第10話女狐

 兵に呼び戻されて中央広場に戻ってきたアリアと村人たちは、目の前の光景に驚愕している。


 アリアたちの目の前には、無数のパリセミリス兵たちの屍が築かれていたのだ。

 我がアイーンバルゼンの兵たちは皆口々に「大した事なかったな」「まぁ、あれだけ疲労してればな」と、余裕の笑みを浮かべているのだ。


 アリアは呆然と立ち尽くす村人たちに背を向け、まっすぐ俺の元へ近づいてくる。


「一体何をしたの? どうすれば倍いた兵力差を圧倒できるのよ!」


 アリアはお姫様だから戦闘に関しては全くの素人なのだろう。

 だから、この目の前の状況が理解できないのだろうな。


「アリア、お前はパリセミリスの兵は、疲れ知らずのアンデッドだとでも思っているのか?」


 ハッとした顔で辺を見渡し、我兵に捉えられているパリセミリス兵に目を向ける。


「……疲れていたの?」

「ようやく理解したか?」


 アリアは俺の方に顔を向き直し、改めて問う。


「いつから気づいていたの? 会ってもいないパリセミリス兵が疲れきっていることに」


 まっすぐ見つめるアリアの目が物語っているのは、称賛なんてものじゃない、純粋なただの疑問だ。


「セドリックから話を聞いた時だ」

「あの僅かな報告で……見抜いたの!」


 アリアはもちろん誰も知らんだろう、俺が元七大魔王だという事を。

 これまでに俺がどれほど多くの人間と争いを繰り広げてきたかを。


「人間は脆い、そして疲れやすい。パリセミリス兵はついこの間まで、セスタリカ兵と砦で戦闘を繰り広げていたんだ。それなのに徒歩で七日かかる道のりを、僅か五日でやってきたんだ。疲れていないはずがない」


 俺の言葉に黙り込み考え込むアリアに、眼鏡をかけた侍女がそっと近づき、俺に称賛の言葉をくれる。


「お見事です、アルトロ王子」


 この女、狐か?

 俺の目は誤魔化せんぞ!

 初めから妙だとは思っていたんだ、セスタリカの王がこの村に俺を差し向けた時から。


「見事? 見事なのはセスタリカの王の方だろ?」


 俺の言葉に笑みを浮かべる侍女、俺たちの会話が理解できないのか、侍女と俺に目を向けるアリア。


「全てお見通しのようですね。それも含めお見事です」


 意味がわからないと地団駄を踏み、説明を求め、侍女に迫るアリア。


「二人で何言ってんのよ! 私にもわかるように説明しなさいよ、フレイ!」


 フレイ、どうやらそれがこの眼鏡の侍女女狐の名らしい。

 フレイはアリアに向かい説明をし始めた。


「すべてはセノリア王のご計画です」

「お父様の!」

「はい。パルセミリス兵がココル村へと兵を差し向けていることは、既に報告されていたのです。しかしココル村に兵を派遣する余力も、飛空艇も、セスタリカにはもうありません。そんな時、アルトロ王子が援軍に来てくださったのです」


 フレイは俺に目を向け、直ぐにアリアへと向き直した。

 アリアは納得がいかないとフレイに反論する。


「だからってなんでこんなクズ王子を差し向けるのよ!」


 アリアは俺を指差し、再び地団駄を踏んだ。

 アリアのあまりの態度に嘆息するフレイ。


「噂で物事を見定めてはいけませんよ、アリア。現にご覧なさい」


 フレイは村が救われ、嬉しそうにアイーンバルゼン兵たちと談笑する村人たちに手を向けた。

 その光景を見て息を呑むアリア。


 やたらと俺を褒めちぎってくれるフレイとアリアに、俺も誤解を解くことにする。


「この光景を生み出したのは俺じゃない、セスタリカの王、お前の父上だ!」


 アリアとフレイが真剣な顔つきで俺の言葉を聞く。


「砦の情報も、パルセミリス兵がここにたどり着くまでの日数も、あらかじめ王はフレイに教えていたんだよ。それにパルセミリス兵が疲弊していることも、王は気づいていたんだ。その上であえて俺になにも言わなかったんだよ」

「どうして? お父様は教えなかったの?」


 不思議そうにアリアは尋ねてくる。

 だけど、そんな事は聞かなくてもアリアが一番理解していると思うんだけどな。


「簡単だ、俺を見定めるためだ! この程度、気付けぬようではどのみちセスタリカの力にはならないと判断したんだよ。まぁ一国の王なら当然の判断だ。俺はクズと評判だからな、違うか?」


 俺がフレイに問いかけると、フレイは頭を下げた。


「ご無礼をお許し下さい、アルトロ王子。――しかし、今回の一件で判断できました。どうか、セスタリカにお力をお貸し下さい、アルトロ王子!」


 まだ完全には信用されてはおらんだろう。

 だが一歩前進といったところか。


 しかしこの女狐、ただの侍女じゃないな。

 立ち振る舞い、身のこなしから察するに、兵士? いや、女騎士といったところか。


 まぁ、どっちでもいいが。


「顔を上げてくれフレイ。そんな小さなことを気にする俺ではない。それに父上や兄様でも同じことをしただろう。気にすることはない」


 安心したのか、顔を上げ深く深呼吸している。


 それよりアリアは俺を見直し抱かれる気になったか?

 俺を見るアリアの目はまだ嫌悪感を完全に拭えずにいるな。

 抱かれる気はないか、でもシカトされていた時に比べれば少しはましか。


 先は長い、ゆっくり攻略するか。


「腹が減った。勝利の宴でもするか!」

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