第4話 中山騎馬場

 甲斐と一緒に登山先輩のメニューをこなす。

 朝練で感じたハードさはない。気持ちの問題なのだろうか。

 それでも、やはり甲斐には後れをとってしまう。


「そうだ、有太。小鳥遊さんが和緒に料理を持って行きたいということだから、部活終わったら家に来ない?」

 昼休み、こなちゃんがそんなこと言ってたし、和緒の体調も気になる。

「お邪魔するよ。僕が行ったら、和緒に怒られそうだけどな」

 甲斐は爽やかな笑顔を返した。


「登山先輩、練習メニュー終えたので今日はこれで帰ります」

 甲斐と二人、登山先輩のもとへ。

「いやぁ~騎馬戦士諸君、サボらず一生懸命やっていたねぇ~。偉い偉い!」

 陸上部も相当ハードな走り込みをしているが、登山先輩は相変わらず元気いっぱいだ。


「和緒ちゃん早退したんだって?」

「休んだら良くなったみたいですから。心配無用ですよ」

「今朝は無理させちゃったかなぁ。頑張り屋さんだから、メニュー以上のことしちゃうもんね。和緒ちゃんの性格を考えて、今後の調教メニューを練り直すよ。ごめんね」

 和緒に宜しくということで登山先輩と別れ、校庭を後に調理室へ向かう。


「こなちゃん、入るよ~」

 調理室前。

 初めての出会いで面食らったことを思い出し、こなちゃんの個性が甲斐にどう伝わるのか不安になる。

「おやおや、これは甲斐殿と唐揚げくんではにゃいか」

「それは今日の昼の弁当だ! 僕は有太だ!」

 気持ち良くツッコミを入れたところではあるが、和緒が居なくても僕に安息はないのか。


「カタナシさん、何を作ってるの?」

 甲斐がボケた?

