第14話 絶対王者
十月三週、菊花賞(GⅠ)当日、甲斐の家で騎馬中継を観ていた。
パドック中継に映像が切り替わる。
“社ノ台高校 プラス十キロ”
スクリーンの表示に、社ノ台騎馬の体重が前回のレースよりも十キロ増加の表示。
一年生騎馬なら体重の増減は良くあることなのだが、二年生騎馬として完成形に近づいているであろうマリオ兄弟の体重が、日本ダービー時よりも合計で十キロ増加したということだ。
長期休養明け、調整不足による体重増という解説者や専門家の意見は一致している。
無敗の三冠達成に期待がかかる中、同世代の台頭でいよいよ社ノ台も厳しいのではという予想も目立つ。
昨年、現三年生の社ノ台騎馬は菊花賞を逃している。
代名詞である末脚でレース終盤を圧倒する社ノ台の勝ちパターンであるが、長距離戦でスタミナを消耗して迎える終盤に不安説は絶えない。
紅城擁する社ノ台であるが、菊花賞の一番人気は譲らずとも、単勝オッズ一・二倍と人気は常識的な
とはいえ、圧倒的な人気ではあるが。
幾通りもの予想の中から一つが当たる。
それがギャンブルの答えならば、確定した勝利を平然とやってのける紅城、真理尾兄弟はギャンブルとしての騎馬ではない。
おそらく、全ての者が社ノ台が勝つことは分かっている。
万が一にも負けることがあるとするならば……。
先に納得出来る理由を探しておかないと、安心してレースを観られないという緊張感が京都騎馬場を包む。
無敗の三冠へ、社ノ台はスタートを切る。
全騎馬揃ったスタート、各校が己のレースに集中するようにポジションを取っていく。
どの騎馬も社ノ台だけを意識し、どうやれば勝てるのかレース展開を伺う。
杜ノ台は中団やや後方の位置取り。
日本ダービー同様、社ノ台と他校の一対十五の構図ではあるが、全騎馬が勝負をしにきている。
「紅城! 勝負!」
杜ノ台に並ぶ騎馬一騎、旗仕合を申し込む。
紅城が微笑する。
それは日本ダービー時、ルールで勝つ(校旗の奪取による勝利)ことでなくレースで勝つことに固執した自身への嘲笑。
眼前の騎娘は、真剣な眼差しで旗仕合を挑んできている。
旗仕合で勝利することを疑わないその目。
——ルールで勝つのではない。レースで勝つのだ——
あれほど勇んで放った自身の言葉が陳腐であると笑うのだ。
それほどまでにこの菊花賞を争う騎馬たちは杜ノ台に勝ちにきている。
“強い者が勝つ”という菊花賞の格言、舞台は整っていた。
手数は同じ、激しい旗仕合の攻防が続く。
——半年前であれば旗を取られていたかもしれないな。
相手の攻撃パターンを見切ったタイミング、紅城は一瞬の間を生み出す。
一見無防備にさえ見える所作、好機と相手の腕が杜ノ台の校旗へと伸びる。
瞬間。
紅城は鉄壁を誇る舞姫の如く身を翻す。
校旗へと伸びる相手の腕を鞍の直上へ飛び上がることでかわし、落下する動きの中、まるで鷹が上空から獲物を狩るように。
まさに一閃。
相手の校旗を奪取する紅城。
スタート直後にも関わらず一校が失格、だがこの光景に怯む者はいない。
すかさずまた一校、体当たりをするように騎馬を杜ノ台に合わせる。
真理尾兄弟は微動だにせず。
夏場、各々で五キロずつ増やした体重は屈強な肉体へ。
鞍上の紅城は隙の無い騎乗を続ける。
にらみ合いが続く中団、後方の馬群をよそに、逃げ、先行騎馬が馬群を縦長に形成する。
一週目の直線、全騎馬が勝負に徹して走る姿にスタンドが沸いた。
馬群がバックストレッチを進む。
実況席では昨年の菊花賞を引き合いにレース中盤を伝える。
焦点は杜ノ台が三冠を制するために必要なことに絞られる。
それは、代々杜ノ台騎馬の弱点とも言われる長丁場で迎える終盤の戦い方である。
杜ノ台は騎馬の実力に裏打ちされた強力なブーツを常用している。
