第7話 激闘! アンドロイド
シェルターのあった崖が崩れていく様を俺はヴァレリアに抱えられた姿で上空から見ていた。人類の最後の残滓とも言うべき施設の崩壊を間近に見ると流石にクルものがある。あとは俺が何らかの形で生涯を終えてしまえば『ニンゲン』と言う種族の痕跡は跡形もなくなるのだ。
感傷に浸っているとゴーグルに生体反応が現れる。それをヴァレリアに伝え身を隠すことのできる大きな木の枝に腰を下ろした。表示は『unknown』望遠機能を最大にするとそこには青白い顔の男が土木工事用の複合アンドロイドを連れていた。
アンドロイドの型番はDK-3000 主に整地、掘削に使われる。工事用途アンドロイド独特のタイガーカラーをした古い形のアンドロイドで俺達が眠りについた頃にはもう一線を退いていたはずだ。クマのようなフォルムが特徴的だった。
ゴーグルが示してくれた情報は以上。と、いうことはあの青白い顔の貧相な男がエルフなのだろう。
「どうやらエルフみたいだね。アンドロイドを連れてる」
「ほう、ここから判別できるのか。そのゴーグルはすごいものだな」
ヴァレリアは感心しきりだがこのゴーグルの最大の売りであるアナライズはこの世界ではほとんど機能していない。今もたまたま古いアンドロイドだから識別できただけで、この時代につくられた最新型があるならば『unknown』と表示されるに過ぎないのだから。
「しかしエルフがこの辺で単独行動とはな。殺してくれと言わんばかりではないか」
「普通は単独では動かないのか?」
「当たり前だ。奴らは全ての種族に忌み嫌われている。一人で辺境のこの地まで訪れるなど自殺志願と変わらん。ではお望み通り殺してやるとするか!」
「ちょっと待って。単独行動するということはそうせざるをえない事情があるわけで、取り敢えず話くらいしてもいいんじゃないか?」
「関係ない。この森は我々の領分だ。そこを犯したのだから殺されても文句はあるまい?」
そう言うとヴァレリアは『メタモルフォーゼ』と小さくつぶやき、一瞬の間に例の鎧姿に変身する。
「お前はここにいろ。なあに直ぐに戻ってくる」
「ちょっと待てって。頼むから戦う前に話をさせてくれ。ほんの少しだけでいいんだ」
「ふむ。まあいいだろう。お前が危険だと判断すれば直ぐに私が出て行く。くれぐれも気をつけるんだぞ?」
「ああ、そばにいてもらえれば万が一にも安心だ」
相手に発見されないよう低空で飛行し、エルフとの距離を詰める。相手がどんな武器を持っているのかわからない以上、念には念を入れるべきだろう。ヴァレリアに抱えられたまま俺は腰に佩いた単分子ブレードと懐に忍ばせているエアーガンの握りを確かめた。施設から持ち出した予備の剣は薦包みのまま先ほどの木の枝に置いてきた。
後方30mほどまで近づいた俺たちはそこで着地する。いきなり声をかけて銃などを発泡されてもかなわないので枯木の裏に身を潜めて声をかけた。
「おい、そこのアンタ!」
エルフの男は何事かと一瞬ギョッとするも落ち着きを取り戻すと値踏みするように俺を見る。
「アンタ、とは私のことかね?」
「そうだ。アンタ以外に誰がいる」
「装束を見るからに平民のようだが、この私に何か用かね?」
言い方がいちいち癇に触る。枯木の裏に潜むヴァレリアにそのまま殺すよう言いたいぐらいだ。
「アンタが何者か知らんがアイリスと言う名に心当たりはないか?」
「貴様のような輩が軽々しく口にしていい名では無い! 我らがエルフの始祖にして永遠の導き手。全知全能の神アイリス様の御名はな!」
え? エルフの始祖? 永遠の導き手? まさかあのアイリスが? いやいやアイリスなんて名はいくらでもいるだろ!
