Call14 話したこと、話すこと






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 ──次の日──




「オカルト研究部を作りたい?」



 休み時間……職員室。

 プリントの採点をしていた恵先生はその手を止め、私の言葉を反芻した。

 


「はい、作る理由ができたので」



 私は先生から目をそらさず、まっすぐにその顔を見つめる。

 先生の顔が、私に向けられた。



「文芸部はどうするの?」

「……辞めます」

「勿体ないと思うけど……」

「もう決めたので、ごめんなさい!」



 私が深々と頭を下げて謝ると……ため息を吐いた先生から、わかったから顔をあげて、と、柔らかな言葉が聞こえてきた。

 顔をあげると、先生は口元に微笑みを浮かべ新しい提案を出してくれる。



「なら、文芸部を辞めるのは部員が集まってからにしたらどう? 部活はおやすみしていていいから」

「人が集まらなくても、形だけでもやろうと思ってます……だから、ごめんなさい」

「形だけでもって……そんなにやりたいの?」

「はい」

 私の返答に困惑した先生は、椅子をこちらに向けて、じっと私の目を見てくる。

「理由は聞いてもいい?」

「……一人にしたくない子がいて」

「文芸部に誘うのは?」

「出来ません」



 私の頑なな態度に、先生は少し訝しむように私を見たけれど……。

 すぐに、静かな笑顔を浮かべてくれた。



「わかったわ。事情はわからないけれど、退部を認めましょう」



 なにかあったら相談には乗るから……と、そう話してくれた先生は、いつものように優しくて……。


「ごめんなさい! 今までありがとうございました!!」



 私は再び頭を下げ……職員室を後にした。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇




 私は文芸部が嫌いだったわけじゃない。

 静かに時間を過ごせるその場所はむしろ好きだったけれど……。

 昨日、人面犬や花子さんから聞いた和美の助け方……それを行うには、私がオカルト研究部を作る必要があるのだ。

 放課後……私は多目的室に向かいながら……昨日の会話を思い出していた。



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「ひとりぼっちのヤツはな、噂に囚われた幽霊なんだよ」

 長い影の伸びる……夕暮れの雑木林。

 その近くにある校舎裏の倉庫で、人面犬は私にそう説明してくれた。

 手持無沙汰なのか、前足をペロペロと舐めている……顔以外はほんと犬だ。

「噂に囚われた幽霊?」

「噂から産まれる奴がいるのはさっき言った通りだが、今いる幽霊も噂に囚われる事がある」

「……えーっと、つまり……」

 私が考えていると、間隣にいるおかっぱの女の子が、視線も合わせずに淡々と語る。

「その幽霊を助けるには、噂をどうにかしないといけないってことよ」

 そういうものなの?

 そう私が聞き返す前に、人面犬は前足を舐める仕種を止めて、話を補完してくれた。

「ひとりぼっち。この噂が、その和美とかいう幽霊を縛ってるってこった。誰からも見えねー、知られねー、ひとりぼっちだって……そういう噂に縛られてるんだよ」

「噂が、縛る……」

 分かるような分からないような……。

 噂が人でないなにかを産んでしまうことがあるのなら、噂が人でないなにかを縛ってしまうこともあるのだろうか?



「でも、和美の噂はもう誰も知らないんだよね?」

 和美や……私や人面犬さん達しか知らないことを、噂って呼べる?



「夢見ヶ丘中学校の七不思議……そこに加わっているだけで、形が作られるには充分なのよ。形の内容を決めてしまったのは、ひとりぼっち自身だけれど」



 花子さんの言葉に、人面犬が続く。


「他にも理由はあるけどな、そっちはめんどくせー話になるし、いまは聞く必要はねーよ」


 話してから、今度は退屈そうにうろうろと歩き始めた人面犬。

 なんというか、落ち着きがない。

 でも、これまでの話をまとめれば……。


「つまり私が、その噂をなんとかすればいいの?」


 和美を一人にしているのは、ひとりぼっちという……知られていない一番目の噂。

 和美を縛るのは噂なんだ。

 なら、消えた一番目……『ひとりぼっち』の噂を変えてしまえば、和美は噂に縛られず、ひとりぼっちじゃなくなるのではないだろうか? 

 私が聞くと、人面犬はうろつくのをやめて私に答えた。

「おう、そういうことだ……だから人間のお前がやるしかねー。俺達がやるのはめんどくせーんだよ」

「メリーさんも、出来ないって言ってたもんね」

「そういうこった」

 人面犬は私の言葉に頷くと、ちらりと私の隣に視線を送り……そのまま、くぁ、とあくびをする。

「んじゃ、俺はもう行くぜ、花子も帰ったみたいだしな」

「え?」

 人面犬の言葉に驚くと……確かに花子さんの姿が私の隣から消えていた。

 いつの間に……と思うけど、説明が終わったから帰ったってことなんだろうか。

 挨拶もないあたり、嫌われてるんだろうね……やっぱり。

 私がしょんぼりしていると、人面犬がにやりと笑う。



「あいつお前のこと気に入ったみたいだから、仲良くしてやってくれよ」



 ……えぇ?

(気に入ったって、あれが?)

 顔も合わせず話してたのに?



 じゃあな……と、呆気にとられる私に人面犬はひと言告げる。

 尻尾を振りながらとてとて歩き去っていく人面犬の姿は、なんだか印象的だった。

 



 沈んでいく日、夜の色が深くなる。

 夕暮れの倉庫に一人残された私は、夕闇の中でじっと考えた。

 噂を変える方法を……和美を一人にしない方法を。

 噂は怪異を産み、怪異を縛る。

 長かった話をまとめればただ単純な、それだけの話。

 メリーさんに出来ないで私にしか出来ないことは……きっと噂を変えること。

 それが人間である私の仕事……と言うことなのだろう。

 ざぁっと、木々が風に吹かれて靡く。

 夜の色が深まるにつれて……長かった影が消えていく。

 あとは、家で考えるべきか……。

 暗くなる前に帰ろうと、倉庫の壁から身体を離し……そこである考えが浮かんだ私は、自分のスマホを手に取った。

 画面をタップし、着信履歴から電話をかける。



「もしもーし。私るーるー、いま、校舎裏の倉庫にいるよ」

 


 その相手は、通話先でふふっと笑う。

 私も小さく笑ってから、言葉を続けた。



 ──メリーさん、手伝ってほしいことがあるんだけど──




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