第30話 思想と立場

 一月ほどして、俺たちは評議会に呼び出された。同行するのはジュリアとジュウちゃん。ヴァレリアはお腹、いや、尻尾が大きくなっているのでついてくると言ったが無理に止めた。メルフィは麦の刈り取りに駆り出され、これもついてくると言ったがアリの騎士たちに引きずられて行った。


『ま、メルフィはいてもいなくても一緒よ。アレはバカなんだから』


 ジュウちゃんは相変わらずの辛口だった。


 評議会の広間に着くと各種族の代表がいて、俺たちにも席が用意されていた。コの字型のテーブルを囲むように席に着く。俺の席は右列の一番上。新参ながらも、一番力があるのと、前回のエルフ戦で活躍した実績から上座に席が用意されていた。ジュリアがその後ろに立ち、ジュウちゃんは俺の座る椅子の背もたれにしがみつき、俺の肩口から顔をのぞかせる。


「皆さま、ご足労をおかけいたしました」


 そう挨拶するのはクロアリの騎士、ルル。評議長、カルロスの補佐役でもある。


「ついに私たちはゼフィロスさんたちの協力を得て、エルフ、そして機甲兵を完膚なきまでに打ち破ることが出来ました。そこで、此度はこちらからエルフ退治を」


 ルルがそう言うと一同はおぉぉ! と歓声を上げた。そのルルが合図するとアリの騎士たちが地図を張り付けたボードを中央に用意した。その地図は思ったよりも精巧に出来ていて、思わずほぉぉ、と声を上げてしまう。


「蜂族の方の協力で、この辺りの正確な地図が完成しました」


 つかつかと歩み出たルルが眼鏡のずれを直し、ここがセントラル・シティ、ここが女王イザベラのコロニー、そしてここがクロアリのシルフ女王のコロニーと指し棒で示していく。


 その地図によればここの東側100kmほどに女王イザベラのコロニーが、そしてここの南側50kmほど先にシルフ女王のコロニーがあった。そのほかにも狼族や獅子族のコロニーの位置も示されている。キイロスズメバチのコロニー、それにイザベラの娘、アエラのコロニーの位置も書かれてあった。


「へへん、アタシも協力したんだぜ」


 ジュリアが胸をそらしてそう言った。なるほど、毎日出かけて行ったのはこのためか。


「その各種族のコロニーから最低でも100km、その領域は安全が担保されねばならない、と考えます。その中にあるエルフの集落は三つ。そのうち最大の物が、毎年のように攻め寄せてきた辺境伯、と名乗るエルフの物。まずはここを潰し、そのあと残りの二つを」


「ちょっと待ってくれ」


 そう言って手を挙げたのは狼族の族長、ジュロス。エルフ戦で防衛の指揮を執っていた男だ。


「俺たちは西のエルフの集落とは取引がある。辺境伯を潰すのはもちろん賛成だが西の奴らは機甲兵も持たない良い奴らなんだ。全部が全部皆殺しにしなくてもいいんじゃないか?」


「うむ、そうだな。エルフは機甲兵さえなければ無害な存在だ。我らもいささか交流がないわけでもない」


 それに賛同したのが獅子族の長、ベン。なるほど、良いエルフもいるって事ね。


「何を言っているんだ! エルフとの共生などできるはずもない! 奴らは奪い、森を破壊し、そしておぞましい事に我らを酒漬けにして飲むのだぞ?」


 真っ向から反対するのはキイロスズメバチ。蜂族の間からはそうだそうだ、と同意の声が上がった。


「我らも蜂族に賛同する。エルフは通貨を使う。通貨はいずれ持つものと持たざる者を生み出すことになる。禁忌の教えの一つであろう? 我らはそうしたものを捨て、他者に使役されることなく、自分と、そして家族の為に働く。大家族主義、原始共産制。言い方はいろいろあるがそれを理想として今の世を築いてきたのではないか?」


