第8話 ブルボンブーツ

 天皇賞翌日、今日は騎馬ブーツを買いに行く。

 昨晩は甲斐とたくさん話をした。

 騎馬選抜試験全国一位の件は聞いていたが、社ノ台推薦入学のことなどもあり、僕への隠し事をしないように、笑いを交えて。


 甲斐の栄光を知ることはヒーローの存在が遠い気持ちになることに似ていて、心の準備が必要なのだ。

 本題であるブーツの選び方、おすすめなども一通り聞いていたが、甲斐には何やら考えがあるようだ。

 珍しく話をもったいぶる甲斐を察し、僕は何も聞かなかった。

 充実した京都旅行三日目だ。


 洗面所で和緒と一緒になる。

「おはよう!」

 あれ? 凄く元気で感じが良い。

 あぁ、そうだったな。和緒は昨日の紅城さんとの写真を携帯電話の待ち受けにしている。

 上機嫌でずっと自慢してくるのだ。


 朝食の時間、こなちゃんは相変わらず姫宮家の和食中心な献立に興奮している。

 いつの間にか、こなちゃんの携帯電話には和緒からもらったストラップに加えてもう一つ。

 京都騎馬場限定のストラップを買っていたようだ。

 登山先輩は、禰慈呂学園の長距離での強さについて熱く語っている。

 凄まじい練習メニューのメモが見えるのだが、見なかったことにしようと思う。


 姫宮先生は、今日一日の行動予定を張り切って皆に話しているし、甲斐は和緒の紅城さんについての話を穏やかに聞いている。

 皆がこの旅行を楽しんでいる。

「さて、出発しましょう」

 姫宮先生の声掛けで、今日は滋賀県の栗東トレセンへと向かう。


 一般道を進むが道はそれほど混雑せず、予定通りの時間に到着となりそうだ。

 運転の際、車間距離は十分空けよう。

 あまり車間を詰められると、運転手さんのストレスは相当なものだ。ミラー越しに鬼の形相が映った気がしたのだ。


 広いトレセンの駐車場に到着。

 天皇賞を終えた後ということもあり、停まっている車は少ない。

 遠目に見える騎馬の練習風景、騎馬の姿はまばらだ。

 トレセン入り口に向かおうとする。先生、和緒たちが立ち止まっている。

“無料! 着物着付け体験”

 視線の先に大きなのぼりが見える。


「先生も先輩たちも、僕たちがブーツを選んでいる間、行ってみてはどうですか? せっかくの旅行ですし」

 甲斐が察し良く女性の気持ちを汲む。流石だ。

「あら、でもそれは悪いわよね」

 明らかに着付けをしたそうな姫宮先生。


「先生、ミホ先輩の和服見たいし。こなちゃん、これはある意味コスプレよ! 絶対可愛いわ! 行きましょ!」

 和緒のテンションは最高潮だ。

 恥ずかしがる姫宮先生の背中を押し、男女で騎馬ブーツ選び、和服着付け体験と分かれるのであった。


「有太、これだけ広いトレセンだけど、僕の行きたい騎馬ブーツ店は決まってるんだ。案内しても良い?」

 僕にはトレセンが広すぎて、何をどうやって回ったら良いかも分からない。

 それに、何やら含みを持たせた昨夜の甲斐の話、これのことに違いない。甲斐のことは信頼している。

「甲斐の勧めてくれるお店でブーツを選ぼう。僕はそうしたい」

「一番の名工のお店だから。行こう!」

 甲斐は嬉しそうに僕の前を歩き始めた。


「ここだよ」

 軒並み洒落た騎馬ブーツ店が続く中、甲斐に案内されたお店はずいぶんと古い。

 いや、ボロ屋敷とでも言うべきか……。

「こんにちは」

 甲斐が、外観お構いなしに店内へと入っていく。

「今日はやってねぇぞ!」

 怒号にも似た声、僕は思わず足を止める。


「じっちゃん、久しぶり」

 甲斐の慣れた声掛けだ。

「お? 甲斐じゃねぇか。久しぶりじゃな。元気してたか?」

 低くガラガラした威圧感のある声ではあるが、甲斐を前にして嬉しそうな老人。

「じっちゃんも元気そうで何より。今日はブーツを選びに来たよ」

 老人同様嬉しそうな甲斐。

「とりあえず、そこ座ってくれ。今手が離せんからな」

 甲斐と僕、老人の目配せされた椅子に座る。


「社ノ台の入学辞退、しばらく甲斐のことも聞かなかったし、聞けんかったが。ここに居るということは、騎馬続けてるんじゃな」

 解体された騎馬ブーツのネジを回しながら、老人は話を続ける。

「最近じゃ、ブーツの工房を訪れる人も減った。量産品の質も上がっとるしな。それに甲斐、お前はサイレンスブーツを贈られていたじゃろ? ワシの見る限り、あれは甲斐のような騎馬が使ってこそのブーツ、ウチみたいな癖のあるブーツに用はないじゃろ?」


