Call24 メリーさんのこと



 それから少しだけ、人面犬と話をした。

 話題は何でもない雑談だ。

 駅前のアイスのことだの、よく観てるアニメのことだの。

 人面犬はそれを、退屈そうに欠伸をして聞いていた。

 でも、そんな時間もそろそろ終わりだ。

 だいたい開始から一時間で、形式上の部活は終わり……と決めていたから、あと五分弱で部活は終わり。

 それで私の『ひとりっきりのオカルト研究部』初回の活動は終わりになる。


(……あ、でもあれのこと忘れてた)


 ふと、思い出した事があって、私はジョンさんに視線を向ける。

 頭部だけが人間の人面犬の姿も、なんとなく見馴れてきたかもしれない。


「そういえばさー……」


「んー?」


「校庭でテケテケっぽいの見たんだけど、やっぱり危ないのかな」


「マジか」


「マジだ」



 私が即座に頷くと、人面犬は少し真面目な顔で考え……すぐにふぬけた表情になる。

 どうでもよさげに尻尾をたらした。



「お前にゃメリーさんがいるから大丈夫だろ。変な約束してなきゃだがな」


「……? 約束してるとダメなの?」


「あいつは約束に関しちゃ話が別なんだよ。身体半分やるとかお前がテケテケと約束したら、むしろテケテケの味方するぞ?」

「なにそれ……死んじゃうじゃん私」

「そしたら俺らの仲間入りだな。その時は四の五の言わず歓迎してやる、説教抜きで」

「絶対やだ」

「考えなしに約束増やしたお前が言うかね」

「いいますー、いいますよーだ。人間は生きていたいんですー」


 私が不服を漏らすと、人面犬はめんどくさそうに顔を背ける。

 くう、私はどうせわがままなガキですよ。


 でも、メリーさんがいれば大丈夫……という言葉に関しては、少し考えるべきかもしれない。


(喧嘩した今はどうなんだろう?)


 朝のあれは喧嘩に入らない……? ちゃんと守ってくれる?


 身体半分くらい気にしない……ということは、拗ねたメリーさんが私をほっといた結果、私が死んじゃうってこともありえるんじゃ。


(うわ、なにそれ……)


 でも、考えてみたら当たり前なんだ。 

 別にメリーさんから見れば、私が生きていても死んでいても……オトモダチになれることは変わらない。


(わーこわいこわい!!)



 そんなので死にたくないな。

 そうならないか不安だし……メリーさんに詳しい人……もとい人面犬が近くにいるんだから、まずは聞いてみた方がいいだろう。



「……メリーさんと朝喧嘩したんだけどさ」


 私がそう言葉にした瞬間、人面犬が文字通り飛び起きた。

 がばっと跳ね起きた人面犬が、シュタッと飛んで私の机の上に乗ってくる。

 なんだこの犬、すごいな! 忍者か!?


「なにやってんだお前!?」


「いや……え、というか知らない? 約束のこと言ってたからなんか見てたのかと」


 ジョンさんは驚いてたみたいだけど、私も目を丸くする。

 朝のやりとりを全部知ってたのかと思ったからだ。


「あいつから聞いたんだよ、約束を受け入れていいか悩んでるって……で、なんだよ喧嘩って」

「いや、なんかさ、約束嫌そうだったからさ……なんかそれがむず痒くて、ちょっと口論みたいな? ……そしたらさ……お母さんと同じとかいって……私はその代わりなのかなって……そんな感じで……」

「なに言ってっかわかんねーが分かった、お前やっぱ馬鹿だ。 そんなくだらねーことでよく喧嘩した。 むしろ感心したわ馬鹿」

「馬鹿馬鹿いうなー!! 傷付くんだぞ私も!」


「いやぁ、けどよ……喧嘩売る相手にメリーさんとか無謀過ぎんだろお前、目ぇついてんのかよ?」

「ま、まぁそう? 改めて考えると危なかった?」


 けど口喧嘩とか相手選べないと思うな! 私は!

 自慢にならないことを心の中で断言する……自慢じゃないけど私は喧嘩をおこしやすい。

 そんな私に人面犬は呆れたため息を出すと、顔をしかめた。


「あーけど、最初の夜にもお前あいつに喧嘩売ってたしな、今さらか……喧嘩してどうこうってなら、問題ねーんじゃねーか?」

「大丈夫かな?」


「約束だったら話は別だが、怒って見捨てるなら最初の夜にお前は死んでるよ。……ま、あいつはガキだし、変に気が変わることもあるかもしんねーが」


 ガキ……と言われて私は首を傾げる。

 メリーさんはむしろ大人っぽくない? ガキっぽい?


「ガキなの?」

「お前と同じでガキだよ、粘着質なガキ。ついでにめちゃくちゃ方向音痴な」

「方向音痴なの!?」

「なんかわかんねーが、妙に間抜けなとこがあってよ……電話で寄るか誰かの場所に現れねーとまっすぐ来れねーんだよあいつ。お前の来た日なんて、昼に外出たっきり帰ってこなかったし。お前が教室にこなきゃ、朝まで帰れなかったんじゃねーか?」


 あの日確か、校門から電話してきたっけ……もしかして外で迷ってたから?


(……けっこークールっぽい印象あったけど、そうでもないのかな?)


 でも……間抜けなところがある……と聞くと、なんとなく原因には思い当たるかもしれない。

 噂が怪異を縛るとしたら……ネットだのなんだので広まったメリーさんの失敗談の影響でも出ているんじゃないだろうか。

 メリーさんの失敗談というのは……例えば駅で迷って電話先の相手に助けを求めたり、電話相手の後ろに出た結果、壁に埋まってしまったとか、相手が電車に乗っていた為に置いていかれたとか……そういうのだ。

 メリーさんは恐怖をもたらす存在、という噂も広がっているけれど……そういう、『いろいろな失敗をする間抜けで愛らしいメリーさん像』も世間に広まってはいるのだ。


「ま、なんにせよあいつはお前を見捨てることはねーよ。……安心しろ、テケテケは厄介だが、あいつのがつえぇ」


「そっか……なら安心」


 喧嘩をしながらメリーさんを頼る……と言うのもどうかとは思ったけれど、テケテケかもしれないあの幽霊に狙われた場合、なんとかする自信はない。

 ここはメリーさんに頼るしかないだろう。



「ああ、それとな……」


 そこで人面犬はなにかを思い出したように、口を開いた。


「あいつは誰かを代わりに出来るやつじゃねーよ」

「え?」

「事情はしんねーが、喧嘩したんならあとでもう一回話し合ってみろ。ガキの喧嘩ってのは勘違いばっかなんだよ」



 

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