたら結構な惨事だ。
途中で、他の子にも頼むべきだったかと少し思ったが、実際にそうする気は起こらなかった。こういう重労働をしている自分の不幸な境遇を何気に楽しんでいたのだ。
ヒカリはやっとのことで旧校舎の教室の前まで来た。両手がふさがっているので、足でドアを開けた。こんな行儀の悪いこと、みんなの前では出来ない。
ヒカリは教室に入って息を飲んだ。
中には誰もいないと思っていた。しかし、人がいたのだ。
同い年ぐらいの少年だった。窓辺に座って、真っ黒いパーカーのフードの下から、こちらを凝視している。
一瞬の沈黙の後、彼が口を開いた。
「逃げるぞ」
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