Call25 テケテケ



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




(ジョンさん優しいよねぇ……)



 帰り道、私はジョンさんとの会話を思い出していた。

 わざわざキツいこと言ったりとか、メリーさんとの喧嘩を気にしてくれたりとか、ジョンさんはかなり気が良い気がする。

 踏み込むな……と言いながら、結局メリーさんとの仲を取り持つような事をしてしまっているあたり、ジョンさんもいろいろと悩んでいるのかもしれない。


 和美も、メリーさんも寂しがっているし、ジョンさんの言葉が確かなら、花子さんもそう。

 そういう人達をずっと見てるジョンさんだから、私を危険に晒さないよう突き放したい反面、仲良くさせるような事も言ってしまうんじゃないだろうか。



 でも私は、その事に甘んじたらいけない。

 注意をしてくれたんだから、ちゃんと自分の人生が上手くいくようにも考えよう。



 そんなことを勝手に考えながら、夕暮れの道……川沿いの道を歩いていく。

 住宅の影がアスファルトに伸び、夕日によってオレンジ色に染められた並木道が、真っ直ぐに先に続いていた。

 テケテケは、出てくる様子はない。

 念のために踏み切りを通る道を通らないようにしたから、そのお陰だろうか?

 それとも、メリーさんが隠れて何かをしてくれてるのだろうか?


 またメリーさんと話す機会があったら……落ち着いて話し合ってみようかな。

 メリーさんにいろいろ言ったけど、私はやっぱり、形だけの関係は嫌だから。

 踏み込むなとか、約束をするな……というのは分かったけど……もう少し仲の良い関係にはなりたいから。



 そう思いながら、並木道を歩いていた時だった。

 私は、前方……道の向こうに、それを見た。



 笑顔を浮かべ、地面を這う一人の女の子……。



 まばらに歩いている数人の人は、気付いていないのだろうか?

 凄まじい勢いで這ってくる、異質なそれに。


(出た……)


 

 背筋に恐怖がぞわぞわと走るのは一瞬だった……次に湧いたのは、危機感。

 あまりにも速く道の向こうから迫ってくるそれに感じる、本能的な危機感。


「っ……」


 頭より先に身体が動いて、私は鞄を捨て反対方向……自分の歩いてきた道に駆け出した。

 メリーさんが助けてくれることは知っている。

 なんなら、撃退用の呪文だって知っている。

 けれど……それは恐怖を和らげてはくれないのだ。

 下半身のない人間が這い進み、自分の方に迫ってくる……狂喜とさえ呼べる笑顔を浮かべ追いかけてくる姿なんて、じっとして受け入れたいものじゃない。



 だから私は、背中を向け走り出した……無意味なことは知っていたのに。

 逃げられないことは分かりきっているのに。


 テケ。

 テケテケテケテケテケ……。


 冗談としか思えない音……。

 逃げるために数歩、足を踏み出した時には、私の後ろからその音が迫ってきていた。

 テケテケの名前は、両手で這う時にするその音が由来らしい……その逸話を知った時、私は最初苦笑した。

 そんな音で這われても、笑ってしまいそうだなと考えたことを覚えている。


 事実そうだ。

 こうして聞いても滑稽な音。

 私の背後から聞こえるその滑稽な音が……私を殺そうとする死の音だ。


(待ってよ、待って……電話は? ねぇ)



 電話は……来ない。


 テケテケテケテケ……そんな音が真後ろから、ぴったりと聞こえてくるのに、私を守ってくれるはずの『メリーさんの電話』はかかってこない。

 涙が出そうになる。

 ……わかっていた。

 私が頼ったのは、メリーさんの機嫌一つで損なわれるような安全なんだから……メリーさんが守ってくれなきゃ、こうなるんだって。


 唐突に足首が掴まれた。

 あっと思う間もない……咄嗟に身体を捻ったものの、走っていた身体がアスファルトに転び、ずさっと手と身体を打ち付ける。


 死ぬ……?


 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。


 テケ……テケ……テケ……。


 何かが、私の身体の上を這ってくる。

 背中に覆い被さっている。

 それを目で見るのが怖くて、きつく目を瞑った私の耳に……喜悦に染まったその声が聞こえてきた。



 ──ちょーだい、あなたの足──




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