第11話 性愛のプロテクト
風呂から上がるとやはり不機嫌な顔でヴァレリアが待っていてくれた。
「前も言ったが、お前は風呂に時間をかけすぎだ。長風呂は毒だと言っただろうに」
「あっ、ごめん。シュウさんとカシムさんが居たのでつい、話し込んじゃって」
「まあ、男には男にしかわからぬ話があるのだろうが、ともかく飯にするぞ」
「うん」
いつものようにヴァレリアがトレイに食事を盛り付けてくれる。いろいろ栄養の事とか考えてくれているみたいだ。その日はミンチまでとはいかないが細かく切った肉と野菜を粉でまとめて焼いたハンバーグ風のもの、それと卵料理にたっぷりのサラダ。パスタとジャガイモらしきポタージュがついていた。
ここの料理はどれも手が込んでいて非常にうまい。どことなく女性向けではあるが元の材料が何か、それを気にしなければまったく文句はなかった。
「ねえ、ヴァレリア、ジュリアは?」
対面ではなく、隣に座るようになったヴァレリアにそう尋ねてみる。
「あいつは夜警に出てる。食い物は持たせてあるから心配はいらん」
「そうなの? 昼間にクマと戦ったり、結構長い距離飛んだから疲れてそうだけど」
「自分の任を疎かにするからこうなる。罰がなければ示しがつかないしな。あいつの事は放っておけ。それより食後に何か飲むか? 部屋に戻って酒にしてもいいが」
「うーん、折角だから紅茶でも飲もうかな。はちみつ入れて」
「そうか。なら用意しよう」
風呂上がりのヴァレリアは朝とは違い、いつものラフな格好の上に、薄いガウンのようなものを羽織っていた。なんかおしゃれだ。それにしても、ここにいるワーカーの人はみんなスカートにエプロン、それも何気に凝っている。それぞれ個性もあるのだ。それに比べ、ソルジャーの人はジュリアを始め、みんなラフ。色こそ違う物の大体がタンクトップにスパッツ履きだ。そして共通点はみんな尻尾のような小さな蜂の腹を服から出している事。平べったい蜂の尻尾、それに鞭のようにしなる触覚さえなければ人間と変わらない。
そして何より重要な事だが、このコロニーにはブスが存在しないのだ。方向性の違いこそあれみーんな美人。あとは好みの問題だ、
その好みにおいて、ヴァレリアはストライク。軍人のような姿勢正しく威厳のある所作、凛とした、と言う表現がぴったりの顔。そして俺を見る目はどこまでも優しい。
ジュリアはジュリアでこれまたいいのだ。一見荒っぽくて近寄りがたいが、慣れてみるとものすごく気が利くし、思いやりがある。飛ぶ時も俺に気を使ってくれたし、なんとなく家庭的な一面ものぞかせる。たぶん、二人だけじゃなくここにいるすべての人が馴染んでしまえば魅力的に感じるのだろう。なんせ、みんな美人だし。
「どうした? 何か気になる事があるのか?」
「いや、ヴァレリアが言ってた通り、みんな綺麗だなって」
「ふふ、そうか。それを飲んだら部屋にいくぞ。席を空けてやらねば後がつかえる」
「あ、そっか、いっぱいいるんだもんね」
席の数はざっと100。ここには400を超える人がいる。いつまでも居座っては邪魔になるのだ。きっと女風呂もそうなのだろう。だから手早く、とヴァレリアは言うのかもしれない。
部屋に戻って一服つけながらヴァレリアに今日の出来事を話した。ヴァレリアは俺の話を楽しそうに聞いてくれ、ときおり、そうか、そうか、とにこやかに相槌を入れてくれる。
「眷属たちとも仲良くなれて何よりだな。しかしクマか」
「うん、すっごく大きくて、スズメバチたちの針も通らない感じだったよ。アレじゃ俺の剣があっても太刀打ちできないね」
「そうだな、クマは皮が厚い。あれを貫くには槍でなければ。ま、ジュリアであれば問題は無かろう」
「うん、ジュリアは凄かった」
「……本当であれば私がジュリアの代わりに外を案内したかったのだがな。仕方あるまい。さ、そろそろ寝るか」
そう言うとヴァレリアは蝋燭の灯を吹き消して、ガウンを脱いだ。そしておもむろに中に着ていたタンクトップを脱ぎ始める。おっぱいが布の拘束を解かれ、ぼろろんっと揺れるのが、スローモーションで見えた。
「あ、あの」
「どうした? こうしたほうが良いのだろう? さあ、早く。私が抱いてやろう」
俺はふらふらと灯りに吸い寄せられる蛾のようにヴァレリアに近づいて行った。その俺をぎゅっと抱え、中肢でホールドする。そしてベットに横たわると頭を撫でてくれた。
「ふふ、最初からこうしてやればよかったな。私は男の好みと言う物が判らぬからな。どうだ? 私のおっぱいは」
「さ、最高れしゅ」
「お前が望むなら、いつでもこうしてやる。私はお前の世話を任されているのだからな。――それに、お前は命の恩人だ」
頭の中が真っ白になりそうな夢心地。一人じゃない安心感、そして人肌のぬくもり。そんな感触に溺れるようにして眠りについた。