「ふむ、タカナシであるが甲斐殿は許しゅ。カッコ良いから。囚われにゃい“型無し”のことね。ふふ」

 甲斐とこなちゃんは大丈夫だな。

 僕の扱いを何とかしてくれ。


「卵一個に玉ねぎ半分、生姜、にんにゅくチューブにおいしい水、コンソメで味付けしてとりょみを……」

 息もつかせないこなちゃんのスープの説明、どうやらもう出来上がりそうだ。

「この魔法瓶にスーピュを入れ、和緒殿のもとへいざ!」

 威勢の良いこなちゃんの声掛け、甲斐と三人学校を後にする。


 どうやら和緒の家を知っているようだ。

 こなちゃんを先頭に進む。

 立派なマンションの前で立ち止まる。


 エントランス、こなちゃんは手慣れた様子でオートロックのインターホンにアクセス。

「こなこ」

 その一声でオートロックが解錠される。

 ドアに手をかざし、得意気なこなちゃん。

 甲斐がいるのだから、もっとスムーズに入れるだろうと思ったが。

 エレベーターに乗り、廊下を進む。


“広井”の表札が見えたところ、玄関ドアが開いた。

「こなこちゃん、いらっしゃい」

 笑顔の素敵な女性、和緒のお母さんだ。

「あら? 今日は男の子も一緒? 甲斐のお友達? さぁ、上がって」

 凄く穏やか。この感じ、甲斐のお母さんだ。


「お邪魔します」

 僕とこなちゃんは綺麗に玄関の靴を並べ、甲斐の案内でリビングへ。

 リビングのテーブルにはティーカップ、注がれたばかりであろうティーポットが綺麗に色づいている。


「は、初めまして。折出有太と申します。甲斐と和緒さん、小鳥遊さんとは同じ騎馬部です」

 少しでも早く自己紹介をと思い、焦っていたのか妙に緊張していた。

「ご丁寧にどうも。私は広井ゆか。どうぞ椅子に座って」

 笑顔で促され、こなちゃん、僕はテーブルの席に着く。

 甲斐はティーカップに紅茶を注ぎ、お母さんはお茶菓子を用意してくれている。

 和緒のお見舞いに来たつもりだが、返って気を遣わせてしまっている。


「あの、和緒さんは大丈夫ですか?」

「あら、和緒のお見舞い来てくれたの? 和緒は帰ってきてからしばらく横になっていたけど、もう元気になっているわ。さっきまでリビングに居たのだけれど……」

——急に押し掛けたからちょっと迷惑だったかな。


「自分の部屋に戻ったのかしらね。こなこちゃんはともかく、折出くんにパジャマ姿を見られたくなかったのよ」

 お母さん、甲斐、こなちゃんが笑っている。

 僕は笑えない。なぜなら、

「ちょっとお母さん、勝手に私の話しないでよね!」

 やはり来た。和緒だ。


「ちなみに、今パジャマ着てないのは熱が出て汗かいたからであって……着替えただけなんだから」

 部屋着というよりも、街へ買い物に出掛けるような装いで和緒は現れた。

「あら和緒、そんなにお洒落して。お出掛けでもするの?」

 お母さんが笑顔で語りかける。

「何言ってるのお母さん、いつも通りじゃないの!」

 和緒は顔を赤くし、お母さんに話をさせないよう少し怒った表情を浮かべる。


「ちょっと、母さん。和緒の熱が上がったら大変だよ。いじらない。和緒も今日は 安静にしないといけないんだから、大きな声出さない」

「はーい」 「はーい」

 甲斐の一言に声を合わせるお母さんと和緒。


「和緒殿、スーピュ」

 こなちゃんが、このタイミング? というタイミングで持ってきた魔法瓶を和緒に差し出す。

「小鳥遊さん、お見舞い持ってきてくれたの? ありがとう」

 和緒は満面の笑みでこなちゃんのスープを受け取る。


「小鳥遊さん、本当に料理が上手なんだから。お母さんも驚くわよ」

 いつの間にか和緒、こなちゃん、お母さんの三人で盛り上がりキッチンへ。

 夕飯の支度が始まっている。


 テーブルに残された甲斐と僕は、あーでもない、こーでもない話をして時間を過ごす。

「有太」

 振り返ると和緒が手のひらを見せている。

「有太は私にお見舞いの品はないの?」

 しまった。こればかりはすっかり忘れていた。

「まぁ、体調を崩したのは私自身の責任だしね。また後で欲しいものをもらうわ」

 相変わらず、絶妙なスタンスで僕の先を行く和緒。


「ところで、有太は今週日曜も暇よね? 騎馬場へ騎馬観に行くわよ」

「日曜も暇って、いつも暇してるみたいじゃないかまったく。どうせ暇です。騎馬観に行くの? それは行きたい」

 和緒との会話で久しぶりにポジティブな感情だ。


「か弱い女の子が一人で騎馬場に行くなんて危ないから、仕方なく有太を連れて行くだけのことよ」

「甲斐、こなちゃん、登山先輩は?」

「何よあんた、私と一緒じゃ不服なの? ミホ先輩は陸上部の大会があって、お兄ちゃんは大会の手伝い、小鳥遊さんは料理教室があるのよ」

——僕と一緒の状況で不服があるのはお前のほうだろ、和緒。

 ともかく、日曜は和緒と僕で騎馬場へ行くことになった。

 

