第16話 兵士A
木曜の全体朝礼、朝日杯に出る騎馬部の出陣式が行われた。
創部初年度に一年生王者を決めるレース出走ということで、校長は鼻が高いらしい。
レース二日前、出走を控えた騎馬はトレセンに缶詰になる。
レースの公正公平を確保するためとは言え、二日間外界との接触を遮断され、 ネット環境も無い状況。
僕はレース二日前のことを獄中生活と呼んでいる。
獄中生活に入る前、学校側からエールを送りたいという意向での出陣式。
何やら甲斐、和緒、僕が一人ずつ意気込みを語るらしい。
人前で胃が痛む。
黄色い声援が体育館を包む。まずは甲斐から一言、やはり優等生だ。
姫宮先生、登山先輩、こなちゃんに対してサポートのお礼、声援を送る女子生徒たちにも感謝している。
僕も甲斐のファンになりそうだ。
無関係にも思える先生、生徒ですら耳を傾けてしまう名演説となる。
割れんばかりの拍手、こだまする黄色い声援と共に挨拶を終える甲斐。
「さ、最高のレースになるよう頑張ってきます」
いつも強気な和緒だが、人前は緊張するようだ。
いつか僕の教室を訪ねてきた和緒の姿を思い出す。
「折出有太くん」
名前を呼ばれた瞬間、自分の名前? と一瞬疑問を持ってしまった。
甲斐と和緒、一緒の騎馬でありながら、僕は気持ちの中で二人と僕を分けて考えている。
先ほどから同じ壇上に立ちながら、どこか遠くから二人を見ている気分でいた。
同じ壇上に立っている。急にストレスが沸いてくる。
マイクに踏み出した一歩、横目に見ていた甲斐、和緒が視界から消える。
甲斐と和緒あっての騎馬としての僕、僕一人壇上でさらけ者にされた気分。
静寂という雑音が体育館に響く。
舞台上の挨拶、一言「頑張ります」なんて言えば良いんだなんて思っていたのにその一言、声が出ない。
教室の後ろにはいつも出口があって、苦しい時はすぐに出られたんだ。
――しまった。
騎馬として居られる僕と、一人で居る僕。
変わってなんていなかったんだ。
変わってもいないのに、こんな場違いな舞台に上がってしまった。
――出口はどこだ?
昔、僕は場違いなこの舞台で称えられ、一人になったことがある。
表彰という勝手な大人の押し付けで得たのは孤立だった。
馴染みのない分野でも優勝すれば学校は表彰する。
壇上に上がる時は正直嬉しかった。
だが、一日でそれは後悔に変わった。
平凡な人間が急に表に出ることは、校内の話題として十分だ。
「折出くん、どうぞ」
沈黙に追い打ちをかけられる。
――折出有太くん、貴殿は――
Eスポーツの競技でFPSという銃火器を使用し戦うシューターゲーム、僕はけっこうな実力者だった。
平凡と言えば聞こえの良い学校生活とは違い、トップランカーにまで登り詰めたその世界で僕は称賛された。
先生、クラスメイトが助けてくれない学校なんかより、見知らぬプレーヤーが苦しい場面に救援に訪れる。
僕自身、自分の力で誰かの助けになれることもあって居心地が良かった。
誰にも邪魔されない僕の世界。
アカウント名は「兵士A」
誰もがヒーローのような名前を背負ってフィールドを駆けている中で異質な存在だった。
雑魚やモブ、脇役なんて言って襲ってくるプレーヤーは皆返り討ちにした。
主人公やヒーローになんてなれなくても、兵士Aを背負っている僕は無敵だった。
FPSにはいくつものゲームタイトルがあって、大会に採用されるものほど人気もレベルも高い。
その中で、囚われた王女を救出するミッションをこなすタイトルがあった。
自身のヒットポイント、連れ出し行動を共にする王女——ヒロインのヒットポイントいずれか失う、もしくは制限時間内にセーフティーポイントに到達出来なかった時点でミッション失敗のシンプルなFPS。
その世界観、内容はいつか憧れた物語のシーンにどこか似ていて、兵士A――自分を重ねて没入した。
僕はそのタイトルで一躍有名人となった。
全国大会決勝の場で、もはや再現不能なミッション攻略法。
