第7話王子と姫

 パリスの報告を受け街の中央広場にたどり着くと、既にアーロンにアリア、村人たちが集まっている。


 遠目から見えるアーロンたちの顔を見て、事態は深刻だと判断した。


 俺はアーロンたちの方に歩きながら声をかけた。


「状況はどうなっている?」


 その場に集まっていた者たちが一斉に顔を向けてくる。

 同時に兵たちも道を開けていく。


 アーロンは俺と目が合うと、できるだけ簡易に状況を説明し始めた。


「村に着いてすぐに、近辺の状況を確認する為、アリア様にお願いし、村の者から馬を借りセドリックたちが近辺を確認したところ、村から十数キロ離れた地点にパリセミリスの兵を確認したとの事だ」


 実際にその目で確認したというセドリックも報告を始める。


「村から北東の方角に敵兵約500を確認。その内騎兵が50、残りが歩兵です。敵は真直ぐこちらを目指しています」


 話を聞いていたアリアが直ぐに話に割り込み、意見を口にした。


「アルトロ王子、貴方の飛空艇に村人すべてを乗せる事は可能ですか?」


 村人の数は約300、兵を含めると600人だ。

 俺の飛空艇の定員数は500、無理だな。


「すべての者を乗せることは不可能だ。飛空艇の定員数は500人が精一杯なんだ」


 俺の言葉を聞き、肩を落とすアリアと村人たち。


「だがお前たちと村人だけなら可能だ」

「っえ!」


 一瞬驚いたアリアが真剣な眼差しで俺を見つめる。


「それはどう言う意味ですか、アルトロ王子?」

「そのままの意味だ。俺達はこの場に残り敵を迎え撃つ!」


 アリアは目を見開き、村人たちもざわついている。


「あなた正気なの? 敵は500、貴方たちは300なのよ!」

「いや、飛空艇の側で待機している兵はお前たちの警護の為、そちらに付ける。俺達は250人で迎え撃つ」

「敵の半数で……貴方死ぬ気なの!」


 正気の沙汰じゃない、そう言いたいんだろ。

 だけどそれは違うぞ、アリア。


「仮に村を捨てた後はどうなる? 彼らはどこで暮らす? それに着実にパリセミリスはこの国を侵略している。ここで奴らの進軍を止めなければ、いずれ王都も落ちる。逃げの一手は愚策だ!」

「でも、貴方はそもそもこの国の人間ではない! どうしてそこまでするの?」


 アリアの言っている事も一理あるな。

 だけどこれは我が国の将来にも大きく関係する。


 この国セスタリカは我が国アイーンバルゼンの東に位置する。

 セスタリカを挟んだ更に東にパルセミリスは位置する。


 つまりこの国が落とされれば、間違いなくパルセミリスは近い未来、我が国に侵略を開始するだろう。

 セスタリカとアイーンバルゼンは国土も兵力も然程違いわない。


 だがもし、セスタリカを吸収したパルセミリスが敵として攻め入れば、めんどくさい!


 面倒事は早めに潰すに越した事はない。


「聞いているの!」


 アリアが一歩前に体を突き出し、詰め寄ってくる。


「ああ、聞いてるよ。」

「貴方死ぬかもしれないのよ!」

「俺の事が嫌いじゃなかったのか?」

「死なれたら目覚めが悪い……だけよ」


 俯き、自らの無力さに嫌気がさしているのか。

 それとも俺のカッコよさに気づいたか!

 なんて冗談はさて置き。


「アリアにひとつ聞きたい事がある」

「……なによ?」

「東の砦が落とされたのはいつだ? それと東の砦から徒歩で、ここまでどの程度時間がかかる?」

「っえ!」


 アリアはどうやら分からないみたいで、近くにいた侍女に目で訴えかけている。

 困ったアリアを助ける為に、眼鏡の女が代わりに話しだした。


「東の砦が落とされたのは七日ほど前の事です。砦からここまでは、休まず歩けば五日ほどで到着可能です」


 侍女の言葉を聞き、アーロン、パリス、ザック、セドリックの四人がニヤリと笑を見せた。


 どうやら彼らは気づいたようだ。

 そう、敵の大半は歩兵だということ。

 つまり、かなり疲労している。


 さらに敵はこんな村に兵がいるなど想像もしていないだろう。

 疲労困憊、油断しきっている敵を倒すなど朝飯前だ。


 それにいざとなれば俺がいるし、こっちには見習いとは言え、王宮魔道士ルナがいる。


 一般の魔道士とは違い、王宮魔道士は魔力、魔法、知識等、様々な試験を合格した者しかなる事ができない。

 敵の中に魔道士が居たとしてもたかが知れている。


 楽勝だな。

 ただ少し村が荒れるだけだ。


 俺の意図を完全に理解したアーロンが、アリアたちに急ぐよう声をかけている。


「アリア様、ここはアルトロ王子と我々に任せ、村の者たちと飛空艇までお急ぎ下さい」


 アリアは俺や兵たちの顔を見渡し、俺たちの決意は揺るがないと悟りながらも、俺たちを逃がそうと懸命に説得している。


「この村を占拠されたとしても打つ手はいくらでもあります! 彼らの住む所だって何とでもなります。負け戦ほど愚かな事はありません。考え直して!」

「それは違うぞアリア! 大切な故郷を奪われた者たちの悲しみは、貴族や王族にはわかりはしない。それにこれは勝ち戦だ!」


 アリアは村人たちに顔を向け、彼らの悔しそうな顔を見て、気持ちを悟ったのだろう。


「……ごめんなさい」


 気まずさから目を逸らし、呟くように謝罪の言葉を述べている。

 一国の姫が容易く頭を下げてはいけない。


「謝る事はない!」

「っえ?」

「お前がこの村を救う者たちを連れてきたのだ。胸を晴れ、アリア=セスタリカ!」


 ゆっくりと顔を上げ、しっかりと俺を見るアリア。

 その目にもう迷いはない。


 そうだ、それでいい。

 俯いてばかりではせっかくの美貌が台無しだ。


「アルトロ……」


 さぁここで決め台詞だ。

 バシっとお前のハートを狙い撃つ。


「言ったであろう。俺はお前の為、戦火に飛び込んで見せよう!」


 臆病者の王子とは違うだろ!

 アリアは少し悲しそうにゆっくりと頭を下げ、俺の無事を気遣ってくれている。


「ご武運を……」

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