第2話〈摩訶不思議アドベンチャー〉

 訳が分からない。確かに僕は電車に轢かれた。常識的に考えて、あれは死ぬだろう。間違いなく死ぬだろう。忘れたくても忘れられない程に、あの記憶は脳裏にこびり付いていた。


 それに、あいつ。僕の体を掴んで、僕もろとも身投げした、あいつ。いや、掴んだのはバックだったかな? そんなことはどうでもいい。──大橋。これも確かに覚えている。一緒に飛んでいたのは間違いなく大橋だった。


 何故? どういう意図で? 僕が持ち合わせている常識のストックでは、解決できない謎が一気に押し寄せて来て、頭はパンク寸前だった。いや、パンクした。


 ここからの記憶が曖昧で。覚えているのはフラフラと歩いている途中、巨大な斧を持った巨大な牛みたいな奴に突然追いかけられて、無我夢中で駆け回っていたら民家を見つけたので、そこの扉を蹴破って中に転がり込んだら、中にいた爺さんにスコップで頭をしこたま殴られた、という事くらいだ。

 

 上出来か。


 そして長い長い叙述じょじゅつを終えて、今ようやく誤解を解く事が出来た。どうやら魔物の類いが押し寄せて来たのかと思ったらしい。ここで驚くべきは、家に入ってきたものを客人ではなく魔物と瞬時に判断した、爺さんの超即決即断思考回路ではなく、魔物だ。(扉を蹴破って転がり込んでくる奴を疑わない方がおかしい)


 そんなおとぎ話みたいな世界、誰が信じるんだと一笑に付そうとしたが、電車の出来事、そしてこの摩訶不思議な世界が否応無しに僕の首を縦に振らせた。ここが魔物がいるような超ファンタジーな世界だと仮定したら、確かに辻褄が合うからだ。


 死んだらここに居たという事は、要はあれなのだろう。とかいう奴なのだろう。前に本屋でそんなタイトルの小説を見かけた事があるが、まー恥ずかしい。よほど頭がパッパラパーの奴が書いたのだろうと馬鹿にしていたが、いざ自分の身にそれが降りかかってみるとまー大変だ。こんな事になるならあの小説をたしなんでいれば良かった。きっとこういう世界の事が細かく説明されていたのだろうから、ガイドブックくらいの役割は担ってくれただろう。


「おい……おい! お前さん! 聞いてんのか!」


「は、はいっ! 何でも二位の滝川光です!」


「それはさっきも聞いたわ阿保! 何なんだそれは!」


 いけない、また自分の世界にのめり込んでいた。気をつけよう。これ以上頭にスコップの跡をつけるわけにはいかない。


「とにかく、ここら辺はミノタウロスがうろうろしとるから、しばらくはここで体を休めなさい。そうとう疲れてるようだしの。んで、休まったら扉の修理をせい。それが終わるまで家から出さんからの」


「はい……すみませんでし」


 フレイムバースト!!


 頭にキンキン響くような金切り声でそう聞こえたかと思ったら、次の瞬間、もの凄い轟音と眩い閃光が辺り一帯を覆った。


 火の粉が蛍のようにふわふわ舞っている。焦げた木材の臭いが鼻をつんざく。チロチロと地面で燃える炎。


 うん、間違いない。ここは扉が壊れた(自分が壊した)爺さんの家だ。


 ……僕の顔もなかなかだと思うが、きっと爺さんの顔はくしゃくしゃの顔がさらにくしゃくしゃになるまでに顔を歪めているだろう。


 早急に家から出るなという約束を破った僕。ああ神様、どうかスコップが飛んで来ませんように。

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