 赤アリ族の代表が難しい事を言い始めた。彼女たちはメルフィたち、クロアリと違って燃えるような赤毛と、琥珀色の瞳を持っていた。うーん、これもありだよね。


「そこは! こちらの流儀に合わせてもらえばいいではないか!」


「無理だな。我らには不便さを克服できる優れた体がある。だがエルフにはそれがない。利便さを求めて新たな道具を。それの行きつくところが終末だ」


 赤アリの代表は鋭い意見を申し立てる。俺の後ろからはジュリアのあくびが聞こえた。


「そ、それではエルフに生まれたことが罪! そう言うのか」


 狼族のジュロスはそう食い下がる。


「そうだ。正確にはエルフを作り出した始祖アイリスの罪だ。彼らは議長閣下、それにゼフィロス殿のように我らと交わり、同化するべきだった。それを選ばず新たな種として独立し、あろうことか我らを支配しようとした。種を残せばいずれまた」


「暴論だ! 奴らとてすべてがそのように悪逆ではない! アイリスとその取り巻きが暴虐であったからと言ってすべてを根絶やしにする必要はないんだ!」


 うーむ、動物種のミュータントは元から人との親和性が高いからなのだろうか。エルフを滅するのは反対。そう言う立場だ。そして、昆虫種のインセクトは冷徹にエルフの討滅を言い立てる。どっちにしても悪いのはアイリス。そう言われると肩身が狭い。


「おいおい、その話はまーだ続くのか? あ?」


「ジュリア、これは重要な事だぞ!」


「アタシはその下らねえ話がまだ続くのか、と聞いている」


 そう脅しをかけられジュロスも赤アリの女も下を向いた。


「いいか、今回の話はその辺境伯とやらをぶっちめる事だ。その先の事はそのあとだろうが!」


「そうだな、すまなかった」


「その辺境伯はうちらがぶっちめる。あんたらはその手伝いをすりゃいい。今決めんのはいつやるか、それだけだろ?」


「…うむ、もっともだな。では出発は三日後とする。各自参加する人数をルルに、それと準備を怠りなくな」


 議長であるカルロスがそう締めると皆、席を立って行った。



「ゼフィロス殿、少し話がある」


 そう言って俺の前に立ったのは赤アリの女。


「んだぁ? まーだ面倒な事くっちゃべる気か?」


「まあまあ、ジュリア。少し話をしてくるから先に」


「あんまし遅くなるなよ? 今日はアタシの日なんだからな」


「わかってるよ。それよりもルルに参加者を伝えないと」


「はいはい。んじゃ先帰っとくからな。行こうぜ、ジュウ」


『バカの相手もほどほどにすんのよ?』


 ジュリアとジュウちゃんが席を立つと赤アリの女は俺を広間の隣の個室に招いた。種族ごとの細かい取り決めなどを話し合うため、広間の周りにはこうした部屋がいくつもあった。


「すまないな、ゼフィロス殿」


 そう言って赤アリの女は俺にコーヒーを用意してくれる。


「私は赤アリのファースト、名をセリカと言う」


「あ、どうも」


「貴殿には一つ確認をしたいことがあってこうして機会を」


「なんでしょう」


 そう答えながらも俺は、話の内容なんかより、彼女の容姿に目を向けていた。基本的にインセクトは美男美女。融合するときに容姿に優れた物しか選ばれなかったのか、それとも昆虫に美しさの要素があったのかは判らない。けれども不細工な人を見たことがなかった。

 目の前に座るセリカさんも引き締まった顔つきに眼鏡がよく似合っていた。


「率直にお尋ねする。貴殿は始祖アイリスの兄君と聞いた。その貴殿が妹であるアイリスの残したエルフ、彼らに対し、どう思っているのかが知りたい」


「どう思っているって言われても」


「エルフと戦う以上、機甲兵を倒せるのは貴殿らのみ。その貴殿がどう考えているか、それは我らの士気にかかわる事でもある」


「うーん、正直さ、あんまりエルフの事、知らないんですよ。少なくとも今まで見たエルフはろくなもんじゃなかった。話も通じず、自分たちを高みに置いて、他者を見下す。そんなのしか見てきてない」


「そうです。それがエルフ。キイロスズメバチが言ったように、彼らは楽しみの為、我らを食すことすらある。奴隷とされ、死するまで働かされ続けたものも。我らにとっては不倶戴天。さらには彼らの通貨や政治形態は我らにそぐわぬ物。彼らが栄えればそれはまた、あなたの居た時代の繰り返しとなりましょう」