「お前には私がいる。ジュリアではなく、私がな」
薄れかけた意識にその言葉だけが残った。
「……かわいい、だいしゅき、んもう、ちゅっちゅしちゃう」
そんな声と共に、おでこに柔らかい感触を感じて目を覚ます。頬に当たる感触はまた別の柔らかいもの。俺はそれに無意識に手を伸ばしていた。
「ふふ、触りたいのか? 遠慮などするな。好きに触ると良い」
そう言われて遠慮などするはずもなく、俺は朦朧とした意識の中、そのおっぱいを揉んだ。寝覚めのおっぱいである。朝のあそこは当然フルチャージ。しかも中肢で抱えられ密着しているのだ。
「ん、トイレか? おしっこが溜まると男はそうなるからな。さ、行って来い」
それは子供! だがこのままではまずいので言われた通りにトイレに行き、用を足した。生殺しにされ続けの股間の蛇が不満を訴え続けているが、用を足すと落ち着いた。部屋に戻って顔を洗い、歯を磨く。
「ねえ、ヴァレリア、さっき何て言ってたの?」
「なんの事だ? 寝ぼけているのではないか? さ、飯を食わねばな」
いつものタンクトップにスパッツ姿のヴァレリアは自分も身支度を済ませると俺の手を引いて食堂に向かう。そこにはいかにも徹夜明けといった感じのジュリアが兜だけ外した鎧姿のまま、もそもそと食事をしていた。
「あー、もう限界。姉貴ぃ、さすがに徹夜はどうかと思うぞ?」
「ふっ、ならばその分今日はゆっくり休め。自分の寝床でな」
「ああ、そうする。ゼフィロス、またあとでな」
そう言い残してジュリアはふらふらと去っていった。
朝飯を食い、部屋に戻るとヴァレリアは俺の爪を切り、耳かきをしてくれた。
「お前はわが一族。身だしなみはきちんとしないとな」
そう言ってそのあと髪を梳かしてくれ、白い綿のシャツと元々俺が履いていた硬めの生地のズボンを着せた。
「ワーカーに言ってお前の服も
いつもはゆったりとしたシャツと膝丈までのステテコのようなズボンだ。別にそれで不満はないのだが。
「うむ、やはりきちんとした姿の方がいいな」
靴下にブーツまで履いた俺の姿にヴァレリアは満足したようで、今度は自分が着替えを始める。流石に後ろを向いてくれたのでほっとしたが、下着は昨日見たものよりも洒落たものだった。まずブラジャーっぽいものを付け、その上にハイネックの袖のないシャツを着る。そしてスパッツを穿いて、その上に短い巻きスカートを付けた。靴は革製のショートブーツ。
「どうだ? 似合うか?」
「うん、すっごくいいね」
「今までは服などと、バカにしていたがな。やはり身だしなみは大切だと思いなおした」
互いにやや照れながらそんな話をしていると、ヴァレリアが急にはっとした顔になる。
「お母様がお呼びだ」
そう言って俺の手を引いて部屋を出た。そして手をつないだままで歩いていく。初日とは大違いだ。ま、それだけ馴染んだという事だろう。
部屋に入ると薄絹の服を纏った女王様。色々な部分がぎりぎりで透けてはいないが刺激が強い。まさに目の毒だ。長椅子にすわる女王様の隣には魔法使いのようなゆったりしたローブを来たグランさんがいた。
「うふふ、ゼフィロスさん、娘たちとは仲良くしていただいているようですね」
「あっ、はい。みんな、すごく良くしてくれて。ヴァレリアもジュリアも」
「そうですか、そちらにおかけになってくださいな。あら、ヴァレリア。今日はめかしこんで」
「私も身だしなみはきちんとせねばと思いまして」
「ふふ、そうですか。ですが少し、ゼフィロスさんとお話が。あなたは席を外してくれますか?」
「わかりました。ゼフィロス。部屋の外で待っている」
「あ、うん」
ヴァレリアが去ると女王様は立ち上がり、自らの手で紅茶を用意してくれた。グランさんはにやけた顔で俺をじっと見ていた。
「しかし、トゥルーブラッドのフェロモンか、はたまた君の個性かはわからないが大したものだね」
「ええ、あのヴァレリアが、あんなに」
「えっ、どういうことですか?」
二人は顔を見合わせふふっと笑い、女王様が俺に身振りで紅茶を進めた。それをずずっと啜る。うん、ちょうどいい甘さでおいしい。
「ヴァレリアは女になりかけているのですよ。つまり、あなたに恋をしかけている」
「えっ? 確かに良くしてくれますけどアレは家族愛的なものでは?」
「ええ、本人はそう思っているはず。けれど、ああして着飾るのはあなたに良く思って欲しいから。家族愛であれば居て当然。自分を良く見せる必要などはないのですよ」
「そう言う事さ。あの子に掛けてある性愛のプロテクトが解けかかってる。こんなことはイザベラでなければできない。なのに君はそれを解いた、種族的にも興味深い事だよ」
「そうなんですか? 確かに昨日あたりから積極的ではありましたけど」
「あの子は君を異性として意識し始めてる。それは間違いない。だけどそうすると困ったことにもなりかねないんだ」
