第22話噂

 俺たちはスネークの案内で橋の下から土手を登り、できるだけ気配を押し殺し街を歩いていく。


 街の雰囲気を確認するように周囲を見渡すと、人々の顔は暗く影を覆い、誰もが何かを諦めたような空気を放っている。


 その人々を嘲笑うように、パリセミリス兵が街を自由に歩き回り、露店で肉を焼いている亭主に向かい暴言を吐いていた。


「なんだこの硬ぇ肉は! こんなもんに金なんて払うわけないだろう!」

「そ、そんな!」

「文句あんのかよ!」

「いえ、滅相もございません」


 悪態をつき露店を蹴っ飛ばし、悪びれる様子もなく去っていくパリセミリス兵。

 別の青果店でもパリセミリス兵が無断で果実を噛じり、亭主は何も言えず苦笑いを浮かべている。


 その光景を目の当たりにした、パリスとリリアーナが殺気立ち、怒りをあらわにしている。

 そんな二人を見てアーロンやゼンが透かさず声をかける。


「今は落ち着けパリス! 耐えるんだ」

「リリアーナも落ち着くんだ!」

「そうっすよ! この街を救うためには今は耐えるっす」

「スネークの言う通りだ! この街のレディーは俺たちで救うんだ!」


 パリスは下唇を噛み締め、グッと耐えている。

 そこから綺麗な慈悲の紅が微かに流れた。


 リリアーナは俯き拳を握り締め、必死に爆発しそうな感情を押さえ込んでいる。


 そうだ、それでいい。

 その怒りを全て奴らにぶつけるために今は耐えるんだ。


 俺たちは怒りを抑え、細く薄暗い路地へと入っていく。

 薄暗い路地には親を亡くしたのか、まだ幼い子供がやせ細った体で力なく地べたに座り込んでいる。


 さすがの俺も憤りを感じてしまう。

 これがもし、我国アイーンバルゼンの光景だったら、俺はすべての力を開放し、パリセミリスを滅ぼしているだろう。


 路地の先の扉の前でポブが立ち止まり、三回ノックすると中から声が聞こえた。


「誰だ?」

「鷹はいつでも見ているぞ、でやす」


 ポブが合言葉のような言葉を口にすると、扉が開かれ中から40代くらいの体格のいい男が現れた。

 男は睥睨し、俺たちを確認すると部屋に入るように促した。


「入ってくれ」


 男に促されるまま部屋に入ると、長方形のテーブルに、ソフトモヒカンスタイルの男が座ている。

 見た目はまだ若く、20代後半といったとこか。


 男は俺たちに目を向け立ち上がり、にこやかに微笑み自己紹介を始めた。


「アルトロ王子御一行の皆様方、お初にお目にかかります。私はアイン=アルセミアと申します! 以後お見知り置きを」


 深々と頭を下げ、気品あふれる姿勢、流石はフルク王子の側近騎士といったところか。

 しかしこの男、言葉や態度で上手く隠しているが、軽いな!

 俺やセドリックと似たものを感じる。


 「取り繕うのはそのへんでいいだろ? 腹割って話そうか!」


 俺の言葉にニヤリと笑を作り、態度が一変するアイン。


「やっぱり噂通りの御方のようだな、アルトロ王子!」


 アインの突然の態度の変化に驚くアーロンたち。

 そんなことはお構いなしと、再びテーブルに腰を下ろし、手で俺たちに席に着くよう促せる。


「まぁ立ち話もなんだ、ここまで来るのに疲れたろ! まぁ座んなよ、茶くらいは出るさ」


 俺たちはアインに促されるまま席に着き、すぐに扉を開けた男がお茶を並べていく。

 アインはテーブルに肘を突き、頬杖を付いた状態で気安く話しかけてくる。


「あんたがかの有名なアルトロ王子か! 想像してたのとちょっと違うな」


 一体どんなのを想像していたというのだ。

 それにセスタリカで俺はそんなに有名なのか?


「ほぉ~、有名とはどういった意味で有名なのだ? 申してみよ」


 アインはまたニヤリと笑い、透かさず口を開く。


「そりゃー前代未聞のクズ王子って、各隣国では有名さぁ」


 アインの言葉にルナ以外の者たちは一斉に立ち上がり睨みつけている。

 ルナはその通りと茶をすすっている。

 ルナには俺を敬う気持ちはないのか?


 とはいえ、アインもアーロンたちが鬼の形相で立ち上がったのを確認すると、背もたれに背を傾け、両手を顔の横で上げて笑っている。


「腹割って話そうって言ったのはアルトロ王子の方だぜ! そう怖い顔しなさんなって!」

「ハハハハ!」


 俺は貴族、ましてや騎士の態度とは思えんアインの態度に大声を出して笑ってしまった。

 目の前のアインもアーロンたちも不思議そうに俺を見ている。


「ちょっとアルトロどうしたのよ!」

「大丈夫っすか王子?」


 リリアーナとスネークが心配し声をかけてくれている。


「ああ、大丈夫だ! それよりみんな落ち着いて座ってくれよ」


 皆顔を見合わせ椅子にかけたのを確認し、アインと話をする。


「お前の言う通りだアイン。腹割って話すのに立場や地位を気にして、相手をけなせぬようでは信頼は得られない」


 ポリポリと頭を掻き、首を傾げるアイン。


「ますます噂と違うな。やっぱり噂ほどあてにならないものはないな」

「噂なんてどうでもいい、俺が誰に何を言われていようが俺は気にしない。それよりも本題に入ろうアイン! 俺はアリアを救出しにここまで来たんだ!」


 アインは俺の顔を見つめ頷き、再び肘をテーブルに置き、話を始める。

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