 夕飯は広井家のご馳走になった。

「こなこちゃん、和緒とキッチンで盛り上がったら作りすぎちゃったわね」

 お母さんが茶目っ気たっぷりで可愛らしい。賑やかな食卓。

「小鳥遊さんが作ってくれたスープ、凄く温まるわ。これで明日はバッチリ練習出来るわね」

「駄目だよ和緒、みんな心配してるんだ。和緒は明日の部活はお休みだ」

「はーい」

 甲斐の言うことは素直に聞く和緒。


「そういえば、和緒は小鳥遊さんのこと名前で呼ばないの? こなちゃんとかさ」

 僕は和緒のお母さんを前に、娘を呼び捨てにしてしまった。

 妙な気持ちだ。

「何言ってるのよ有太、小鳥遊さんって響きカッコ良いじゃない。小鳥遊さんが呼んで欲しい名前があればそれが一番だけど。小鳥遊さんはどう呼ばれたい?」

「和緒殿に呼ばれる名があれば、いちゅも何度でも召喚されようぞ」

「ほら、小鳥遊さんは何も気にしてないじゃない。まぁでも、呼び方は統一したほうがチームの士気も上がるわよね。それなら、私もこなちゃんと呼ぶわ」

 ずっと、そう呼びたかったような目でこなちゃんを見つめる和緒。

 二人は恥ずかしがり屋の仲良しだ。


「デュフッ」

 遅れて出てきたこなちゃんの笑いに、皆で大笑いしたところでお母さんも続く。

「名前と言えば、甲斐の名前は私の“ゆか”と合わせて愉快って意味なのよ。良い名前でしょ? 和緒の名前はね」

 その瞬間、和緒がお母さんの口を塞ぐ。

「名前の由来はこの辺で良いでしょ! 美味しいご飯冷めちゃうから、早くみんなで食べるのよ」

 和緒の慌てた口ぶりと真っ赤にした顔を見て確信した。

 甲斐が教えてくれた和緒の名前の意味、本当だったんだな。


 和緒を訪ねた翌日の土曜、午前中で授業を終える。

 午後は登山先輩の指導を受けながら、甲斐と部活だ。

 和緒はこなちゃんと調理室で実験? らしい。病み上がり、家でゆっくり休むという選択肢は無かったようだ。


「騎馬戦士!」

 待ってましたとばかり、威勢の良い登山先輩がやってきた。

 相変わらずのハードな練習メニューを前に、甲斐と僕はストレッチをしながら話をする。


「そういえば有太、明日は和緒と騎馬観に行くんでしょ?」

「そうなんだよ。和緒と二人で出掛けるなんてヒヤヒヤするな。ずっと怒られてそうだよ。何か共通の話題でもあればと思うんだが」

「はは、大丈夫。明日は騎馬の祭典、二年生騎馬の三冠レースの始まり皐月賞だから。行く道中も騎馬場も、盛り上がっていて楽しいはずだよ」


「そうだと良いけど。でも、やっと騎馬を観られるから楽しみだ。この話の展開としても、そろそろ騎馬の全貌を明かさないといけないしね」

「有太は色々気にしすぎだ。良いことだとは思うけどね。そしたら、明日は北海道の杜ノ台もりのだい高校の騎馬に注目して。名門校の中でも、史上最強の呼び声高い騎馬だから」


 校庭ランニング、筋力トレーニング、色々メニューをこなす中、登山先輩の練習メニューには必ず坂道ダッシュが入っている。

 これが本当にキツイ。


「有太、明日の中山騎馬場での皐月賞、ゴール手前の坂も見所だよ」

 ハードな練習中でさえ僕を気遣う甲斐。

 そういえば、最近は顧問の姫宮先生も練習を見守っていてくれる。

 甲斐と僕、二人がハードな練習で追い込まれる度、笑顔なのが非常に気になるところではある。

 部活を終え、足早に帰宅する。


 部屋でゴロゴロしていると、和緒からメールが届いた。

 昨日、和緒の家で夕飯をご馳走になった後、騎馬部の皆で連絡先を交換していた。

「無題。明日、九時に駅東口改札前で待つ。遅れるな」

 もうちょっと女の子らしい文章は打てないものかね。

「了解。遅れないよう気をつけます」


 冷静を装った返信ではあるが、女の子と二人で出掛けるのは人生初だ。

 デート? のようなもの……。

 着ていく服をベッド脇に用意する。

 目覚ましの設定を何度も確かめる。

 今夜はなかなか眠れない。


 翌日の午前八時、僕は駅東口改札前にいた。

 入念に時刻表、乗り換えルートを確かめるが、さすがに時間を持て余す。

 和緒との待ち合わせ一時間前。

 立ち読みでもしようとコンビニに入ると騎馬新聞が目に入った。

 甲斐が昨日教えてくれた社ノ台が一面だ。気になったので、初めて騎馬新聞を買ってみる。


“時代の幕開け 社ノ台高校”

