第7話〈説教〉

 先ほどよりもさらに強い光が辺りを照らす。倒れていた魔物達も息を吹き返す。


「うぅあああああぁぁぁ!!」


 少女が赤い炎に包まれる。


「ぐっ……力が……抑えきれん……!! くっ……!!」


 鎧の男が音を立てて崩れ落ちる。


「いかん! 魔力の急激な上昇に体が耐えきれんのじゃ! あいつを……、あいつを止めねば!」


 巨大化した老人が、あおく光る少年に殴りかかろうとするが、足がもつれて倒れた。


「だ、駄目じゃ……。体が、破裂する……!」


「何でだ!!」


 少年が叫ぶ。


「何で僕は一番になる事が出来ないんだ!! 物語の主人公になる事が出来ないんだ!! こんなに……こんなに怒りを露わにしても!! 力が漲ってきても!! 何一つ変わらない!! 競うべき存在である周りが強くなるだけだ!! こんなに無意味で虚しい事ってあるか!!」


 その少年の号哭ごうこくに、老人が、倒れたまま顔を真っ赤にして、叫び、答えた。


「違う!! それは違うぞ小僧!! 確かに、その能力を持って生まれたら、主人公になる事は出来ないかもしれん!! だが、お主が居なければ主人公も居なくなってしまう!! 影で支えてくれる者が居て、初めて主人公は主人公で居られるんだ!! だから、二度と自分の事を無意味な存在なんて言うな!!」


「そんなの……そんなのただの屁理屈だ!! 理想論だ!! 物語で一番輝いている奴が主人公なんだ!! それ以外は全員例外無く脇役だ!!」


「ああ、脇役だ。脇役という役だ。この世界にとって必要不可欠の、なくてはならない脇役だ。必要不可欠という点においては、主人公も脇役も価値は変わらない。与えられた役を精一杯演じる、それが人生ってもんだ」


 光が弱まり、少年は膝から崩れ落ちた。


「そんな……じゃあ、これから僕は何を目標にすればいいんだ。何を目指して生きたらいいんだ……」


「役を貰って、わざわざ名前すら教えてもらったじゃないか。これからは聖者として、〈身を粉にして周りを支える脇役という役〉として生きてみたらどうかね」


 少年から放たれていた光が消える。眼から涙がこぼれ落ちる。


「うっ、うう……。畜生……なんで……」


 背後に回った鎧の男が、少年の首裏に手刀を食らわせた。気絶した少年を鎧の男が抱える。


「ケイル・フッドさん。説得して頂きありがとうございました」


「なんだ、わしの事を知っていたのかね」


「当然です。王宮の武術部門の元総師範を知らない訳がありません。退職した後、人知れず隠居生活を送っていると聞きましたが…まさか私達が向かっている民家に住んでいるとは思いもしませんでした。突然の無礼、お許し下さい」


 少女が素っ頓狂とんきょうな声を出す。


「ええ! このお爺さんってそんなに凄い人だったの! 何で教えてくれなかったのよ!」


「馬鹿かお前は。ただの老人が、こんなに魔物がウヨウヨいるところで一人で生活出来る訳が無いだろう。魔物達も本能で理解していたんだろう。手を出したらまずい、とな」


 体がしぼんだ老人が笑顔で答える。


「いいさ。わしも頭に血が上っていて、お主らのような奴らが力尽くで止めてくれなかったら、家でも壊れていたかもしれんしの」


 場が固まる。


「……ケイルさん、家の修理代の方は、王宮が責任を持って全額支払わせて頂きます」


「当然じゃろ?」


 なおも笑顔で答える老人に、二人は軽い恐怖を覚えた。


「あ、そうじゃ。わしもついて行っていいか? 体を動かしたくなっちまっての。何より、楽しそうじゃ」


「え、ええ。勿論です。むしろ貴方が居てくれたら百人力です」


 四人は微妙な空気のまま、王宮へと向かった。


 その時、物陰で何かが動いたが、誰も気づく者は居なかった。



 ただ一人を除いて──

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