第31話 戦場、血、そして匂い

 赤いアリに跨るセリカを先頭に北にあるエルフの城に向かう。上空にはキイロスズメバチのジュンに率いられ、蜂族やその眷属たちが空を埋めた。地上はアリ族を前に立て、その後ろを狼族や獅子族が続いていく。総勢にすれば5千を超える大軍だ。

 俺はその地上の中ほどを進む馬車、ではなくアリの引く車の中にメルフィ、そしてジュリアと共に乗り込んでいた。司令官たるジュウちゃんはその馬車の上に止まっている。

 俺たちの馬車を囲むのは信頼のおけるうちのアリの騎士たち。蜂のソルジャーと眷属の半分はヴァレリアと、女王蜂のサーシャを守る為残してきた。そう言う事も全部ジュウちゃんが決めたらしい。


「えへへ、実はおいしいワインを持ってきたのですよ」


「アタシはつまみになるものを持ってきたよ。もちろん酒もさ」


「いいねえ、俺も実はユリちゃんにソーセージの燻製を貰ってきたんだ。これなら日持ちするって」


「お、いいな、メルフィ、早速薄くスライスしろよ」


「はい、お任せを」


 メルフィは外殻を変化させた剣を作り出し、それで燻製を薄く切って皿に並べていく。その間にジュリアが木のカップを取り出した。


「ほら、あーん」


「うふふ、こっちも。はい、あーん」


 メルフィとジュリアにつまみを食べさせてもらって酒を飲む。いいよね、こういうの。


『ちょっとあんたたち、どんだけ緊張感ないのよ。今は行軍中なのよ?』


『いうだけ無駄でありますよ、ジュウ殿』


 ジュウちゃんが窓から顔をのぞかせて文句を言うと、馬車を引くアイちゃんがあきれたように口をはさんだ。


「別に、いいじゃないですか。着いたらちゃんと戦いますぅ」


「そうだぞ。ジュウは司令官なんだからしっかり指揮をとらないと。アタシたちは機甲兵に出くわす前まで英気を養わないとな」


 ちなみにジュウちゃんはアイちゃんと話し合って、俺の匂いを媒介に互いに通じる匂いを作り出した。アリ族と蜂族の意志の疎通は問題ない。つまり俺の役割がまた一つ減ったと言う事だ。とはいえ名目上の総司令官は俺。なので何もできないことがばれないように馬車の中にいるわけだ。


 無論馬車の中では何もしていないはずはなく、あんなことやこんなことをしていたのだが。


 そうなるとそれを面白く思わない連中も出てくるわけで。その日は開けた場所で野営となったのだが、たき火を囲む俺たちの元に赤アリのセリカとキイロスズメバチのジュンが血相変えてやってきた。


「総司令官! 意見具申させていただく! 総司令官の姿が見えねば士気も下がろうと言う物! 明日は私と共に先頭にて軍を率いて頂きたい!」


「そうだ! 日がな一日車の中、と言うのでは指揮官としての面目にも関わる! 明日は私と共に上空から敵陣を視察するべきだ!」


「あーもう、うっせえなあ。ゼフィロス、こいつら何とかしろよ」


「本当ですよ。あんまりしつこいと殴りますから」


「あーはいはい。ほら、二人とも」


 俺は文句をまくしたてるセリカとジュンの尻尾を引っ張って馬車に連れ込んだ。二人はひゃんと声を上げて大人しくついてくる。


「ほら、ちゃんと話は聞くから。んでセリカ。何が不満なの?」


「貴殿は私の話を聞いていなかったのか!」


「ちゃんと聞いてたから。で、本当は?」


「ほ、本当もなにもそれだけだ!」


「ふーん、で、ジュンは?」


「わ、私はその。あの二人だけじゃなく私も、その、蜜を吸ったりしてほしいかな。って」


「ジュン! 貴様!」


「はい、セリカはとりあえず外に出て。あとでちゃんと話は聞くからね」


 セリカを馬車から追い出して、ジュンの尻尾をじゅるじゅると吸ってやる。ジュンが変な声を上げたがあくまでこれは水分補給だ。ふらふらになったジュンを外に出し、代わりにセリカを招き入れる。


