Call12 当たり前のこと
犬。
だいたい犬。
顔だけ人。
「こっちだ」
「は、はい!」
夕闇に染まる校舎裏。
私はジョンさん……もとい人面犬に招かれて、校舎裏の倉庫の隣に来ていた。
学校の外からは雑木林で隠されていて、校舎からは見えない……そういう場所だ。
(見られたら騒ぎになるもんね……)
さすがに人の顔のついた犬が見つかったら、SNSとかが大賑わいになりそうだ。
そんなことを考えながら倉庫にもたれかかると、ペタンと、私の近くで人面犬が地べたに座った。
犬だけあって身長はかなり低い……スカートの中が見えないか気になったから、少しだけ手でスカートをおさえる……スパッツはいてくればよかった。
人面犬は、そんな私に興味を示さず、別の方向を見ながらくぁっとおじさん顔で欠伸をしていた。
(ちょっと不気味なのはあるけど……こうしてみると、人面犬って馴染みやすいね)
あの夜は怖かったけど、今は妙な外見のせいか、いまいち怖くなかった。
……都市伝説なんかだと、噛まれたら人面犬になる……というような話も聞くけど、さすがにこのタイミングで噛んでは来ないと思いたい。
人面犬は私に話がある感じだったけど、なにを話すつもりなんだろう?
和美のこと? メリーさんのこと?
気になったけど、私が呼ばれたなら人面犬からなにか話してくれるだろう。
私は人面犬がなにか話をするのを待つことにする。
……
…………
(んー……?)
そうして二十秒くらい待ってみたけど、人面犬は退屈そうにするばかりで、まるで話を始める様子がない。
(説明するって言いませんでしたかね?)
さすがに気になって、私は自分から声をかけた。
「……その、説明って和美のこと? メリーさんのこと……でしょうか?」
「……あー?」
私が聞くと、気怠そうに人面犬が顔をあげる。
おじさん顔な人面犬に下から見上げられるとやっぱりスカートが気になって、少しだけ横にずれてみる。
邪険に扱いたいわけじゃないけど、下から見上げられると年頃の女の子としてはやっぱり気になると言いますか……。
そんな乙女の悩みを気にするでもなく、のんびりと考えてから人面犬は私に話す。
「まーそんなとこだな、あいつ話すのうまくねーし」
かわりに説明してこいってよ……と、人面犬は面倒くさそうに校舎の方を見た。
「……あいつってメリーさんだよね? やっぱり仲いいんですか?」
「さーな、あいつが話しかけてきただけだよ。オトモダチなんだと」
「へー、メリーさんからなんですね……私と逆だ」
それに人面犬は呆れ混じりの声を出す。
「笑ってるけどお前馬鹿だろ」
(馬鹿ですと?)
ぞんざいな物言いに一瞬カチンと来るけど、自分の行動を振り返ってみると、否定はしきれない。
メリーさんと自分から友達になりにきて、今は和美を助けようとしてる……。
なんのためって聞かれても、お母さんの為とか、なんか納得いかないから……くらいのもので、馬鹿と言われても仕方ないかな。
「あー……はは、馬鹿ですねーたしかに。いきなり馬鹿はどーかと思いますけど」
「馬鹿は馬鹿だよ、お前死ぬぞ?」
「う……」
死ぬ、と直接的に言われると結構辛い……。
実際、メリーさんと最初の電話をしてから、すごく死にかけてるし……。
だけど、人面犬さんが私に言いたかったのは、そういうことではなかったらしい。
「親父やお袋もいんだろ? 若いのになにやってんだよ」
「……人面犬さん」
私のお父さんや……お母さん。
気にしてくれたのは、私が死んだら両親が悲しむんじゃないかっていうこと。
お母さんは……もういないけど、お父さんはまだ生きてる。
だけど私が死んじゃったら、お父さんはひとりぼっちだ。
……それを想像すると……うん、私は馬鹿だったかもしれない。
「……お母さん死んじゃったから、ちょっと自棄になっちゃったと言いますか」
「……だったら尚更馬鹿だよ。たくっ」
吐き捨てるように、不快さを露にして言ってくるけど……その言葉の裏にある優しさを感じて、私は申し訳ない気持ちになる。
お父さんのことは、なにも考えてなかったから。
私は自分の命や人生を、どこか軽く見ていたかもしれない。
メリーさんがいないと思っていた……とはいえ、学校に忍び込むだけでも危険はあるし、見つかればお父さんに心配をかける。
そういう当たり前のことだって、忘れてしまっていた。
(ごめんね、お父さん)
私が考え込んだから、それで一度会話は途切れたけど……私に当たり前のことを教えてくれた人面犬さんの名前も知らないことに気付いて、私は改めて口を開く。
「……あの、名前聞いていいでしょうか?」
「…………覚えてねぇよ」
「え?」
えーっと……。
返ってきた返事は予想外なもので、どうしようか考える。
言いたくないだけ? それとも……。
少し考えていると、人面犬さんはふぅ……と疲れたような息をついて、その場に伏せた。
「なんも知らねぇお前に教えてやる。俺達のこと」
──もうお前は関わったからな──
何故だろう。
そうして話し始める人面犬さんの声は……夕暮れに染まる小さな姿は……どこか、深い哀愁を感じさせるものにも思えた。
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