爆発的な力にはリスクが伴う。
強力なブーツほど、扱う騎馬に対して使用者として適切であるか品定めをするよう挑発的に、時に暴力的に連携を乱そうとする。
まるで気高き競走馬が騎手の手腕を試すかのように。
長い時間駆ける長距離ほどブーツを慎重にコントロールすることが求められ、騎馬に対してのリスクは増していく。
特に、杜ノ台二年生の真理尾兄弟は業界最強を誇るサイレンスブーツを互いに使用する。
禁忌の二足遣いという言葉があるが、同系のブーツを騎馬同士が使うことでリスクは倍増。競走馬で言えば血の濃さ(長所の濃さ)にも通じるリスク(気性難、虚弱体質)に似た諸刃の剣。
使用者を試すようなブーツからのプレッシャーを撥ね退けなければ、騎馬がブーツの力を引き出すことさえ容易ではない。
騎馬のリスクは同時にリンク——連携を保ち続ける騎娘も背負う。
三人で騎馬一体を実現してこその競走能力であるからだ。
「杜ノ台は後方から三冠を見据えています」
実況は、杜ノ台が三冠を制するシーンを頭に描きながら、ゴールまでの展開を先読みし、台本通りにレースが終わることを願う。
——スピード、瞬発力で圧倒する末脚を披露するために一定のペースを刻み、出来得る限りスタミナは温存すべき。
杜ノ台はやや後方の位置取り、スタミナを溜め直線一気の得意な勝ちパターンが容易に想像できる。
——勝負の仕掛けは最終コーナーを回り、周りの出方を伺いながら最後の直線で行うのが
紅城であれば明確な負の要素を潰し、いつものように手堅く確実に三冠へのタクトを振るう。
考えるほどに杜ノ台の三冠を阻む障害は無く、やはり盤石なのだ。
平均的なタイムで先頭が残り千メートルに差し掛かると同時、スタンドがどよめく。
後方を進んでいた社ノ台、大外を回り次々と騎馬を追い抜き始める。
それは場内、実況、レース中の騎馬でさえ予想外の展開。
勝ちパターンを逸脱する、暴走とも思える光景に実況が慌てふためく。
「杜ノ台、ブーツの暴走かっ!? 仕掛けには早すぎるタイミング、一気に淀の坂を駆け上がります!」
終盤の仕掛け、直線一気で三冠を制する杜ノ台の姿を想像し、どんな名セリフを当て込もうかと思案した実況の脳内は真っ白で、突然の展開に声が
——これが暴走だと!? 実況、ちゃんと見えてるか? ——
レースを走る全騎馬は予想外のレース展開に驚きつつ、杜ノ台が単騎で駆け上がる光景に震えていた。
長距離における終盤を残し、早仕掛けのロングスパート。
無尽蔵のスタミナ、持続するスピードを持つ禰慈呂学園のみが持ち合わせる作戦という常識が、まさに杜ノ台が駆ける姿と共に覆されていく。
常識を逸脱した杜ノ台が危うく思えるのは、常識に縛られた多くの者にその先を見据えることが出来ないからだ。
——追従しては共倒れ、ここはやはり我慢か——
全騎馬が勝負の仕掛け所を見失う。
もはや己が力量の範囲内で戦える相手ではないことを全騎馬が悟る。
常識の先、新たな領域に向かって加速し続ける杜ノ台。
社ノ台の駆ける姿、それはまるで一頭の競走馬と騎手。
二人で駆ける真理尾兄弟の動きは一つの生き物のように躍動し、動きに合わせハンドルを前後に動かす紅城の動きは一切の乱れもない。
「……騎馬に絶対はある」
杜ノ台への疑念を懺悔するような実況の声が響く。
万一負けることがあるとすればという疑念、そんなことは有り得ないのだ。
圧倒無敗での戴冠へ。
単騎で最終コーナーを回り最後の直線、漆黒の騎娘がハンドルを最大幅で押し出す。
青鹿毛の騎馬の姿勢が低くなり、明らかなギアチェンジからの加速。
刹那の末脚。
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