「あ、あなたはずるい! そんな事で私はごまかされたりしない!」


 そのセリカも何やかんやあって蜜を吸ってやると素直になった。


 たき火に戻るとメルフィとジュリアが火にかけて柔らかく蕩けたチーズをパンに乗せてくれた。さらにその上に塩の利いたソーセージ。飲み物は果実水だ。


「うんうん、おいしいね」


「あの二人はどうしたんだ?」


「蜜を吸ってやったら大人しくなった。もう文句言わないって」


「まあ、でもあんまり甘やかしてはいけませんよ?」


「けどなあ、赤アリもキイロスズメバチも仲良くやってる相手なんだ。多少はいいんじゃねえか?」


「ジュリアがそう言うならいいですけど」


「エルフ討伐が終わったらあいつらの女王にもゼフィロスを紹介してやらねえと。なんでも独り占めにしちゃあいつらだって腹もたつさ」


「そうですね。ま、あんまり興味はありませんけど」


「ところでジュウちゃんは?」


「眷属集めて打ち合わせだとよ。頭の良い奴ってのはちがうもんだ」


「本当ですね」


 飯を食い終わり馬車の中で沸かした湯で体を拭いた。それが済むと馬車の床に厚手の布を敷いて二人に両脇を挟まれるようにして眠った。



 翌朝も飯を食い、眷属たちが運んでくれた水で顔を洗って歯を磨いた。そして馬車に戻ると敷きっぱなしの布の中でジュリアとメルフィを相手にいちゃいちゃして過ごす。


『ほら、クズども! そろそろ城が見えてきたわよ。準備しなさい!』


 ジュウちゃんにそう言われ仕方なく俺たちは身を起こした。


「ほら、ゼフィロス、襟が曲がってますよ。もう、一人じゃ何にもできないんだから」


「ほら、コートに袖を。剣もぶら下げとかなきゃな。あとこの銃ってのか? こいつもしっかりと」


『良いから早くしなさいよ!』


 ジュウちゃんが金切り声、いや匂いを発するので、仕方なく馬車の外に出る。小高い丘のそこにはセリカたち主だった者が集まって来ていた。その向こうには小さく城壁で囲まれた城が見える。ゴーグルで拡大すると向こうもこちらに気が付いているらしく、胸壁には慌ただしく動くエルフの姿が見えた。


 そこに設えられた折り畳み式の椅子に腰かけ、ジュリアとメルフィがその両脇に立った。前には各種族の指揮官が武装して立ち並び、俺の前にいるジュウちゃんが指示をだす。


『まずは私たちが上から仕掛けるわ。中を覗いてみたけれど、建物が入り組んでいて機甲兵が何体いるのかはわからないの。挑発して機甲兵が出てきたらジュリアとメルフィが。そのあとにアリ族は城に突入を。狼と獅子は中から門が開いたら入りなさい』


 ジュウちゃんの匂いはミュータントである狼と獅子には伝わらない。それの通訳が俺の役目でもある。


「狼と獅子は指示あるまで待機。あんたたちには最後の詰めを任せるつもりだ」


「はっ! お任せを」


 そう言って狼と獅子の二人は丘の前面に自分たちの一族と、その眷属を配置する。眷属ってのはあれだ。軽く10mを越える狼や獅子の事ね。迫力だけなら間違いなくこの中では一番だ。


『メルフィとジュリアも前に出ておいて。機甲兵がいつ出てくるかわからないから』


「判りました」


「おう、こっちは任せとけ」


 二人がその場を離れると代わりにセリカとジュンが俺の左右に立つ。


『さ、始めるわよ』


「うん」


『うん、じゃないわよ! あんたが号令すんの!』


「あ、そっか」


 俺は椅子から立ち上がり、出来るだけかっこよく、と剣を抜いてそれを空に掲げた。


「攻撃、開始!」


 その剣を振り下ろしてそう叫ぶ。一斉に石を抱えた眷属たちが城に向かって飛んでいった。なるほど、まずは空爆と言う訳か。さっすがジュウちゃん。剣をしまって椅子に座りなおしゴーグルを最大まで望遠にする。サーチした生き物は全てunknown。エルフも眷属たちもだ。

 エルフは空から襲い掛かる蜂の群れに矢を浴びせて対抗する。だがその矢は硬い外殻に弾かれて意味をなしていなかった。蜂たちは一斉に石を落とし、エルフの作った木組みの櫓や建物を押しつぶしていった。胸壁の上のエルフたちも石を落とされ逃げ惑う。そんなとき、ゴーグルの隅に反応があった。そこに示されたのは前と同じアンドロイドAM2800。城壁の東側ににある石造りの塔の中から出てきたのだ。


