第8話 麦わら帽の酔っ払い

 アリアたちは村人たちを連れ、飛空艇を停めている村はずれに移動を開始した。


 アリアたちが移動を開始したことを確認し、俺たちも準備に取り掛かる。


「さて、俺たちも始めるか」


 俺の言葉にアーロンも兵たちも頷く。

 ここからは時間との勝負だ。


 まず兵たちが村人を演じる為、50人程の兵士が村人に借りた衣服に着替える。

 パルセミリスの兵たちが村にやって来ても、村人がひとりもいなければ不審に思い警戒されてしまうからだ。


 もちろん万が一敵に気づかれた時は、丸腰ではどうする事もできないので、ズボンの中などに武器を仕込んでは要る。


 さらに直ぐに援護できるように、王宮魔道士ルナとセドリックたち弓兵部隊50人は、広場を見渡せる馬小屋の屋根などに身を潜め待機中だ。


 残りの150の兵は各自、村人たちの住居に万全の装備で身を潜めている。


 俺は現在、広場から目と鼻の先にある村長宅の椅子に腰掛け、その時を待っている。

 俺は金属鎧は動きにくいので着用せず、持ってきていた漆黒の剣を腰に装備した。


 近くにはアーロン、パリスを含めた30人程が一緒に待機している。

 シスもこの場に残りたいと言っていたが、メイドに戦場は相応しくないので、アリアたちと一緒に飛空艇で待機を命じた。


 それに万が一、俺のシスの玉のような肌に傷が付いたら大変だ。

 負傷しても回復魔法ヒールやポーションで回復はできるものの、それらは万能ではない。


 ヒールにしてもポーションにしても、治癒能力を数百万倍に高め傷を癒すものだ。

 故にアーロンの顔の傷跡は治らないままだ。


 人に生まれ変わってから初めての戦闘だ。

 久しぶりにワクワクしてきたな。


「敵は来たか?」


 身を潜め、窓から外を眺めるアーロンとパリスに状況を確認する。


「まだみたいだな」

「奴らがこの村に足を踏み入れたが最後、袋の鼠よ!」


 パリスはノリノリのようだな。

 いや、この場にいる皆、笑みが溢れている。

 流石は兄様が寄越した兵たちだけはある、揃いも揃って戦闘狂か!


 窓から外を確認していたアーロンが口を開いた。


「パリセミリスの兵たちが、村人に扮したザックに接触したようだ」

「宴の開始だな!」


 俺の言葉を聞き、更に笑みが溢れる兵たち。

 いい性格してるよ、お前ら。



 ◆



 俺の名はザックっヒ。

 アーロン隊長の元、兵団で副隊長を務めているのだがっヒ。

 ひょんな事から最も評判の悪い王子と共に、セスタリカにまで来ちまった。


 初めはついてねぇーと思ったのだけどっヒ。

 確かに無類の女好きではあるものの、偉そうに踏ん反り返る貴族たちより余程ましだ。


 現に兵たちのアルトロ王子への評判は意外といい。

 気さくで身分を気にしない辺りは懐がでかいと言えるっヒ。


 俺たちに敬語はいらないだの、自分の事をアルと呼べだの、はじめは噂通り頭おかしいのかと思っちまったけど、悪くねぇじゃねーか。


 俺が酔っ払っていても一切気にしていない様子だし、敵が迫ってるって聞いて、真っ先に逃げ出すのかと思いきや、立ち向かうって言うじゃねぇかよ。


 気に入った!

 それにそこそこ頭もキレる様だっヒ。


 さてと、スキットルで一杯やって。

 アホ共を広場まで誘き寄せるか。


 村の入口に既に集まってきているパリセミリス兵たちの元に、麦わら帽を頭に乗せ、畑仕事の最中を装いそっと歩み寄る。


「我らはパリセミリス兵だ! 抵抗せずに食料や金目の物を差し出すのであれば、命までは奪わん」


 馬に股がり金属鎧に身を包む男が蛮声を上げている。

 俺は腰を低くし、小刻みに何度も頭を下げながら、抵抗する気などないと伝える。


「小さな村なので大した食事はご用意できませんが、こちらへどうぞ」

「良い心がけだ! あと酒と女も忘れず用意しろ、いいな!」

「も、もちろんでございます」


 ニヤリ顔で笑いやがって、テメェのケツにいる歩兵はヘトヘトじゃねぇかよ。

 こういう隊長の元だと兵は余計に士気を落とすってもんだぜぇ。


 俺は中央広場へと兵たちを案内しながら、近くで畑仕事をする仲間に声をかける。


「おいオメェら、仕事はもういい。それより兵隊さんたちにありったけの飯と酒を御用意しろ! それと綺麗所も連れてこいよ!」

「あ、ああ、すぐに用意する」


 俺が村人に扮する部下に悟られぬよう指示を出すと、背後から腹立たしい含み笑いが聞こえやがる。


「ふん、己の命欲しさにみっともない連中だ」


 このクズ野郎はぜってぇ俺がぶち殺す!

 だが今は我慢だ。


 振り返り、踏ん反り返り馬に乗るクズに愛想笑いを浮かべる。

 

「儂らはしがない村人ですから、従うだけでございます」

「情けない、ゴミ以下だな」


 ちっくしょう! 屈辱だ!

 我慢だザック! 耐えるんだ俺!


 街の中央に兵たちを誘導する事に成功し、直ぐに酒と飯を持ってくると伝える。


「直ぐに御用意致しますので、ここでお待ちを」


 男は一瞬見下した目で俺に視線を落とし、馬から降りた。

 隊長らしき男が馬から降りた事を確認した騎兵たちも馬から降り、歩兵も疲れきっていたのか地面に座り込んだ。


 マヌケが! 今から地獄を見せてやるよ。


 俺は村長宅に潜み、窓からこちらの様子を伺うアーロン隊長に目で合図を出し、同時に屋根の上に潜むセドリックたちにも目で合図を出す。


 各家の扉が開き、一斉に飛び出してくるアーロンたちと、屋根の上から身を乗り出し、一斉に矢を放つセドリックたち。


 戦いの火蓋は切って落とされた。

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