第18話囚われの姫

「いいざまですねアリア様」

「この女がセスタリカの姫君か!」


 私の前にはぶどう酒を片手にニヤついた笑みを浮かべる男が二人立っている。


 一人はパリセミリス兵を率いてこの街オスターを侵略した憎き敵、ノルバスト=ザラダバルと名乗る男。

 高価な衣服に身を包んだ、小太りで欲にまみれたパリセミリスの貴族らしき男。


 そしてもう一人が、セスタリカの裏切り者、ドウン=ドバン男爵。

 この街オスターをお父様から任されていたはずの男。

 貴族の誇りも、祖国への愛国心も捨て、敵に寝返った愚か者。


 私は兄でありセスタリカの第三王子である、フルク=セスタリカがオスターでパリセミリス兵に捕らえられたと聞き、この街オスターに潜伏し、兄の救出を試みたが結果はこのざまよ。


 兄の救出に力を貸してもらおうと、パリセミリス兵から身を隠し、街に潜伏していると情報を得ていた、ドバン男爵と接触したことが私の不運の始まりだったわ。


 友人であるフレイはよく言っていたわ、私には人を見る目がないって。

 そのフレイも捕らえられ、今は私のそばにいない。

 フレイだけじゃないわ、ココル村へと一緒に同行してくれた者たちも、皆捕らえられ私の近くには誰もいない。


 皆無事でいてくれればいいのだけれど、今は彼らの心配をしている余裕もなさそうね。

 目の前の二人の男が私を見下すように、いつまでもニヤついている。


「しかし、セスタリカの姫は中々いい女ではないか! パリセミリスに連れ帰り私の奴隷として飼ってやるのも悪くないな」

「その際はどうか私の地位も陛下に口添え下さい」


 下品な含み笑いを浮かべた二人の男に、嫌悪感を抱きながらも、今は耐えるしかできない。

 それよりも兄は、フルクお兄様は無事なのか、それだけが気がかりだわ。


 部屋に置かれた椅子に腰掛け、ぶどう酒を口にするノルバストと、そのノルバストに媚を売るドウンに私は直接尋ねることにした。


「兄は、フルクお兄様は無事なんでしょうね!」


 私の言葉に二人は嘲笑いながら口にする。


「すぐに会わせてやるわ!」

「この屋敷の地下には牢獄がございましてね、アリア姫にお似合いのお部屋でございますよ。すぐに案内をして差し上げましょう。と、その前に――」



 ドウンが手を叩くと右前方の扉が開き、そこから無数の傷を負った、共にこの街へやってきたフレイ以外の3人が、引きずられ部屋に投げ込まれた。


 私はとっさに声を張り上げた。


「彼らに一体何をしたの!」

「ちょっとした拷問をしてやっただけのこと」

「涙目になってございますが姫、お楽しみはこれからでございますよ!」


 目の前の男二人は、悪魔のような笑みを貼り付け、部屋の壁に掛けられていた剣を手に取り、彼らに剣先を突きつけた。


 私は震える体を抑え、二人の悪魔に恥を忍んで願い出た。


「お願いやめて!」


 二人の悪魔は高笑いをしながら、悪魔の言葉を放つ。


「用無しの命と引き換えにお前の心をへし折ってくれる」

「ショータイムでございます、姫様!」


 私は恐怖で涙を止めることができず、溢れ、零れ落ちる涙が無情に音を立てる。

 そんな私の姿を見て、彼らは死を悟りながらも私に希望の言葉を投げかけてくれる。


「希望を捨ててはいけません! 私たちは今日までアリア様にお仕えできたことが何よりの誇りなのです! 心を強くお持ちください!」

「アリア姫、綺麗なお顔が台無しですよ。例えここで生涯に終わりを告げようと、私たちの心はいつでもアリア様と共にあります。このような下劣な者には、魂までは奪えないのです!」

「しっかりなさいアリア姫! 大丈夫! 希望は必ずあります。小さな村に希望の種を宿す者が、きっとあなたを窮地からお救いくださるでしょう――」


 悪魔のひと振りで大切な者たちの首は無残に刎ねられ、私は泣き崩れることしかできなかった。


 部屋には悪魔の笑い声が響き渡り、私はそのまま朦朧もうろうとする意識の中、両腕を掴まれ地下の牢獄に連れて行かれた。


 地下の牢獄を歩き、鉄格子の中に押し込まれた時、目の前の光景を見てハッと我に返ったわ。

 通路を挟んだ向かえの牢獄に、フルクお兄様がいたいけな姿で両手を広げ、鎖に繋がれていた。


 私は鉄格子を掴み叫んだわ、何度も何度も叫んだわ。


「お兄様! フルクお兄様ぁああ!」


 朦朧もうろうとする意識の中、確かにお兄様は私を見た。


「ア゛リ……ア、な゛んでお゛まえ゛――」


 お兄様のいたいけな姿を、声を聞き、私は鉄格子を掴んだまま膝から崩れ落ちた。

 項垂れた視界に映るのは、冷たい牢獄のざらついた地面にポタポタとシミを作る雫。


 私の心は完全に折れてしまったのだろうか、大切な者たちを奪われ、愛するお兄様の無残な姿を目に焼き付けて、私はもう立ち上がることすらできなかった。


 死の間際、彼らは言った、希望はあると。

 だけど、あんなのが希望なわけないじゃない。

 ココル村を救ったことは確かに認める、だけどそれも敵が疲労しきっていただけのこと。


 条件が違いすぎるわ。

 それになにより、私がここに捕らえられていることをあのクズは知らない。

 地面にできたシミを見つめながら、私が想うのはただ一人。


 ファゼェル国のセスト王子。

 助けて……セスト。

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