「僕のブーツを選びに来たわけじゃないんだよ」

 甲斐は僕の肩をポンと叩いた。

「甲斐と一緒に騎馬をやってる折出有太と申します」

「折出? 初めて聞く名じゃ」

「甲斐とは高校で出会って。騎馬を始めて一ヶ月経ちませんが、甲斐と騎馬を組んでます」

「ほう」

 老人は不思議そうな表情を浮かべる。


「騎馬を始めて一ヶ月の者が、騎馬のブーツを選びにウチを訪ねる。しかも甲斐の判断で。面白い」

 老人の表情が柔らかくなる。

「有太といったな、ブーツ選びのポイントを見極めたい」


 老人は作業を中断し、ブーツが並ぶ棚から一足を僕に差し出した。

「これ、履いてみろ」

 老人に促され靴下とスニーカーを脱ぎ、膝上まで覆われるブーツを履くために半ズボンに履き替える。

 椅子に座った状態で、僕は初めて騎馬ブーツに足を入れる。


 膝下の地肌に吸い付くような生温い感触の後、床面を通して厚底のスニーカーを履いているかのような感覚。

 スニーカーを履く時に紐を結ぶように、ブーツ着用の仕上げとばかり膝全体を覆うメタリックなカバーを取り付ける。

 すると、ブーツ内部が熱を発し、足先、甲、踵、足首、ふくらはぎ、脛、膝へと生温い感触は確かな圧迫感を持ちながらブーツ内部を満たし、それが成形しながら隙間なくフィット感を高めていく。

 フレームから覗く不気味な肉塊は、一分も経たぬ間に自身の膝下と完全に同期した。


 老人の合図で椅子から立ち上がり、軽く右足を一歩前に出す。

「凄い!」

 思わず叫んだ。

 何だか、駆け出そうものなら飛んでしまいそうだ。

 自身の足を動かす以上の速度で意識がブーツへと届けられているようで、自身の足と同等以上の感覚。

 簡単に言えば、足を動かすという指令が先読みされるかのようなブーツの反応。


「速く走るために作られたブーツ、その目的が競走馬の本能のようにブーツに宿る。騎馬が履くことで、ブーツが目覚める」

 僕の足だが、意思、指令を待つかのようなブーツは無意識的にでも足を動かそうとさえ感じる。

「手前のコースで走ってみろ」


 眼前の長い直線だけのコース。

 意識を集中させながら足を運び、コース内へ。

 ブーツで駆けたい僕の気持ちなのか、ブーツが駆けたいという気持ちなのか。


 僕は駆け出した。

 景色が流れる。

 風を感じる。

 スピードの恐怖と心が躍る疾走感。感じたことのない感覚。

 これが騎馬ブーツの力。


 直線を往復する度、僕はその興奮を甲斐、老人に伝える。

 しかし、高まっていく気持ちとは裏腹に、急に足が重くなってきた。

 スピードの増減がコントロール出来ない。

 徐々に力を奪われていく。


「この直線を十往復もしていないのに、既に限界じゃな」

 足に重りが付いているようだ。

 僕がやっとの思いで甲斐、老人の元へ戻ると、老人が一言。

 僕に力がないのだ。

 老人の言葉を聞き、何も言えない僕。


「このブーツは有太に合ってないんじゃ。ちょっと待っておれ」

 老人は工房に戻り、違うブーツを持って来るなり再び僕に試すよう促す。

 気持ちは乗らないが、甲斐の手前で迷惑はかけたくない。

 ブーツを履き替える。


「どうじゃ?」

 期待感を持った老人の表情とは裏腹に、僕のブーツを履いた感覚は、先ほどのそれとは程遠い。

 何より“駆ける”というブーツ自体からのプレッシャーが少なく、足の運びに問題ないことが逆に不満であるとさえ感じた。


 直線を往復する。

 ブーツを履いたスピード、疾走感は感じるが、何かインパクトに欠ける。何度往復しようと、先ほどの興奮は感じない。


「もう一本!」

 老人の威勢の良い声が響く。

 黙々と走り続け、往復を繰り返す。気付けば二十往復を越えていた。

 スピードも落ちないし、体力にも余裕を感じる。

 何か内から溢れる気持ちがあった。


「よし、もう大丈夫」

 老人は僕を呼び、話し始める。

「中学からしっかり準備して、高校で騎馬として使えるブーツが最初に履いたようなブーツ。騎馬の能力と呼応しながら力を引き出してくれる即戦力のブーツ。だが、お前は能力を引き出そうとするブーツの力に負けたのじゃ。だからすぐバテた。ブーツ自体の力と騎馬の力が釣り合っていない。能力はあるが、気性の荒い競走馬にいきなり見習い騎手が上手く乗れると思うか? そんな感じじゃな」