「そうだね、その可能性は大いにある」


「で、あればエルフとは決別する。そうお考えであると受け取って宜しいか?」


「俺はね、セリカさん。いまのここがすごく気に入ってる。俺自身は何もできないかもしれないけど、みんながそれぞれ他者ではなく、自分たちの為に働いてる。人に雇われる、そう言う事のない世界ってのもいいよね」


「私たちは種族ごとの諍いはあっても、自分たちの種族の中で争う事はない。外敵も多いし、天災もある。それに病だって。貴殿のいた頃に比べれば残酷な世界だ。だがそれでも、貧富の差もなく、皆にいきわたるだけの食料も森にはある。そして人、そう言えるだけの技術もだ。進化し続け、発展を突き詰めた結果が滅びだった。ならば我らはその反対を行くべきと思っている」


「まあ、いいんじゃないですか、それで」


 あんまり興味のない話だったので、コーヒーをすすりながらそんな返事をする。


「貴殿にとって、失う物が大きい事も承知している。始祖アイリスは血を分けた妹。その後裔たるものが今のエルフ。貴殿にとっては一族、そう言っても差し支えない間柄だ」


「いや、もう千年も前の事ですし」


「それでも! 私は貴殿に進言する! エルフを滅する、そう宣言するべきであると!」


「あ、じゃ、そんな感じで」


「すまない、今の言葉で私は安堵した。我ら赤アリ族は貴殿に忠義を尽くしましょう」


「そんな大げさな。今まで通りうまくやっていけばそれで」


 あ、なんかやばい人だ、そう思った時、セリカはがたんと席を立ち、俺の上に跨り抱き着いた。


「失うもの以上を与えねば片手落ちとなります。ですが私が貴殿に与えられるのはこの身くらいのものしか」


 そう言って、んーっと唇を近づけてくる。


「そこまでだ! セリカ、赤アリってのはそう言うやり方をするのか」


 現れたのはキイロスズメバチ。その彼女はセリカから俺を奪い取り、ぎゅっと抱きしめた。


「あなたは私が責任をもってヴァレリアの元に届けましょう。ですがその前に私のコロニーに」


「ふざけるな! ゼフィロス殿は今から私が!」


「ああ? そっちこそふざけるな。彼は私たちスズメバチの一族。彼の決断にはわれらが報いる」


「だが彼はアリの一族でもある。お前たちではなく私が報いる」


 二人はそう言って睨みあい、互いに鎧姿に変身する。


「この上は」


「そうだな、力を持ってケリを」


「あーもう!」


 俺はそう叫んで二人の尻尾をぎゅっと掴んだ。


「ひっ!」


「イヤン!」


「もう、喧嘩しないの! キイロスズメバチの人、名前は?」


「あ、だめ、わ、私はジュンと」


「ならジュン、そしてセリカもテーブルに手をついて尻を突きだせ」


「え、な、何を」


「二人は俺に報いるんだろ? だったら蜜を吸わせろ。セリカ、お前からだ」


 鎧からはみ出た尻尾を咥え、真っ赤な鎧の尻をぱちんと叩く。そこからじわりと甘い蜜が湧いてきた。


「嫌ぁぁぁ! 無理、無理ですぅぅぅ! そんな、そんなに吸っちゃだめぇぇぇ!」


 ちゅうぅっと思い切り吸ってやるとセリカはだらしない顔でテーブルの上に突っ伏した。


「さ、次はジュン。お前だ」


 ジュンの尻尾をぐっと引き寄せその鮮やかな黄色の鎧を叩く。ジュンはごくりと唾をのみ、蜜を沸き立たせた。


「あーっ! ああっ! いい! なに、なにこれ! ふあぁぁ!」


 同じようにジュンがテーブルに突っ伏したところで、二人を置いて外に出る。なるほど、ファーストは蜜の味も濃く、反応も大きい訳か。ジュリアはセカンドだけど女王化しているので反応がいい。けれども味はあっさり目。また一つ生物学的な興味が満たされた俺は満足してコロニーに帰った。

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