「そうですよね。俺が我慢しきれずに手を出したら大変ですもんね」
「いや、それは問題ない。君があの子を、ある意味では理想さ。けれども、あの子だけじゃないだろう?」
「ジュリアも?」
「そうだね。そしてジュリア以外もああなる可能性が。そもそもなぜそうした事にプロテクトをしているかわかるかい?」
「うーん、人口調整ですかね?」
「それもある。みんなが好き勝手に子を。そうなれば食料も住むところもたくさん必要だからね。いずれは他の種族のところから奪う、なんて事にもなりかねない。けど、もっと大事な事が」
「なんですか? それは」
「嫉妬。もちろん彼女たちにもそれはある。自分よりも技術や強さで上の者には嫉妬する。けどそれは向上心につながるからね」
「だったら」
「問題は、それが異性や子に対する嫉妬だった場合さ。異性の取り合い、子を産めたもの、産めないもの。さらにはその子の出来がどうとか。それは相手を見下す事にもつながるし、下手をすれば殺し合い、なんてことも。僕たちは元々好戦的だからね」
「ええ、ゼフィロスさん。グランさんの言う通り。女、そうなってしまえば譲れぬことがいくつも。ヴァレリアは元々責任感の強い子です。ですからあなたの世話を任せているの。その責任感、それにあなたに命を救われたこと。そう言うことが折り重なってプロテクトを解いてしまったのでしょうね」
「彼女は誰かを救う事はあっても救われることはなかったからね」
「けどそれならユリちゃんだって」
「ユリはまだ、価値観が定まっていません。あの子が強さに意義を感じるソルジャーになればきっとその事が。ですがあの子はワーカにするつもりですから」
「ソルジャーになればきっと君に。何人もそうなっては困る事になるからね」
「その、俺はどうすれば」
「あなたはどうしたいのですか?」
「うーん。図々しい事を言わせてもらえばずっとここに」
「ふふ、それは当たり前ですよ。あなたはもう私たちの家族。ここを出る事は皆が許しません」
「あのね、ゼフィロス。先に僕の意見を」
「はい」
「君は特別な存在。僕たちが独占、そう言う訳にも行かないんだ」
「グランさん?」
「イザベラも聞いてくれ。他はともかくクロアリたちとの軋轢は避けなければならない。それはこのコロニーの存亡にかかわるからね」
「ならばどうせよと?」
「結果はどうあれ彼をクロアリたちに紹介するべきだ。もちろん相手がどう出るかはわからない。彼を不要、とあればうちで。そうでなければ」
「なければ?」
「彼にはあちらとこちら、両方を。それにはヴァレリアやジュリアのプロテクトが完全に剥がれる前に評議会に」
「ねえ、ゼフィロスさん。クロアリなどは相手にせずともここで。私があなたの子を。ヴァレリアたちも好きにして構いません。あんな連中なんか」
「イザベラ。これは必要な事なんだ」
「なぜ他所の女に! 彼の情は私が受け止め、満足させればいいでしょう? それにヴァレリアたちだって!」
血相を変え、グランさんに詰め寄る女王様。グランさんは苦い顔、これだけは絶対に言いたくない、そんな顔をしながら口を開いた。
「ヴァレリアたちはともかく、イザベラ、君には僕がいるじゃないか。種族の違う彼に愛しい君が。そんなのは」
「……まあ、まあ、グランさん、そんなにも私の事を!」
やっちゃった。グランさんはそんな顔で頭を抱えた。だがそれは女王様からは嫉妬の苦悩に満ちた顔に見えたらしく、大きな体でグランさんを愛おし気にぎゅっと抱えた。
「ゼフィロスさん。私は夫の愛に応えなければなりません。ヴァレリア、そしてジュリアはあなたの良いように。娘たちの事、よろしくお願いしますね?」
「あ、はい」
「さ、グランさん。私たちも」
「あ、うん、先に寝室に言っててもらえるかな。僕は少し男同士の話が」
「叩きあったりしてはいけませんよ?」
「あは、もちろんだよ。僕は知っての通りものすごく弱いからね」
「ではゼフィロスさん、私はこれで」
女王様は大きな蜂の腹を機嫌よさげにふりふりと振って、鼻歌を奏でながら奥へと消えた。
「はぁぁぁ! なんて事言っちゃったんだ! 僕のバカ!」
「あはは、かっこよかったですよ」
「もう、それもこれも君のせいじゃないか! なんで僕は!」
「でも、ああ言う必要があったんでしょ?」
「そうさ! 君がどう思おうがクロアリには話を通さなきゃいけない。僕は戦争なんか真っ平だからね! そして君はヴァレリアたちのプロテクトが剥がれ落ちる前にクロアリとも関係を結ぶんだ。いいね、これは絶対だよ? 君が生きる為にも必要な事だ」
そう言ってブリブリしたままグランさんは奥に消えた。奥からグランさんの「アッー!」と言う叫びが聞こえたので、俺も部屋を出た。
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