第8話 暖かく、柔らかく、そして心地のいいもの(二人前)
あれ? どこだここ。なんか柔らかい物の上に寝かされてる。腫れた瞼をなんとかこじ開けると目の前には二つの丸い物体。なんとなく触ってみると、あったくって心地よい柔らかさ。それでいてどこか懐かしく、とてもいい匂いがして離し難い物だった。
「お、目が覚めたか? いいか、これに懲りたら嘘なんかつくんじゃねーぞ?」
上から優しげな声が聞こえるが俺は手に触れた丸い物に意識を取られていた。
「なんだぁお前、赤子じゃあるまいし、そんなに胸に触りたいのか? だったらこうしてやろう」
丸い物が近づいてきて顔を覆った。ああ、なんという素敵な感触。これはもしや死の間際に神が見せてくれた幻影?
……な訳ねーよ! ハッと意識を取り戻した俺は現状を再認識する。頭の下の柔らかい物は太もも? って事は顔を覆うこの二つの丸い物体は『おっぱい』。耳元に聞こえる子守唄らしき声は ジュリアの声だ!
俺はガバっと身を起こし、星空の下、先程までとは打って変わった優しい顔のジュリアをまじまじと見つめた。
「どうした? おかしな顔をして。アタシの顔になんかついてんのか?」
「い、いや、そうじゃなくて。その、俺、とんでもない事しちゃったみたいで」
「とんでもない事? ああ、アタシの胸を触ってた事か? 確かにお前の年ならとんでもないことかもな。子供みたいにすっかり甘えた顔だったし」
いや、そう言う方向性じゃなくて。だめだ、恥ずかしくてジュリアの顔をまともに見ていられない。
「あはは、まあ、男はいくつになっても乳離れできないって聞くしな。いい大人がアタシのおっぱいにうずまって甘えた顔してた、なんて知られるのは恥ずかしいだろうさ」
確かにそれも恥ずかしいけれども! もっと別の事があるだろうが! セクハラとかセクハラとか。
「ま、今回は黙っといてやるよ。約束通り包みも見せてくれたしな。さて、そろそろ冷えてきた。腹減ってないか? 飯でも食って今日は寝るといいさ」
腹が減るどころか色々あって胃がキリキリと痛むんです。俺は薦包みを抱え、ジュリアの案内で与えられた部屋に戻った。
「どうした。随分遅かったのだな?」
部屋に戻ると各所に包帯を巻いたヴァレリアがベッドに横たわっていた。
「いや、そのいろいろあって。ヴァレリアこそ大丈夫なのか?」
「はは、これでも私は戦士だからな。このくらいの怪我でどうこうなることはない。ん? お前の方こそ怪我をしているじゃないか!」
そう言うとヴァレリアは起き上がり、俺の手当を始める。
「いや、俺の方こそ大した事はないんだ。ちょっと殴られただけで」
「殴られた?」
ヴァレリアの顔が厳しい物に変わり、きつい目線で俺を睨む。
「何があった?」
「いや、ぜんぜん大した事じゃないって。ヴァレリアも俺なんかの事よりゆっくり体を休めないと。だろ?」
「私はお前の世話を任されている。怪我までしたのにその理由を知らぬと言うわけにもいかぬ。それにお前は私を助けてくれた命の恩人でもあるのだ。いいから言ってみろ」
「いや、本当にもう済んだ話だし、」
「言えと言っている!」
結局ヴァレリアに気圧された俺は洗いざらい吐いた。ジュリアに嘘つき呼ばわりされた事。お仕置きだと言って殴られた事も。最初は表情を変えずに聞いていたヴァレリアはみるみる顔を強ばらせ、話を聞き終えると真っ赤な顔で「ジューリーアー!!!!」と叫び、乱暴にドアを開けて走っていった。その後何かの割れる音や壁に何かが叩きつけられる音が響き、コロニーはまさに蜂の巣をつついた状態。
俺はあまりの恐ろしさにベッドに潜り、小さく丸まっていたのだが疲れが出たらしく、いつの間にか眠りに落ちていた。
窓から差し込む朝の日差しの眩しさに目を覚ます。昨日よりはいくらかマシになった腫れた瞼を開くと昨日と同じ天井。木をくりぬいたとは思えないほどの豪華な部屋だ。隣には顔に痣を作ったヴァレリアがすやすやと寝息を立てている。
