第5話〈二番目の力〉

「…………」


「おめでとう、屁が出たわね」


 たまげて叫びそうになるのをグッと耐えて振り向くと、赤い長髪の少女が僕の肩に手を置いていた。僕は取り乱しそうになるのを堪えて、あくまで落ち着き払って、答えた。


「あ、君。ここは今なんか凄いカオスな事になってて危ないから、一旦離れててね」


「なっ、馬鹿にすんなよもやし!」


 丁重にたしなめたと思ったが、普通に罵倒された。もう嫌だ。また背を向けようとしたその瞬間、彼女の体を紅蓮の炎が覆った。そして、大空に飛び立った。


「あいつ、バランなら心配ないわ。なんたって、タフさだけがあいつの取り柄なんだからね」


 上空に居る炎をまとった彼女から、火の粉が舞い落ちてくる。それが、僕の首筋に落ちた。


「あっちぃぃぃ!!」


 全身で飛び跳ねた。刹那、僕の体からあおい光が溢れた。その光は僕を中心として、半径約百メートルほどを眩く照らした。


「あっああああぁぁぁぁ!?」


 上空で、光に照らされた彼女が悶える。翼が片方取れたグライダーのように、綺麗な螺旋らせんを描きながら落下してくる。地面に衝突する、という間際まで来て、今度は綺麗な弧を描きながら上空にUターンした。そして、先ほどの炎とは比べ物にならないくらいの炎を撒き散らして、吠えた。


「あああああぁぁぁああああっっ!!」


 熱い。全身が熱い。全ての皮膚がこんがりきつね色に焼けているのではと思うほどに熱い。そして、この蒸せ返るような熱風。彼女が先ほどよりもパワーアップしたのは、誰の目にも明らかだった。しかし、何故?


「あの小僧……ふふふ、やはりか。おかしいと思ったんじゃ。どうも奴が来てから力がみなぎってくるような感覚に襲われていたんだが、これで謎が解けた。奴は、この世界で勇者の次に重宝される、〈ストレングス二ング〉の使い手じゃ」


「何!? ストレングス二ングの使い手と言ったら、丁度勇者と同じタイミングで現れると言い伝えられている〈救済軍〉の主要メンバーの一人、〈聖者〉じゃないか!」


 力比べをしながら、二人は語り合う。


「その通りじゃ。あの言い伝えは正しかったらしい。なかなか面白い事になってきたの。ところでお主、一旦これを終わりにしないか。流石に頭も冷えたわい。それよりも、気づいておるだろう。もっと厄介な事が起こっている事に」


 地響きが鳴る。


「ええ、今の強化魔法の効果範囲が広すぎたようですね。ここら一帯のミノタウロス全てが、狂ったように押し寄せて来ている」


「力が溢れてきて、誰にも負けないような気分になっとるんじゃろ。残念だがの、力が溢れているのはお前らだけじゃないんだよ」


 そう言って、先ほどよりも更に体が一回り大きくなった老人が身構える。


「軽く掃除をしましょう。と言っても、クレアが全て終わらせてくれそうな勢いで魔力を高めているので、我々の出番は無いかもしれませんね」


「確かに、それはそうかもしれん。じゃあ、わしらは彼の回収をするか。あれだけの魔力を一気に放出したんじゃ。しばらくは、立てんじゃろう」


「そうですね。おーい少年、だいじょ……少年?」


 何か話しかけられているような気がしたが、そんな言葉は僕の頭の中には入ってこなかった。今の僕の頭の中は、一つの言葉がミキサーのようにぐるぐるぐるぐる回って、何度も何度も頭の中で響いていた。


「勇者の重宝される──」


 僕の心をさいなませるのに、その言葉は十分すぎるほど重かった。

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