Call13 事実と噂




「人面犬さん達のこと?」

「ひとりぼっちのやつをどうにかするんだろ? ならまずは俺達の事から知らなきゃいけねぇよ」

 雑木林の方を眺めながら人面犬は話を始める。

 夕陽に照らされた木の影が、風に揺らぐ枝葉に合わせて小さく揺れた。

「お前、俺達の噂がどうやって生まれると思う?」

「え……」

 噂……どうやって、と言われても困る。

「やっぱり、直接見た人が噂したりとかじゃないですかね?」

 私が首を傾げると、人面犬はジロッと私を見た。

「それじゃあ人が死ぬ噂が広まらないだろ」

「確かに……」



 メリーさんの話は生死不明だけど、『赤い紙、青い紙』みたいに、都市伝説の中には人が死んで終わるものや、『くねくね』と呼ばれる見たら狂うという存在にまつわる都市伝説で、最後にくねくねを目撃して終わる体験談もある……。

 そうした体験談を誰が広めたのか……と言う疑問は、体験談として書かれた都市伝説や怪奇譚ではよくある疑問だ。

「じゃあやっぱり作り話とかも混ざってる? 作り話の都市伝説が半分、事実が半分みたいな」

 体験談が作り話なら、その疑問はあっさりと消える。

 嘘であったり、いろいろな話が変容して都市伝説になったり……メリーさんを実際に見るまでは、都市伝説の大半はそうなんだろうと私は思っていた。

「ああそうだ。だがその作り話しから産まれる化物もいる」

「えっと……」

 作り話しから産まれる?

「卵が先か、鶏が先かってとこだ……いってみりゃ……」



「事実が噂を作って、噂が事実を作るのよ」



 その声は、私の真隣から聞こえてきた。






 ◇◆◇◆◇◆◇◆






「ひゅえ!?」

 真隣から聞こえた言葉にびっくりした私は、ずさっと少し飛び退いてそっちに視線を送る。

 聞き覚えのある声……。



「は、花子さん……? なんでここに?」



 私の真横にいたのは、おかっぱ頭の小柄な女の子……『三番扉の花子さん』。

 倉庫に体重を預け、私と同じように壁によりかかる彼女は、無愛想な表情を浮かべて私を見ていた。

「さっきからいたわ、気付かれなかったけど……」

「で、でも……来たときいなかったよね?」

「見えなかっただけよ、あなたには」

 不愉快さを隠すこともなく、冷たい声で話す花子さん。

 見えなかっただけ……という言葉は気になったけど、今それを聞いても機嫌を悪くしてしまう気がする。

 見えなかっただけでなんで不愉快に思われないといけないのか……

「それはその……ごめんなさい」

「別に、私達はあなたに説明して帰るだけ。あなたを遊び相手にすると怒られそうだし……」



 人面犬と違って、この子は私への敵意を向けてくる。

 でもなんだろう、花子さんもあの日と違って、いまいち怖さはない。

 あの時は夜だったし、私もいろいろな事に怯えていたから怖かったのだろうか……こうして並んで話している今は、ただ私を嫌ってるだけの、普通の女の子に思える。


「花子さんも、メリーさんの友達、なんだよね?」


「一番のお友達よ」


 間髪いれずに返事が来て、それに人面犬がゲラゲラと笑う。

「嘘つけ。遊び相手があいつしかいないだけだろ」

「ジョンにはわからないの、それがどれだけ大事か」

「ジョンじゃねーって言ってるだろ」

「うるさいジョン」

 そうして話す二人の会話……少しだけ気になることがあった私は、恐る恐る口を開く。


 

「遊びって……首絞め遊び?」



 花子さんのする遊び。

 それで思い付くものは首絞め遊びくらいしかない。

 私が聞くと、人面犬と無表情に話していた花子さんは、私をジロッと睨んでくる。

「さぁ、しらない。あなたはどうせ私と遊べないし、どっかで死ぬだろうし、教えたくないもの」

「……うぐ」

 別に死にたいわけじゃないし死ぬ気もないけど、私が助かったのはメリーさんが助けてくれたからだ。

 どっかで死ぬと言われても、否定しきる自信はない。

「……死にたくはないなぁ」

「そりゃ人間ならそうだろうよ」

 花子さんが口を開く前に、人面犬が私を見上げて小さく笑う。

 そうしてから、花子さんに視線を向けた。

「おい花子、さっきの話続けてやれ」

「…………」

 私をジロッと見る花子さんに人面犬が話を促すと、花子さんはどこか嫌そうにしながら……その話を始めた。




 ──

 ─────

 ────────



(……えっと、つまり)

 花子さんがしてくれた説明を要約すると、こういうことらしい。

 都市伝説や七不思議に現れる怪異……人面犬やメリーさん、花子さんみたいな存在は、二つのパターンで生まれるらしい。

 一つは、幽霊とか人外の存在がいて、それが事件を起こして都市伝説になるパターン。

 和美なんかはこのパターンで、和美が実害を与えたから噂が生まれ、七不思議となったのだろう……ということだ。

 もう一つは……。

「噂が七不思議や都市伝説を生むの?」

「……そうよ」

 私が聞くと、花子さんは短く返事を返してくる。

 視線もこちらに向けず、退屈そうに地面を見ていた。

(噂が七不思議や都市伝説を……生む)

 これはいまいち実感がわかないけど、説明された内容を信じるなら、噂が流れて広がったことで、七不思議や都市伝説という超常の存在が生まれてしまう……というもの。

 元々形のない超常の存在に、多数の人の想像や感情が影響を与え、生み出してしまうらしい。

 これだけだとまだよく分からないから、私はイメージを固める。

 噂が先にあって、そこから超常的な存在が産まれると言うことは……。

(……チョコレートの金型、みたいなものなのかな)



 噂は金型。


 形のない超常的な何かは、そこに流し込まれる溶けたチョコレート……。


 パンダ型にしろハート型にしろ、金型に合わせてチョコレートの形は変わる。


 都市伝説もそれに近くて、噂が先に形を決め、そこに魂魄だの霊魂だの、よく分からない霊的なものが集まり、中身が作られる……という感じなんじゃないだろうか。




 それが噂から産み出された都市伝説や七不思議……噂という形に合わせて誕生した、人ではない何か。

 普通の幽霊や怪奇現象の他にも、そうした『人間の産み出した怪奇現象』と言うような存在もいるらしい。

 人面犬やメリーさん、花子さんがそういう存在かは分からないけれど……。



 私が一番聞きたいこと、大事なことは、そんな事じゃない。

 そこまでは分かったけど……と前置きをしてから、私は倉庫に背を預けたまま、花子さんや人面犬に疑問をぶつける。



「……結局和美は、どうすればひとりぼっちじゃなくなるの?」




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