 表題もさることながら、皐月賞の勝騎馬の予想欄、専門家五人の予想は社ノ台に全てが二重丸を付けている。

 新聞に見慣れていない僕でも、社ノ台の圧倒的な存在を感じる。


「何を真面目ぶって新聞読んでるの?」


 とんでもない美少女に声を掛けられた、と思ったら和緒。

 ジャージ姿で騎馬部を牽引する男勝りなイメージを払拭する、お洒落な女の子でもある。

 白いワンピースの上にカーディガンを羽織り、頭にお団子を作っている。

 手にはカゴバッグ、サンダルを見て気付いたが爪にはマニキュアを塗っている。

 Tシャツ、ボトムス、スニーカー。

 その三点で一番良いと思えたものを組み合わせただけの僕とは対照的だ。


「おはよう、和緒。騎馬新聞だよ。昨日、甲斐に教えてもらった騎馬が載ってたから買ってみた」

「ふ~ん、騎馬部っぽくなってきたのね。見せて」

 和緒は、自分の肩でグイッと押すように僕の隣に腰掛け、新聞を読み始めた。

「社ノ台、この世代が一学年上で良かったわ。同世代の騎馬は気の毒なくらいよ」

 真剣な眼差しで新聞を見つめる和緒。


「あ、和緒。やばい、電車が来てる……」

 和緒と僕はすっかり新聞に夢中になり、電車に乗る時間を気にしていなかった。

「ちょっと有太! 走るわよ!」

 これはもう間に合いそうもない。

 サンダルで走りにくそうな和緒に、僕はすかさずストップを掛けた。

「乗り過ごしたわね。まぁ、皐月賞の時間には間に合うと思うけど。ギリギリね。レース以外の部分も見たかったのだけれど」

 時刻表、乗り換え案内をあれだけ確認しておいて失態だった。

 

「広井さーん、折出くーん」

 耳にも優しい声がした。


 振り返ると、姫宮先生が車の窓を開けてこちらに手を振っている。

「お二人でこれからお出掛けかしら?」

 姫宮先生の柔らかな口調は、電車に乗り遅れて落ち込む気持ちを包んでくれるようだ。

「もしかして、中山騎馬場に行こうとしていたのかしら? 宜しかったら乗っていきません?」


 電車に乗り遅れたことを帳消しにしてくれるまさかのお誘い。

 和緒と目を合わせ、これは本当に助かったと先生の言葉に甘える。

 三人、姫宮先生の運転で中山騎馬場へ。


「私も騎馬部顧問として、騎馬のレースを生で見ておきたかったのよ。広井さん、折出くんがタイミング良くご一緒してくれて良かったわ」

 姫宮先生にそう言ってもらえると、電車に乗り遅れて良かったなと思えてきた。

 自分のこの調子の良さには少し呆れる。


 高速道路をひたすら進む。

 先生の車は自動運転が当たり前の世の中で珍しいマニュアル車。

 税金、保険が高額過ぎて乗る人が少ないとだけは知っていたが、まさか自分が乗ることになるとは思わなかった。

 おそらく僕が生まれる以前の車であるが、車内は新車のように管理が行き届いている。


 時折ミラーに映る鋭い視線。

 他車に追い越される度、「チッ」という声が先生から聞こえてくるような、聞こえないような……。

 助手席に座った和緒と会話が弾む姫宮先生。

 僕は後部座席で、流れる景色をぼんやりと見つめていた。


「もうそろそろね」

 設定したナビの当初到着予定時刻よりも、かなり早く騎馬場に着きそうだ。

 高速を降りて一般道、騎馬場へ向かう人の群れがどんどんと大きくなっていく。高速で窓を閉めたままだったのもあるが、新しい景色の空気を吸おうと窓を開ける。

 地鳴りのような大歓声が聞こえてくる。

 想像以上に大きな建物と広大な敷地。

 僕たちは中山騎馬場に着いた。


 建物から少し離れた駐車場に車を停め、騎馬場内へ向かう。

「まずはパドックで騎馬を見ましょう」

 和緒が慣れた様子で前を歩く。


「これがパドックよ。各校の騎馬がどんな仕上がりでレースに臨むのか、レース前の最終チェックをする場所ね」

 円形の構内、各校の騎馬がぐるぐると周回している。

 騎馬新聞片手に予想を立てる人たちの姿。

 僕は初めて目の前で騎馬を見た。


「鍛えられた肉体、太腕を男同士が組み交わし、互いに青春の汗を流す。たまらん!」

——あれ? 姫宮先生? 