「ふあ~~あ」とあくびをしながら伸びをすると反対側にも誰かがいた。恐る恐る布団をめくると俺と同じように瞼を腫らしたスカーフェイス。ジュリアがそこにいた。普段の言動からは考えられないほどの上品な寝姿に一瞬ドキッとするも、いかんいかんと頭を振り、そっとベッドから降りた。どうも昨日の一件以来、ジュリアに対して意識してしまう。
洗面台で顔を洗い、歯を磨くと昨日のままの姿である事に気付き、用意されていた綿のシャツに着替えた。
「ん、起きたのかゼフィロス」
「ああ、ヴァレリア。おはよう」
昨日何が起きたのかはあえて聞かないことにする。世の中知らない方が幸せなことがあるのだ。例えば我が妹がエルフの始祖である事とか。
ヴァレリアに続いてジュリアも目を覚ましたようだ。寝ぼけ眼で頭を掻いている。しばらくぼんやりしていたがハッと気がついたように飛び上がり、俺に抱きつく。
「ど、どうしたんだ? 一体」
「ゼフィロス、すまなかった。アタシの思い込みで殴っちまって。姉貴から話は聞いたよ、アンタ、命懸けで姉貴を助けてくれたんだって?」
急にしおらしくなるジュリア。あれだけ殴られたのだから文句の一つでも言ってやろうかと思ったが抱きつかれた感触に抗えず、口から出たのは「別に気にしてないから」と言うありきたりなセリフ。もう、俺のバカバカバカ。
「そう言ってくれると嬉しい。アタシ、この通りの性格だから先走って失敗する事が多くてね」
「だからそれを直せといつも言っているだろうが」
ヴァレリアの指摘に頬をふくらませるジュリア。あれ? 何この可愛い生き物。
「ま、迷惑かけたゼフィロスにはちゃんと詫びも考えてるんだ」
自信有りげにそう言うとジュリアはベッドの端に腰掛け、俺を手招きする。
「別に詫びなんていらないって」
「まあ、いいからいいから」
ジュリアは俺の手を引き、隣に座らせるとそのまま俺を引き寄せ、その豊かな胸で俺の顔を挟み込んだ。
「な、なにを!」
「へへ、ゼフィロスはアタシのおっぱいが好きなんだよ。子供みてーにな。だろ?」
もがががと喚くものの言葉にならない。おっぱいで塞がれているからね。
「そうなのかゼフィロス? なら私もやってやろう。助けてもらった恩もあるしな」
俺の上に覆いかぶさるように今度はヴァレリアのおっぱい。上下をおっぱいで挟まれた俺はまさにパラダイス。
「姉貴は邪魔だ。アタシのおっぱいがあればいいんだよ」
「何を言う。ジュリアのおっぱいに私のおっぱいが引けをとるはずがあるまい? お前たちだって小さな頃は私のおっぱいを触って眠ったのだからな」
「ちょ、ちょっと! そんな古い話持ち出すことないだろ!」
「それにだ。ゼフィロスの世話係はこの私だ。おっぱいも私のものが優先だろうが」
「それを言うならアタシは昨日もこうやって触らせてやってんだ! 優先って言うならアタシのおっぱいだろ!」
なんだか知らないがおっぱいがおっぱいと喧嘩を始めた。今俺はこの感触を記憶に焼き付ける為、全神経を集中している。
「よーし、ゼフィロス。いい子でしゅねー。ほら、ジュリアのおっぱいがいいって言ってごらん?」
「ふん、そんな貧相な胸でよく言う。おっぱいとは私のようにふくよかな物を言うのだ。ほら、ゼフィロス。こっちのおっぱいのほうが大きいぞ?」
「ちょっと待て。姉貴、今なんて言った?」
「貧相な胸を貧相な胸と言って何が悪い?」
「たいして変わらねーだろーが! ふくよかな胸ってのは母様みてーのを言うんだよ!」
「それでも私のほうが大きい」
「ぐぎぎぎぎ! ほう、そこまで言うなら本人に選んでもらおうじゃねーか! おい、ゼフィロス! アタシと姉貴、どっちのおっぱいがいいんだ?」
「遠慮はいらん。素直に私の胸を選べばいい」
「姉貴は黙ってな! 決めるのはコイツだ」
いつの間にか俺を押さえつけて馬乗りになっているヴァレリアと、上から顔を覗き込むジュリア。なんと、俺に二人のおっぱいの品評をしろだと? それだけならいいが、二人の表情を見るに、うかつな答えは死を招く。そう悟った俺は蕩けそうな頭をフル回転させ、二人を怒らせないような言葉を選び出す。曖昧な答えじゃこの二人は納得しない。かと言って優劣をつければ命のやり取りになりかねない。どうすればいいのか!
