#2 幸福の時間
それからの記憶は――楽しかった――の一言に尽きる。
魔王から見る景色は思いの外、壮観で、プレイヤーたちの必死さが手に取るように見えた。
魔王の玉座。
ここに辿り着くだけでも相当のレベル上げと、課金をしなくては来れない。
だから、プレイヤー側も死に物狂いで挑んでくる。
操作に慣れない俺を、スケルトンは一生懸命助けてくれた。
お陰で何とか一戦目は勝てた。しかし、プレッシャーは半端無かった。
なにせ、このゲーム。オープン以来、魔王は一度も討伐されていない。
不名誉、とまでは言わないにしても、第一号にだけはなりたくなかった。
なんで、と言われると少し困るが、つまるところ男の意地みたいなものだ。
スケルトンと一緒に戦うのは楽しく、心地よかった。見た目はあれだけど、彼女を悲しませたくないという、馬鹿な見栄があったのかもしれない。
あと、噂の一部分はどうやら本当のようで運営側――GMと呼ばれるゲームマスターが魔王を操作していたらしいのだ。
今回は、たまたまその役が俺に回ってきただけで、真意はスケルトンにも分からなった。
3戦目当たりから、俺も随分慣れてきて、心に余裕が持てるようになった。
「ねえ、君は人間なの?」
「え? 私ですか。私はAIですよ」
「またまた。ホントは人間なんでしょ?」
声を弾ませてからかう俺に、スケルトンは顔を伏せた。
どこまでも人間っぽい仕草。彼女がいくらAIだと言い張っても、俄には信じられなかった。
AIが嫌、人間が好き。と二分しているわけではない。
そうであればと願っただけ。しかし、俺の質問は不興を買ったらしくそれからの彼女は、あまり話さなくなった。
「ごめん。なんか言い過ぎた」
「いえ、大丈夫です」
「ホントごめん。俺……」
伏せた彼女の顔を、上げてやれなかった。
なんて言葉を掛けていいのか、分からない――。
相手がAIと思えば辛くなり、人間だと思うと嬉しくなる。いいや、その逆かもしれない。
やっぱり相反する二つの思い、戸惑いに優柔不断の俺はブランコのように行ったり来たりする。
単純に怖かっただけかもしれない。楽しい時間を壊したくない、大切にしたい、ずっと続けたい。俺の一方的な願望がそうせていたのは事実だった。
その日を境に俺は、毎日魔王になった。二人で取り組むスタイルにすっかり魅了された。ソロ狩りしかしてこなかったせいもあるが、来る日も来る日もプレイヤーたちを苦しめた。
時に――。
わざと負けそうなフリをして君を焦らせた。
その時の君の、慌てふためきようは今でも覚えている。眼窩を鋭く光らせて、負けないでって大声で叫んだっけ。意外とお前、声デカいよな。つうか、プレイヤーたち、唖然としていたぞ。
時に――。
俺が無茶ぶりして圧勝した戦いの後、君は落ち込むプレイヤーたちに、優しくアドバイスをしていたよな。後から考えれば変な話だ。なにが次こそ勝てる、頑張ってだ。俺が負けてもいいのかよ。
時に――。
プレイヤーが来なくて暇だと言った君。言語の練習とか言って早口言葉を口ずさんでいたよな。かえるぴょこぴょこ みぴょこぴょこ あわせてぴょこぴょこ むぴょこぴょこ。
カエルは本当にぴょこぴょこするのかって。わざわざ沼地まで出掛けて見て帰ってきたら、”魔王が不在!?”てネットで大炎上して、マジ焦ったよ。あの時捕まえたカエル。今でもこっそり飼っているのは、内緒にしておいてやる。
時に、君はプレイヤーに同情し、そして俺にも優しくしてくれた。
沢山遊んで、沢山笑った。その声や仕草、前向きな君の思いに俺は、どれだけ救われて来たことか。
いっぱい勇気を貰った。いっぱい元気を貰った。いっぱい辛さも学んだ。いっぱい努力することも――。いっぱい、いっぱい、いっぱい。
だから――。
現実世界を知らないだろう君に、本当は言いたかった。俺、ちゃんと学校行けるようになったって。引きこもりやめたって。
でも、そんなこと関係ないよね。でも、でも、ひとこと言わせてくれ――。
「ありがとう」
「んん? なにが?」
「ああ、別にこっちのこと。気にしないで」
「あーあ。内緒ごとしないって言ってたくせに! 嘘ついた!」
「べ、別に内緒ってわけじゃない、よ」
「じゃあ、なに? 教えて」
笑い声をあげる君は、本当に素敵だった。
スケルトンだから、骸骨だから、
そんな君が――。
「好きだ!」
「うん、私も好きだよ!」
俺は嬉しくて飛び上がりそうになった。魔王がこんなにはしゃいじゃいけないんだろうが。俺、すっごく嬉しい。
「やったああ!!」
幸せの時間はそう長くは続かなかった。
学校に行くようになるとログインする時間は必然的に少なくなる。
それでも、寝る間を惜しんでやっていた魔王役。君に会いに行くため、俺は頑張った。だけど、体が先に悲鳴を上げてしまった。
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