「アンタの言うアイリスじゃなくてな、そう、髪は俺と同じ黒で瞳は緑。背はこんくらいで特徴って言えば……あ、そうそう左目の下に泣きボクロがあるんだ。年は18だった」
「おお、それこそアイリス様の目覚めのお姿! あのお方がこの世界に降臨されて以後アイリスと言う名は名乗ることを許されておらん。故にその名を持つのはあのお方以外に考えられぬ」
……なんてこった。妹のアイリスがエルフの始祖? 俺は混乱する頭を必死に立て直し、質問を続けた。
「で、アンタはこんな辺境でなにしてるんだ?」
「決まっておろう。巡礼だ。アイリス様の目覚められた聖地へのな。単独で聖地への巡礼が叶えば我が栄誉。誰にもできぬ事を成し遂げるのだからな」
聖地ってもしかしてあの施設? さっき壊しちゃったよね。そんなこと言ったらこの人怒っちゃうかな? 怒っちゃうだろうねー。
「話は以上か? であれば私は先を急ぐが」
「え、えーっとあのさ、その聖地って崖になってる所?」
「ほう、よく知っているではないか」
「いや、そこさ、さっき崩れちゃった」
「……何を言っているのだ?」
「だからさアンタの言う聖地ってのすっかりきっかり跡形もなくなくなっちゃったんだって」
「貴様! 貴族たるこの私を愚弄するか! 聖地が消滅だと? ありえん! そんな事はあってはいかんのだ! さては貴様このあたりの虫けらどもの仲間だな? で、あれば生かしておく必要を認めん。わが始祖たるアイリス様を貶めた罪、その身で
威勢良く命じる貴族様。ところが意に反してアンドロイドはウンともスンとも言わなかった。
「貴様、何をした!」
いや何もしてないよね。あーなるほど、アンドロイドには人を攻撃しないようリミッターが付いてるもんね。あれ?って事はさ、もしかして俺ってエルフに無敵?
その可能性に気づいた俺はエルフの貴族様につかつかと歩み寄り、その頬を殴ってみた。さっきから偉そうにしてたしこのくらい別にいいよね?
お貴族様の体は想像以上に貧弱で力いっぱい殴ったわけでもないのに大げさにひっくり返る。
「き、貴様! 貴族であるこの私に手を上げるとは! 何をしている! ベアタイガー! 早急にこやつを殺せ!」
中二的なネーミングをされた工事用アンドロイドは相も変わらず沈黙を保ったままだ。貴族様は錯乱寸前の勢いでアンドロイドを叩くも取り立てて変化があるわけもない。
「な、ならば仕方がない。不本意ではあるがこの私、自らの手で引導を渡してやろう」
そう言うとこれまた骨董品クラスの火薬式拳銃を向け、躊躇なく引き金を引いた。
パンパンと言う乾いた銃声が響き、えっ? と驚く間もなく弾は俺の体に命中。その数3発。ズシッとした衝撃があり、俺はそのまま後ろに倒れこむ。
「ゼ、ゼフィロス!」
ヴァレリアが身を隠していた枯木から姿を現し、俺に走り寄る。
「ふん、やはりな。虫けら共の一味であったか。だが光栄に思うがいい。その男は貴重な古代兵器によって死を与えられた。中々できる死に方ではないぞ?」
その時、今まで沈黙していたアンドロイドが動き出す。狙いはヴァレリアだ。
「いいだろう。貴様は私の家族に手をかけた。その罪の重さを味わえるよう殺してやる」
「はっはっはっは! 貴様ごときが我がベアタイガーを倒せるとでも? 貴様の薄汚い羽が毟られ、手足がもがれていく様を私はここで見物させてもらうとしよう。せいぜい良い声で鳴くのだな!」
ヴァレリアは外殻を変化させた槍を作り出し身構える。そして
「甘い!」
エルフはリボルバー式の拳銃を素早く合わせ、ヴァレリアに発砲! パンパンと再び銃声が轟く。
「こんな物!」
発射された銃弾はヴァレリアの外殻に弾かれ、僅かにその表皮を削っただけだ。
「死ね! 死ね! 虫けらめ!」
エルフはトリガーを引くもガチャガチャとカラの弾倉が回るだけ。どうやら弾切れらしい。
「ひ、ひぃぃいい!」
ヴァレリアの槍が貧相なエルフを貫くかと思われた瞬間、彼女の槍はアンドロイドが振り下ろした腕によって真っ二つに折られた。