「その、確かに大きさはヴァレリアのほうがあるね」
ほうらみろ、とでも言いたげに勝ち誇った顔のヴァレリア。対するジュリアは奥歯を噛みしめ今にも殴りかからん顔をしている。俺に。
「でも、ジュリアのおっぱいはすごく柔らかいよ。うん」
慌ててそう言うとジュリアは「だろ?」っと満面の笑みを浮かべ、ヴァレリアは面白くなさそうな顔をする。
「で、結局どっちがいいんだ?」
「今言った通りさ。ヴァレリアの方がいい部分もあるし、ジュリアの方が優っている部分もある。おっぱいに優劣無し! どっちも素敵なおっぱいだよ」
これでごまかせるかどうかはわからない。だが今の俺の貧しい
「ふーん。ま、アタシはそれでもいいけどね」
「そうだな。私たちは姉妹なのだからどちらかを選ぶというのも難しかろう」
「なんか落ち着いたら腹減った。姉貴、ゼフィロス、飯食いに行こうぜ?」
九死に一生を得た俺は心底胸をなでおろす。とにかくこれでみんな幸せ。ただ一人、俺の股間だけがギンギンに不満を訴えていた事を除けばだが。
それにしても、それにしてもだ。彼女たちはおっぱいに触れられてもまるで反応しない。さっきの喧嘩もつまるところ二人の母親が子供にどちらのおっぱいを与えるか、で、もめていた訳で決して男としての俺の取り合いとかそういうわけでは無い。その事にややホッとする面もあるが男として見られていない自分が寂しくもあった。
それになによりそうした彼女たちの純粋さに対し、自分の心の底に渦巻く不純な気持ちが強烈な罪悪感を生むのだ。それを意識し、俺は会話に加わることもなく一人黄昏ていた。
「どうした? 食事が進んでいないようだが。しっかり食べないと体に毒だぞ?」
「そうだぞゼフィロス、お前、昨夜も飯食ってねーじゃねーか。口に合わねーなら果物だけでも食べとけ」
こんな俺を彼女たちは心配してくれている。これ以上罪悪の念に駆られては俺の心が持たない。そう思った俺は無理に笑顔を浮かべて食事に手をつける。
「なるほど、事情はよくわかりました。ヴァレリア、よくぞエルフを打ち取りました。それにゼフィロスさん、娘を救って頂きありがとうございます」
女王のイザベラさんはわざわざ身を起こし、俺に頭を下げた。ここは女王の私室。俺が最初に目を覚ましたあの部屋だ。
女王の脇には軍師のごとく、第一夫であるグランさんが侍っていた。俺の両脇にはヴァレリアとジュリア。明確でわかりやすいヴァレリアの説明に女王も満足したらしく、エルフを討ち取った彼女を褒め称えた。
「しかし問題はその二振りの剣だね。確かにそれがあればアンドロイド、エルフの言うところの機甲兵には優位に立ち回れるのだろうけれども」
「やっぱまずかったですかね? 持ち出してきたの」
グランさんの見せた困惑顔に俺はいたたまれなくなった。自分の軽率な判断で新たな厄介事を世話になっているこのコロニーに持ち込んでしまったからだ。
「まあ、痛し痒しってところかな。エルフとは優位に戦えても他の部族がね。僕たちだけがそんな兵器を持っていて面白い訳はないだろうし。かと言って我々に量産できる技術もないとなれば尚更」
「グランさん? その剣は現在のところあくまでゼフィロスさんの個人の持ち物。それをどう使うかは彼の判断次第なのではありませんか?」
「イザベラ。その彼は今、僕らの家族なんだ。他の部族からすればオオススメバチの連中は純血種と古代兵器を独占していると思うだろうね」
「オヤジぃ、んなもん関係ねーだろーが! 文句付けてくる奴は片っ端からやっちまう。それで解決だ。そうだろ? 母様?」
「私もジュリアと同意見だ。私達に文句を付けてくるとなれば西のクロアリくらいなものだろう。奴らとは一度どちらが上かはっきりさせておく必要もある」
「その、なんだ。僕の方にも外交とか交易の都合とか色々ありましてね。そう簡単に事を構えるというのは賛成できないかな」
「オヤジィ! アンタ本当にアタシらの親か? アタシらは戦ってなんぼだろうが!」
「そうだ。この身に流れるススメバチの血が戦うべきだと言っている。ゼフィロスは家族。家族の事で他の部族にとやかく言われる筋合いはない」
「あのねヴァレリア、ジュリアはともかく君までそんな事言わないで欲しいですね。ようやく過去の
「アタシはともかくってのはなんだ! あ?」
「あなたのそう言う弱腰が好かぬ!」
「まあ、待ちなさい。二人共。貴方達の言い分はわかります。私達はスズメバチ。常に最強でなければなりません」
「だったら!」
女王はなおも食ってかかろうとするジュリアを手で制し、穏やかに続けた。
「とは言えグランさんの言うことも一理あります。数百年争ってきた他の部族ともようやく交流の緒ができたのです。これを無にしては友好の為に力を尽くした亡き母上に申し訳がたちません」
「ならばお母様はどうせよと?」
「こう言うのはどうでしょう? ともかくまずは現状を評議会に報告。その判断を仰ぎ、こちらが受け入れられない結果であった場合は改めて力を行使する」
「なるほど。流石は母様。まずは筋を通してって訳だ!」
「しかしイザベラ」
「まあまあ、グランさん。どちらにしろゼフィロスさんの存在は遅かれ早かれ知られるでしょうし。私はこの件に関しては一切引くつもりもありませんから。万一評議会が私達の誠意を踏みにじり、無法を通すのであれば、」
そこで女王は一旦言葉を切り、それまでとは打って変わった恐ろしい顔をする。
「評議会など潰してやればいいんですよ。そうでしょう? 私の可愛い娘たち」
「お母様のお望み通りに」
「そうこなくっちゃ!」
一つ大きなため息をつき、グランさんはがっくりとうなだれた。うん、わかるよ、その気持ち。無法を通そうとしてるのはこっちだもんね。
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