 先生が興奮した様子で独り言を呟いている。なんだかいつもと雰囲気が違う。

 興奮しているのは僕も同じだ。

 改めて騎馬を見る。


 騎馬二人は膝まで覆うブーツを履いている。

 この騎馬ブーツを見る度、伊藤計劃さんの作中”変態的な機体”という一文を思い出す。

 想像力をどこまでも掻き立て、それが具現化された時に圧倒される存在感が騎馬ブーツにはある。


 一部ではグロテスクと評される外観。

 メタルフレームに本能を宿す肉塊が拘束されているような獰猛さ。

 かと思えば、しなやかに、そして軽やかに歩を進める気品さも持ち合わせる。

 騎馬ブーツを履いてみたいからこそ、騎馬に惹かれていた自分がいるのも事実だ。


 騎馬二人が持つ鞍は競技用自転車のように細いフレームで構成される。

 フレームのサドルに跨がる騎娘は、フレーム先端に伸びたハンドルを持っている。

 フレーム、サドル、ハンドル全てを含んで鞍と呼ぶ。


 騎馬の衣装の色は、持つ鞍の色と同系色で全校似たり寄ったりだが、鞍上の騎娘は目を惹く。

 制服、ドレス、メイド服、甲冑? 様々な衣装でカラフルだ。


「有太は騎馬について知らないことが多いと思うけど、レースで騎馬が履く騎馬ブーツは重要よ。競走馬と同じスピードで走ることを可能にした、今世紀最高の発明と言われているわ」

 和緒が続ける。

「このパドック内では、騎馬のパーソナルデータをブーツ、鞍自体が読み取り、競走能力を数値化してデータ発信。このパドック内の特別な受信機を通し、各校の競走能力のデータが公開され、観客はそのデータを元にお金を賭けている。一番お金を賭けられている騎馬が一番人気というわけね」


 皆が大型スクリーンに示されたデータをチェックしている意味が分かった。

「最近では、騎娘の衣装の可愛さで多少人気も変わると言われているけど」

「そうなんだ。さっきのブーツの話で気になったけど、良いブーツを履けばそれなりに活躍出来るってこと?」

「有太の単純なおバカさんぶりは相変わらずね」

 姫宮先生が居るので今日の和緒は良い子で通すと思ったが、そういうわけでもないようだ。


「安定して能力を出しやすいブーツもあれば、時に能力以上の力を引き出してくれるブーツであったり。パドックで各校のデータを見ることは出来るけど、レースの状況下で能力は激しく上下動する。騎馬同士、騎娘三人での折り合いが悪ければ当然力を発揮出来ないしね。競馬と騎馬が変わらず支持されるギャンブル的な要素は一致するわね」

「なるほど」

「しっかり練習すれば、基本的な能力は備わっていくはずだから。ブーツに左右される以前に、基本的な能力を伸ばすことが騎馬である有太の今やるべきこと」

 時折、和緒は真剣な表情。

 良く伝わる。


「有太、あのブーツ!」

 僕は、和緒の指指す方を見る。

「サイレンスブーツ。業界を席巻せっけんする無敵のブーツと呼ばれているわ」

「無敵のブーツ?」

「騎馬の能力を最大限引き出し、能力以上も引き出しやすいとされるブーツ。もちろん、扱う騎馬の能力が相応に高くないと扱えない代物だけど。音もなく他の騎馬を抜き去るスピード、瞬発力からサイレンスブーツと呼ばれているの。今日の皐月賞に出る社ノ台が常用しているブーツだけど、最近は他校でも頻繁に使われているわ。高いブーツだからお金持ちの私立校しか持てないわね」

「なんだ、結局お金で差が出るのか」

 和緒のムスッとした表情。


「そんなつまらないこと言うんじゃないわよ。まぁ、ここで怒るのはミホ先輩ね。私たち、そんなところで勝敗が決まるような騎馬に熱心になったりしないから」

「それもそうだな。和緒、ごめん」

 僕は自身の力で皆の力になると決めたのだ。ブーツの良し悪しなど関係のないこと。

 素直に反省した。


「そうだ有太、ウチも校旗作らないとね」

 気まずい雰囲気を気遣ってか、和緒が一言。

「校旗?」

「そう、見なさい。各校の騎娘の背中に校旗、校旗の上には旗印が付いているのよ」

 パドックの騎娘を見渡した。

 校旗には各校の名が書かれているが、校旗上部の旗印は様々なデザインが付いている。

「ちなみに、校旗作ると言っておいてなんだけど、もう私がデザイン決めちゃってるから。異論は無しよ」

 和緒は得意気だ。


「レース中、自分たちの校旗を奪われたら競走中止と同じで失格扱いだから。騎娘はレース中、常に周りを気にしながら校旗を守るの。短距離戦は、校旗を奪うよりも走り切って一着を狙う方が勝算あるけど。中、長距離戦では騎馬同士がぶつかり合い、騎娘同士で校旗を奪い合うハードな消耗戦になるわ」

