彼方から響いてきそう
近所に住んでいたおじさんが亡くなった。
なんでも、教会の改修のために働いていたところ、屋根から落ちたのだとか。
不慮の事故。殉職。
村の人たちは、そう呼んだ。
妹と私が幼いころ、そのおじさんから美味しいクッキーをもらったことがあった。
良い笑顔をする、優しい人だったと私は記憶しているのだけれど、しかし彼は身内にすごく厳しい人だったようで、兄弟や妻子とは絶縁していたらしい。
優しい人だったのに。
妹も、きっと同じことをいうだろう。
教会にて、彼を弔う儀があった。
彼の家族は一人として参席していなかったが、けれど村の多くの人が集まった。
仕事が教会に関連していたので、その命の神に捧げた義人だとか、少し立派な儀になっていた。
神父や彼の同僚が、彼についてあれこれ話しているのを聞きながら、私はおじさんとの過去について思い巡らした。
おじさんは、妹の作曲の才能をいち早く見いだした人のひとり、だったと思う。たしか彼が、「好きに演奏してもいい」なんてことを妹にいったのだ。彼も音楽について多少の知識があったようで、それからしばらく、妹と作曲のことを話していた。なんにもわからなかった私は、ただ、そんな二人を眺めていただけ。ちょっぴり寂しくて、羨ましかったのを、覚えている。
儀に参列できなかった、というかもう村にいない妹が、おじさんの死を知るのはいつになるだろう。
おじさんは、妹が京師の音楽学校に行くことをとっても喜んでいた。きっと死んだ今も、妹のことを応援しているに違いない。
おじさんが骨になって、小さなお墓になった。
それから後も儀は続くのだけれど、私は仕事があるので、そこで教会を抜け出す。
仕事へ行く中途、おじさんの境遇が私と通うところがあるように思えてきた。
村にひとりで、家族はいない。
もし私が今、
誰が知らせてくれるのだろう。
誰がいるだろう。
私も、あのおじさんと同じになるかもしれない。そう思うと、どこか、身体が宙に浮いてしまったように不安定な不安に苛まれる。まるで、それこそ高いところから身を投げ出した感じの。
私がひとりでいなくなるとする。
すると、きっと、逆も同じ。
妹が、京師で、ここからずっと遠い場所で死んでしまっても、私はきっと、そこへ行くことはできない。
お互いに、そうなる。
幼かったころは、想像もしていなかった。
けれど、今の私たち姉妹は、そうなってしまったのだ。
……、元気にやってるかな。
私は、まあ元気だけれど。
あの子のこと、きっとちょっとぐらい無理しているのだろう。
私がみたことのない景色を毎日見て、私が食べたことのないものを毎日食べて、私が経験したことのないことを毎日経験しているんだろう。
ちょっと寂しくて、嫉妬もしてしまいそうで、とっても悲しくもなる。
…………。
妹は、私に会いたいと、今このときも思ってくれているだろうか。
私は、遠い空を見た。
ピアノのあの旋律がきこえてきそうで。
あの日々が彼方から響いてきそうで。
おじさんはもういない。
ちょっとくらい、私だって涙を流す。
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