「は、はははは! どうだ! 貴様ら虫けらどもの攻撃など我らが誇る機甲兵にかかればこの程度だ!」
ヴァレリアはバックステップでアンドロイドの追撃を避けると、再び外殻を変化させ槍を創りだす。
「機甲兵だろうがなんだろうが家族の仇は取らせてもらう。例え命に代えてもな!」
彼女は脚力と羽を使い、とてもではないが人間には出せない速度で動き回りアンドロイドの関節や装甲の継ぎ目に的確に槍を突き立てていく。アンドロイドもうるさい害虫を追い払うかのように手足を振り回すもヴァレリアの速度にはとてもじゃないが追いつかない。とは言え、ヴァレリアもこれといった有効打を与えられずにおり、このままいけば無尽蔵の動力を誇るアンドロイドに対して生き物であるヴァレリアの体力が限界を迎えるのは解りきっていた。
俺は撃たれた衝撃で一時的に呼吸困難に陥り、声を上げる事も、動くこともできずにいたが、ようやく体の自由がもどりかけていた。
いくつもの槍がアンドロイドの関節に突き立ち、その槍はアンドロイドの動きを阻害していたが、俺が立ち上がりかけた時には、ヴァレリアの体力の方が先に尽きていた。動きの遅くなった彼女をアンドロイドが切削用の爪のついたマニュピレーターで体ごと掴んだのと俺が立ち上がり、単分子ブレードを抜いたのは同じ時だった。
「はっははは! これが貴様ら下等種族とエルフの違いだ! ベアタイガー! そいつの羽と手足を
「くそっ! 離せ!」
ヴァレリアはもがくがきっちり掴まれていてはどうにもならない。
「まずは足からだ!」
アンドロイドの腕が迫る。その時、ようやくたどり着いた俺は、単分子ブレードのトリガーを引いた。僅かに音を立てて振動を始めた刃先を、そのままヴァレリアを掴んでいるアンドロイドの左腕に叩きつける。
バターを断ち切るような手応えがあり、剣の刃先が機械の腕に沈んでいく。数瞬の後、彼女を掴んだ腕は力なく地面に落ちた。
「おい、オッサン! アンタのおもちゃはこのとおりだ。殺されたくなきゃ降伏するんだな!」
「な、なにをいうか! この誇り高きエルフの私が貴様らのような虫けらに降伏など……」
彼の言葉は最後まで紡がれることはなかった。何しろ束縛をほどかれたヴァレリアの槍がその腹を貫いていたのだから。
「ふん、我らが虫けらなら貴様は何だ? おもちゃがなければ戦うことすらできぬ出来損ないが!」
エルフの貴族は最期にパクパクと口を動かすもそれを最後に動かなくなった。
『オペレーション6。オーナーの死亡を確認。自壊プログラム作動』
この世に誕生して1000年以上の時を刻んだであろうアンドロイドは最後に抑揚のない機械音声でそう言うとポロポロと崩れ落ち、あっという間に只の土くれとなった。
「ヴァレリア、怪我はないか?」
「ああ、大丈夫だ。お前の方こそあの古代兵器とやらに撃たれたのではないか?」
「それならこのコートが防いでくれた。突然の事で対応が遅れ、しばらく動けなかった。助けに入るのが遅れてすまない」
「結果として私は無事なのだ。お前が気にする必要はない」
それだけ言うと彼女は俺の肩にもたれかかるようにして気絶した。
「おーい! 無事かー!」
空から声がする。見上げれば百近い数の蜂族が空を覆っていた。先頭を飛ぶのはジュリアだ。俺は安堵したせいかヘナヘナとその場に座り込んだ。腕に抱えるのは気絶したヴァレリア、2mほど先にはエルフの死体が横たわり、そのすぐそばには土くれと化したアンドロイド。何しろ命懸けで戦うなど初めての事だ。ちょっとでも気を抜けば俺が気絶しかねなかった。
「で、コイツはどう言う状況だ?」
目の前に降り立ったジュリアが俺を覗き込みそう言った。彼女の後ろにも次々と鎧姿の蜂族が舞い降りてその圧力は尋常では無い。
「その、エルフがいてさ、話を聞かせてもらおうとしたらいつの間にかこんな事に」
「ほう、きっちり仕留めてるじゃねーか。流石は姉貴だ。ま、アンタも姉貴も無事ならそれでいいさ。細かいこと言われてもアタシじゃわかんねーし。とにかく帰ろうぜ?」