「ジュウちゃん、東側の塔から機甲兵。数は3つ」


『わかったわ。メルフィとジュリアを向かわせる』


 するとすぐにアイちゃんに跨るメルフィとクロアリの騎士たちが機甲兵に突撃していった。上空からはジュリア、それにキイロスズメバチの人たちが迫っていく。


「総司令官、私も」


「うん、ジュン。気を付けて」


「はい!」


 メルフィたちが機甲兵の相手をしている間にジュウちゃんは次の指示を出す。赤アリたちに突入を命じたのだ。


「では、司令官! 私も行ってまいります」


「うん、頼りにしてるよ、セリカ」


「はっ!」


 赤アリに乗ったセリカ率いるアリの騎士たちが城に向かって突入をかける。アリたちは何事もなかったかのように城壁を登り、次々と城の中に入っていく。そして、城の門があいた。


「狼と獅子も突入!」


「「おぉぉ!」」


 俺の声に従って雄たけびを上げた狼と獅子、そしてその大きな眷属たちが次々と城におどり込む。機甲兵を片付けたメルフィとジュリアたちもそれに加わった。

 俺はジュウちゃんに抱えてもらい上空からその様子を伺った。城内は良く言って地獄絵図。あちこちに死体や噛みちぎられた手足が散乱し、血の海が出来ていた。


『はん、いい気味よ。機甲兵が無きゃ何もできないくせに』


「ま、俺もそうだけどね。みんながいなきゃ何もできない」


『あんたはいいのよ。あたしたちの一族になったんだから。エルフの始祖アイリスもそうするべきだったのよ。互いに子が作れる体のうちに』


「ま、そうだよね。正直俺もそう思う。カルロスと同じ選択をしておけば争いなんかなかったのにって」


『あら、争いはあったわよ? 私たちはキイロスズメバチとも何度も戦ったし、クロアリとも、赤アリとも戦ってきたの。こうして纏まれたのはある意味エルフのおかげでもあるわ』


「そうなんだ」


『人であれ何であれ、意思を持つ以上戦いはあるの。それは仕方のない事。けれどあいつらはその戦いに機甲兵なんてものを持ちだした。そしてその力を自分の力だと勘違いしたのよ。愚かね』


 不思議と俺はエルフたちが殺されていく、虐殺、と言っていい場面を見ても何の感傷も抱かなかった。彼らは俺たちの街を襲った。報復されて当たり前、そんな道義的な気持ちもあったし、なんというかエルフたちに同族としての愛着を感じないのだ。

 ひどい言い方をすれば害虫退治。前に見た熊やネズミの討伐と何ら変わりがなく見える。彼らはこんな素晴らしい環境の中に、あんな石造りの城を建てて、何をしたかったのだろうか。自らの権威を誇示するため? だとしたら馬鹿馬鹿しいにもほどがある。


 ジュウちゃんと共に城に降り、駆けつけたセリカに状況を確認する。報告を聞いたジュウちゃんは俺をセリカと彼女の率いる赤アリの騎士たちに任せ、指示を出すべく空に上がった。


「司令官殿、ご判断頂きたきことが。こちらへ」


 セリカたちに囲まれて地下への階段を降りていく。カツン、カツンと石造りの階段を踏む、ブーツの音が不気味に響いた。


 そこはじめじめした空間で、うっすらと隙間から差し込む日の光しか見えなかった。赤アリの騎士の一人が俺に配慮して手燭に火をつけてくれた。


 そこに映し出されたのはさび付いた牢獄とその中に捕らわれている囚人たち。手かせ足かせで縛られた彼女たちは服もない裸で、その体のあちこちには鞭で叩かれたような傷もあった。