 段々と騎馬のことが分かってきた。


「和緒、騎娘は皆リボン付けてるけど理由あるの?」

「有太は女の子ばかり見てるのね。本当に気持ち悪いわ。スタート時に入るゲートの枠順でリボンの色が決まっていて、レース時に騎娘はリボンを付ける決まりになっているの。腕に巻いたりしても良いけど、やっぱりリボンは頭に付けたいわね」

 割と傷つくことを言われたが、リボンを付けたいという和緒の言葉は女の子らしくて良い。

「だから和緒は髪が長いんだな」

「私のことでコメントしないでちょうだい。寒気がする」

 これはかなり傷ついた。


 パドックで和緒と話している間、姫宮先生はずっとぶつぶつと独り言。

「もう我慢できないわ! 広井さん、折出くん、先にスタンドの最前線に向かうわね!」

 見たこともない興奮ぶり、姫宮先生はレース観戦のスタンドへ一人駆け出した。

「な、なんか凄かったわね、姫宮先生」

 さすがの和緒も、姫宮先生の勢いに圧倒されている。


「人が増えてきたわね。混む前にお昼食べちゃいましょう」

「和緒、僕は弁当持ってきてないから買ってくるよ。売店はどこ?」

「有太、感謝しなさい。こなちゃんと私で作ったお弁当があるから。少しくらい恵んであげても良いのよ」

 和緒は誇らしげにカゴバッグを開き、弁当箱を覗かせる。

 

「くれるの? ありがとう」

「まぁ、借りはどんどん増えているから、そんなに喜ばしいことでもないでしょう。場内に公園があるから行きましょう」

 僕たち二人はレースが行われるコース内に設けられた公園に向かった。


 公園のベンチに腰掛け、弁当箱を受け取る。

 女の子二人で作ってくれた弁当箱を前に、内心既に満腹だ。

 弁当箱を開けると、敷き詰められた海苔弁当、おかず、サラダ、フルーツ。綺麗に仕切りもされている。

「いただきます」

 和緒と二人、時折聞こえる大歓声を背にゆっくりとした昼時を過ごす。


「和緒とこなちゃん、本当に料理上手だよね。これはお返ししないと申し訳ないよ」

「有太が感謝の念に堪えられない気持ちも分かるわ。非の打ち所の無いお弁当ね」

 凄い自信だ。

「こなちゃんは一流よ。料理に関してもね。しっかり栄養バランス考えているし、限られた部費の中でやりくりしてくれる」

 嬉しそうにこなちゃんの話をする和緒。


「楽しく料理しているところも素敵ね。こなちゃんに感謝するなら、帰りに売店行きましょう。こなちゃんが好きなアニメとコラボしている中山騎馬場限定のグッズが売っているはずだから」

 和緒は、こなちゃんのことが本当に好きなんだな。


 ベンチから遠目に見える騎馬のレース、そこに向かう気持ちが高まる。

 和緒と弁当を食べ終えた。

「行こうか」

 和緒に声を掛ける。

「その前に寄っても良い?」

 和緒は僕の前を歩き始めた。


「ここでお祈りしていきましょう」

馬頭観音碑ばとうかんのんひ

「ここはね、競馬があった頃、レース中に事故で亡くなった競走馬の供養、レースの安全を祈願した石碑なの。競馬界の消滅で、今は訪れる人も少なくなったけど」

 和緒の優しい口調だ。

 自然と和緒と並び、和緒と僕二人、石碑に手を合わせた。

「さ、行きましょう」

 いつも通りの和緒の声、僕らは皐月賞出走騎馬が揃うパドックに向かった。

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