ジュリアが後ろに目配せすると二人の蜂族が進み出て気絶したヴァレリアを抱えた。
「アンタはアタシが運んでやるよ。まったく、飛べねえってのは手がかかるもんだな」
そう言いながらもジュリアは中肢で背中から優しく俺を抱えて飛び立った。
「あ、そうだ! 荷物があるんだ。ジュリア、すまんが寄り道してもらっていいか?」
「たくしょうがねーな! アタシは便利屋じゃねーっつーの。まあいいか」
ジュリアは後ろを振り向き後続に先に帰還するよう指示を出した。未だ目を覚まさないヴァレリアが気にかかるが、二度と手に入らない荷物も気にかかる。万一エルフや敵対する種族にあれが渡れば脅威となることは間違いないのだから。
「で、どこに行きゃいいんだ?」
「あそこの木の上だ、そうそうあの太い枝のとこ」
無事だった薦包みを抱え、再び空へ。あたりは既に薄暗くなってきていた。
「ゼフィロス、その包みはなんだ? 当然、アタシには一番に見せてくれんだろうな?」
「女王様に見せたらな」
「ちっ、まあ、母様の後ってんならしょうがねーか。約束だぞ? その包みはアタシに他の誰よりも先に見せるんだ。嘘吐いたら空から投げ捨ててやるからな!」
「はは、そりゃ勘弁。わかったジュリアには女王様の次に見せる。約束だ」
ジュリアに抱えられ、コロニーに到着する頃には既に日は落ち、夜空に星が瞬いていた。ヴァレリアは既に内部に運び込まれ、ワーカーたちによる手当が行われているらしい。俺とジュリアは外の喫煙所で一服つけていた。
「残念だったなゼフィロス。お母様は既に睦言に入られたそうだ。会えるのは明日になる。って事でその包み、アタシが先に見ても問題ねーよな?」
ジトっとした威圧的な、それでいて嬉しそうな複雑な表情で俺を覗き込むと返事も待たずに薦包みを開け始めた。
「おい、こりゃ何だ?」
「武器だよ。俺が腰に下げてるのと同じ」
「へぇー、そりゃ武器だったのか! アタシはてっきり穴か何か掘る道具かと思ってたよ」
キラキラと瞳を輝かせながらジュリアはおもちゃを与えられた子供のように単分子剣をいじくり回す。
「おい、おもちゃじゃないんだ。下手に扱って怪我でもしたらどうする?」
鞘から抜いた剣を不思議そうな顔で見ていたジュリアは思い立ったかのようにブンブンと振り回し始めた。
「これ、こうやって使うんだろ? 案外軽いな。こんなもんで役に立つのか?」
そう言いながらジュリアは自分の外殻を変化させた槍を作り出し、入念に見比べている。
「切れ味は保証するよ。なにせアンドロイドの外殻も斬れたからね」
正直ギミックのついていない剣で斬れるかどうかは不安だったが理論上は大丈夫のはずだ。最も相応の腕が要求されるだろうけど。まあ、俺がその剣を持ったところで碌に使えないのは間違いない。
「嘘つけ! このアタシの槍ですら貫けない機甲兵がこんなもんで斬れてたまるか。騙そうったってそうはいかねないよ」
「嘘じゃないって。さっきだって俺がアンドロイドの腕を切り落としたからこそ勝てたんだから」
「はあ? 冗談にしても笑えねえ。アンタのどこにそんな力があるってんだ! 姉貴の手柄を横取りするなんざ、ちいとばかしお仕置きが必要だな」
ジュリアは咥えていた葉巻を投げ捨てると立ち上がって槍を構えた。
「いや、ほんとなんだって!」
「本当かどうかはアタシが決める。機甲兵とやりあえるってんなら、ここでその腕前を見せてもらおうか!」
「いやいや、マジでストップ! やりあえるけど、本当にやりあえるんだけど、それには複雑な事情ってものがあって!」
「嘘つきには体で覚えさせるしかない。それがここの方針だ」
「それは立派な教育方針だと思うけれども! 俺は嘘つきじゃないんだって!」
みぎゃーっと言う俺の悲鳴が夜空に響いた。
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