「こっちは我らの同族で、こちらは蜂族。ヒトに近い姿の我らインセクトはエルフにとって情欲を覚える対象でもあるのです。その逆はありませんが」


 逆がない、と言うよりインセクトは蜂かアリ、男が外に出る事はないし、数も少ない。女も情欲を覚えるのは女王やファーストぐらいの物だろう。


「それで? 助けてあげればいいんじゃない?」


「彼女たちは見ての通り生きる気力が」


「その辺はさ、各種族で判断してもらおうよ。とりあえずは助けてあげて、なにか食べるものと着るものを」


「はっ! そのように」


 赤アリの騎士たちが囚人たちを連れて地上に上がっていった。


「して、こちらは」


 その奥にも牢があり、そこにはやはり首枷をされた裸の女がいた。


「お、お願いです! 助けてください! あ、あなたは同族なのでしょう?」


 その女はエルフだった。不思議な事にさっき見たインセクトの女たちには倒錯じみた情欲を感じたが、このエルフにはそうした感情は沸かなかった。同じ裸の姿、特に醜いわけでもない。ただ、なんというか生臭く感じるのだ。その声も匂いも。有体にいえば不快だった。


「好きにすれば?」


「はっ!」


 そう言うとセリカはその手に剣を作り出し、そのエルフの女の腹を突き刺した。


「ぐっ、なんで! あなたは同族…」


 そんな言葉を残してエルフの女は死んでいった。俺はその姿を虫の死骸でも見るような冷めた目で見ていた。


「最後はこちらです」


 そう言ってセリカは奥まったところにある少し上等な牢獄に案内する。そこにいたのは身なりの良い、エルフの男だった。


「き、貴様! 何をしておるか! は、早くわしを助けろ!」


 その言葉、それに人を完全に見下した目。俺はふう、と息を吐き、腰の剣を抜いた。そして握りにあるスイッチを押して超振動を起こし、牢の鉄格子ごとそのエルフの男を斬り捨てた。


「お見事でございます。ゼフィロス殿」


 セリカは跪いて、満足そうにそう言った。エルフ、こんなに醜く、そして生臭い生き物。そう感じるのは俺が変わってしまったからなのか、はたまた元からそうなのかは判らない。ただ、生理的な嫌悪感があるのだ。今の男を斬り捨て、その体から流れる血を見てもなんの罪悪感も感じない。ただ汚い、そう思うだけだ。


 牢の前にあった長椅子に腰を掛け、葉巻に火をつける。ふぅぅっと紫煙を吐き出すが心はちっとも軽くならない。


「――心中、お察し申し上げます」


 セリカは相変わらず跪いて俺を見上げた。俺はへへっと苦笑いをして葉巻をエルフの死体に投げつけるとセリカを立たせてその尻尾に口をつけた。


「あっ、おやめください! こんなところで! あーっ!」


 腰が抜けたようにカクカクと歩くセリカを伴って外に出る。すでに戦いは全て終わり、死体をみんなで外に投げ捨てていた。放っておけばカラスが来て大変な事になるのだと言う。もちろんカラスもジャイアント。さっそくとばかりに外に投げ捨てられた死体をついばみに降りてきたのは10m級だった。


 そのカラスに対する防備は狼と獅子族の眷属に任せ、俺たちは城の広間に入っていく。そこで各指揮官から報告を受けた。最初に行った空爆のおかげでエルフの弓矢による死者はなく、接近戦ともなればエルフは相手ではない。機甲兵も無事、メルフィとジュリアが退治したので被害と言うほどの被害はないらしい。完勝と言っていいだろう。


「うん、みんなのおかげで勝つことができた。ありがとう」


「まだ潜んでる奴がいるかも知れねえ。ジュロス、あんたの種族は鼻が利くんだ。残敵掃討を任せて良いか?」


「ああ、俺たちに任せてくれ」


 ジュリアの言葉に答えた狼族のジュロスは後ろに控える同族に指示を出した。


「総司令官。頼みがある」


 次に口を開いたのは獅子族のベン。


「どうしたの?」


「ここは、元々俺たちが住んでいたところなんだ。だからこの地は俺たちに貰えないか?」


「それは、議長閣下に聞いてみないと何とも言えない。だけど当面ここの守備に当たって貰えるなら助かるんじゃないかな」


「わかった、それでいい。一族をここに止め置いて、議長閣下の許しを得て、改めて移住を」


「うん、そうしてもらえる?」


「ま、アタシたちは何かが欲しくて戦ったわけじゃねえし、いいんじゃねえの?」


「そうですね。このまま放っておいて、またエルフに住み着かれるよりはよほど」


「ジュウちゃん、他には?」


『特にないわよ。それで十分』


 今夜はここに泊まることになり、それぞれ適当な部屋に入っていく。だが、ベットに染み付いたエルフの匂いが嫌で俺は外の馬車でメルフィとジュリアに挟まれて眠った。

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