ゲーム内において、プレーヤー自体がダメージを受けると操作性も下がるため、しばしば王女を盾に凌がざるを得ない場面がいくつか存在する。
だが、僕は王女を無傷でセーフティーポイントまで送り届けることに成功する。
最短記録、プレーヤーのヒットポイント残数は一(これは傷ついた状態で一歩でも歩いたら絶命する)という奇跡的でドラマチックな優勝だった。
兵士Aが王女に傷一つつけることなく、残り一歩の体力で救うなんて我ながら凄い物語だと思った。
――モブキャラみたいな名前がヒロインを救った――
そんな決勝は大会を大いに盛り上げ、ネット上でも話題沸騰、プレイヤーの僕は一躍時の人となり、ネットを見た同級生を介して学校中の話題になり、全国優勝という実績を聞きつけた先生方の判断で表彰されることになった。
僕のことも、FPSのことさえ知らない校長なんてと思いつつ、表彰されることは素直に嬉しかった。
そんな気持ちも一瞬だった。
望まぬ時の人。
派閥に属さず、明確な居場所の無かった僕。
いつの間にか矢面に立たされて、僕の居場所なんて無くなった。
理不尽であるとは思ったが、目をつけられたのは自分だ。
現実の世界で兵士Aが笑われた時、やっぱり僕はこの世界が嫌いだと思った。
ヒロインを助けるのは兵士A――折出有太でありたかっただけなんだ。
「折出くん。さぁ、どうぞ」
…………。
中学校生活との多少の違いを期待するなら、舞台に上がるようなことは避けなければいけなかった。
目立たず可もなく不可もなく……。
そう自分に刷り込んでいたはずなんだ。
そう生きると決めたのに。
騎馬に夢中、それこそ夢中でいつの間にかこの場に立っていた。
現実が見えていなかった。
黒い気持ちが一気に吹き出す。
出口が見える、もう舞台から降りよう。
僕はうつむき、マイクから離れようとする。
「そんな覚悟で勝てるわけにゃい! 夢見しゃせるようなこと言うにゃっ!」
一年生の生徒が集まる後方から声がした。
皆の視線が後方へ。
視線の先、立ち上がっている少女の姿。
皆が体育座りをしているからこそ確認出来る小さな少女。
こなちゃんだ。
夢見させるようなことを言った覚えはない。
だが、どこかで聞いたことのある名言と恐ろしいほどの噛み口調に気持ちが落ち着いた。
セリフめいた言葉、僕は良く知っていたし叫んでいた。
中学の頃、一人公園で強がってた時の気持ちが溢れ出る。
「ふわぁぁっはっはっはっ!」
高笑いと共に僕のスイッチが入ってしまった。
もう無敵だ。マリオでスターを取った気分だ。
「先の沈黙こそ雄弁、これ
反射的に出てきてしまった僕のキャラクターに体育館が沈黙する。
恥ずかしさを超えて痛みすら感じる静寂。
なるほど、沈黙こそ雄弁である。
僕は本当に変わってない。
「お覚悟、しかと受け止めたゃ……」
僕とこなちゃんが生み出してしまったこの状況、まばらな手拍子で何とか収まった。
放課後、僕は足早に帰宅。
明日からの獄中生活とレースの準備をするためと言いつつ、朝礼後から恥ずかしい気持ちが収まらず、早く家に帰りたかった。
騎馬部の皆と顔を合わせる自信が無かった。
――だけど。
僕は携帯を手に取りこなちゃんにメール。
「朝礼の時はありがとう。助かった」
こなちゃんの言葉が無かったら、僕は今頃どうしていたのだろう。
こうして、レースに向かう準備も出来ていたのだろうか。
知られたくなかった僕の黒歴史、堂々と全校生徒の前で公開してしまった。
あれだけ一人で居ることを確認していた公園の光景が
もう開き直るしかなかった。
「まぁ上出来じゃの。六十二点」
こなちゃんのいつも通りの返信だ。
僕の負い目、秘め事など、結局自分が自身に課しているだけの重りなのかもしれない。
“誤解などに解かれたくはにゃい”と言ったこなちゃんの言葉を名言と記憶する。
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