Call3 だから私は……




 おじさん。

 犬?

 いやおじさん?

 なに?



 思いっきり飛び起きてから数秒……ちょっぴりだけ落ち着いた私は、まじまじとそれを見る。

 私をびっくりさせたのは、この教室の床に四足歩行で立つ生き物。

 それがなにか、私の知識はすぐに導きだしてれた。



 あれだ、人面犬だ。


 犬……柴犬みたいな身体に人の顔……中年のおじさんの顔がついた、人の顔をした犬だ。

 目を開いたら急にそんなのが前にいたんだから、驚くの当然かもしれない。

 ただなんのことはない、ただの人面犬だ。

 うんうん、人面犬なら納得。


 なんか近くの机に赤い服を着たおかっぱの女の子が腰をかけてるのも見えるし、私の横に白いワンピースの、つば広帽子の子が立ってるのも見えるけど、これが花子さんとメリーさんかな?

 あ、メリーさんが手を振ってくれた。

 やった、おはよー世界、こんにちは都市伝説。

 私も笑顔で手を振り返し……そこでようやく冷静さが戻ってくる。



(…………落ち着け私)



 すーはーすーはー、深呼吸深呼吸。


 ……いや、状況はちょっと分かるよ?


 たぶんメリーさんが、知りあい(?)でも呼んでくれたのかなとか……もしかして歓迎してくれるのかなとか、そんな希望的観測ならできるよ?


(……私を食べる会とかじゃないよねこれ?)


 不安も疑問もどんどん浮かぶ。


 場所はさっきまで私がいた教室……だと思うけど……。

 

「うるせぇガキだな」


 人面犬のおじさんが、なんか不愉快そうにしてる。

 みんな、有名な都市伝説だけど、さっきおじさんの顔を見て驚いたからか、なんだか私の気持ちは落ち着いてた。


 いや心臓はすごくばくばくいってるけど、ここまでたくさんいると逆にもう、なんでも来いって気分だ。


「るーるーは声大きいのよ、わたしも電話したら驚いちゃったもの」


 楽しそうに白いワンピースの子が言う……やっぱりこの子がメリーさん。


「……この子で首絞め遊びしていい?」

「だーめ花子、るーるーはメリーさんのオトモダチなのよ」


 首絞めとかさらっと怖いことを言ったのが赤い服の子で……メリーさんがそれを笑顔で否定する。

 花子って呼ばれてるのを見ると、花子さんで間違いはなさそうだ。


(メリーさんが止めてくれなかったら、私の首は絞められちゃってた感じですかね?)


 ……やっぱり都市伝説って怖いなぁって、他人事みたいに考える。

 でも……そう楽観的に、他人事みたいに考えてたはずなのに……不安でちょっと、涙が出た。

 私たぶん今、まな板の上の鯉みたいな感じで、危ない状態なんだと思う。

 都市伝説って、ちょっと話を聞くだけでも、だいたい人が死んだりしてる。

 ふざけたものを除けば、関わって幸せになった都市伝説なんてものはあまり聞かない……それこそ、お母さんみたいな日記は珍しい。

 冗談みたいな姿の人面犬だって、無害な生き物とは言えない。

 今の状態は、ライオンの檻の中にいるようなものなんだって実感がわいて、急に帰りたくなった。

 なんで私、こんな危ないことしてるんだろう。

 お母さんの為だって自分で知ってるはずなのに、不安で後悔しそうになる。



「ねえるーるー」


「は、はい!」



 メリーさんに急に声をかけられたから、びくっとして答えた。



「わたしはるーるーとオトモダチよ? だからみんな呼んだの、わたしのオトモダチ。仲良くなりたいの」


 端正に整った……可愛らしいメリーさんの顔が、私に近付く。


「でもるーるーは、わたしと仲良くなりたいの?」


 ……まるで私の気持ちを見透かすみたいに、私を覗きこむメリーさんの青い瞳に、感情の色はなかった。


 深く、深く、吸い込まれるような瞳には、怯えた私の顔が映っている。


 なにかを話そうとして、ぱくぱくと、口を開け締めするけど、言葉がでない。



(私は……)


 私は、メリーさんと友達になるために来たけれど、友達になりたいと強く想ったわけじゃない。


 お母さんのために、言葉を伝えるために、お母さんと友達だったメリーさんを知るために、きた。


 だから純粋に、本当にメリーさんと友達になりたくてきたわけじゃない……。



「わた……私は……」


 でも……。


「はなしたい」

「?」



 死ぬ前の、死んだあとの、お母さんの顔が浮かぶ。


 この想いに嘘はない、メリーさんと友達になりたいわけじゃない、だけど、友達にはなる。


 ならないといけない。


 メリーさんに話したいことあるから、ごめんなさいって、代わりに伝えたいから。


「話したいこと、あるの、友達になって、知りたいことあるの。伝えたいことがあるの、だから……」


「だからなぁに?」


 メリーさんの片手が私の頬に触れて……そっと撫でる。

 舐めるように、ゆっくりと……。


「だから私は、友達になりたいです」

「ふふふ、知りたいの?伝えたいの?」

 じゃあ……と言葉が続いた。



「わたしと仲良くなりたくてきたわけじゃないの?」



「……」



 そうだ、私は仲良くなりたくてきたわけじゃない。


 メリーさんなんてきっといないけど、お母さんの為に……そう思って、ここにきた。


 それはきっと、とても失礼なこと。


「……は、い」



 私がそういうと、メリーさんはそんな私に……笑みを浮かべる。



 肌をなぞる指先が、首すじまでつーっとおりてくると……喉元で止まる。



「悲しいわるーるー。わたしね、るーるーがわたしと仲良くなりたいのだと思っていたのに」


 顔は笑顔で、口調は楽しむように。


 だけど喉元に立てられた爪は鋭くて……。


(怒ってる……?)



 そうだよね、私は、メリーさんが好きで友達になりたかったわけじゃないんだから。


 悪いことをしたのだという想いが胸を過る。


 このまま、殺されるのかな。

 私は、目を瞑る……。



 死にたくなんてない。

 喉に食い込んでくる爪の感触は怖くて、身体も震える。

 だけど、逃げたりはしない。

 私は、頑固なんだろう。

 お母さんのことなんて、命を賭けるようなことではないかもしれない。

 怖がって逃げてもいいのかもしれない。


 でも……私の本当の気持ちを話して、私のしたことを話して逃げてしまったら、それが嘘になってしまうような気がして。


 友達になりたいって言いながら、本当は仲良くなりたいわけじゃないなんて、自分勝手な私の考え。


 それを聞いて怒ったメリーさんから逃げてしまうことは、すごく嫌で。


 覚悟を決めたとか、そういうかっこいい話じゃない。


 私に逃げない選択をさせたのは……ただの小さな意地だった。



 そうして……。



―喉に押し付けられたメリーさんの鋭い爪が……ぐっと、動いた―



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