 感覚として自身に起こったことが、老人の言葉で理解出来た。


「現状の力に沿って能力を引き出すのが今履いているブーツ。スピード、瞬発力などは最初履いたようなブーツとは比較にならん。逆に、最初に履いて感じたスピード、瞬発力はブーツの力によるもの。お前の力ではない」

 正直なことを言われると、やはり凹む。


「走っていて、楽しくなかったか?」

 この問いに、僕はようやく内から溢れる気持ちに気付いた。

 その通りだ。

 最初履いたブーツでの高揚感で、僕は“何か”になれたつもりであった。

 それが一瞬にして終わり、無力であると感じた。自分に失望さえした。


 次に履いたこのブーツ。

 前者に何かと劣る気持ちで駆け出したが、自分で駆けている感覚だ。スピード、疾走感は確かに劣る。

 それは自分が劣っているのだと自覚する。


 何度も直線を往復することで感じた溢れる気持ち。

 流れる景色も特別に思えた。

 老人の言う通り、僕は騎馬として走るのが楽しかったのだ。


「騎馬一ヶ月にしてこれだけ走れる。凄い練習量じゃな」

 老人が微笑む。

「一年生騎馬のデビュー戦は夏以降、今のまま努力すれば十分間に合う。並大抵のことではないが、そんな有太の努力に応えてくれるブーツがあるんじゃがな。見てみるか?」

 間に合う、この安堵感はなんだ? 涙をこらえる。

 僕はこぼれそうな涙を誤魔化すように、老人の問いかけに首を縦に大きく振った。


「名前も名乗らんで失礼じゃったな。ワシは騎馬ブーツを作っているそう村正むらまさじゃ。元々は競走馬の装蹄師そうていしをやっていて、甲斐の親父さんとも付き合いがあった。生まれた時から甲斐のことは知っておる。甲斐、お転婆な和緒は元気か?」

「おかげさまで元気だよ」

「それは良かった。親父の晴信は少々真面目すぎる。ワシに迷惑かけたと、騎手引退後はまったく連絡よこさんしな。二人のことを心配しておったよ」

 会話を聞くだけの僕であるが、宋さんは甲斐の実のおじいちゃんのように見える。


「話を戻そう、有太よ。この一ヶ月、相当な練習量を積んだと見えるのじゃが。甲斐と一緒のメニューをこなすならばなおさらじゃ。そのやる気のいしずえは何じゃ?」

 僕は回答に困った。

 正直、部活動が初めてな僕にとって、騎馬部のキツイ練習は部活動の厳しさそのもの。

 他と比べる術もなく、ただ受け入れた。


“ヒロインを助けるのは俺でありたい”なんて、冷静に説明出来るわけない。

「僕は騎馬部が初めての部活動で、キツイ練習かどうか比べる術もありませんし。登山先輩がメニュー考えてくれて、甲斐と一緒に練習する。それが騎馬部の力になるのなら、僕は頑張るだけかと」

「登山? もしかしてじゃが、登山厩舎の調教師だった景虎の娘か?」

「あ、はい。甲斐からもそう聞いてます」

「人生のえにしとは何たるものか」

 宋さんは感慨深い表情で頷く。


「調教により、競走馬の能力を最大限に引き出せるよう奮闘した登山厩舎、ワシは好きじゃった。血統で価値がもてはやされ、生まれ持った能力で勝負が決まる。そんな風潮に嫌気がさした頃、一緒に競馬界で戦った数少ない戦友じゃ。晴信もそうじゃよ」

 自分の知らないところでたくさんの人が繋がっている。


「競馬界の消滅で景虎、晴信は各々別の道へ。それでも、騎馬界に残ったワシは、努力や強い意思が報われる騎馬界であることを望む。ワシの作るブーツでその望みを叶えたい」

 宋さんは座っていた椅子から立ち上がり、暖簾のれんのかかった奥の部屋へ。

 しばらくして、一足のブーツを持って戻ってきた。

「これじゃよ。ワシが人生の集大成と位置付けた騎馬ブーツじゃ」


“宋村正流 ブルボン”


 赤銅色のブーツにそう銘打ってある。

「登山厩舎の競走馬、フクツノブルボン。血統こそ平凡であったが、馬自身の類まれな精神力と、景虎の相馬眼に裏打ちされた調教メニューで二冠を制した名馬じゃ。共に時代を闘った競走馬、その想いの全てをこのブーツに込めているんじゃよ」

 懐かしそうな表情を浮かべ、ブーツを見つめる宋さん。


「有太、お前は努力型じゃ。いや、どんなに才能があろうと、高校から騎馬を始めた有太の大成は努力無しに有り得んじゃろう」

 宋さんは甲斐と僕を見る。

「騎馬は二人で一つ。天才型の甲斐がサイレンスブーツを、努力型の有太がブルボンブーツを。この両極端の組み合わせの騎馬がどんな騎馬になるのか、ワシは楽しみで仕方ない。有太、このブルボンブーツを使ってくれるか?」


 一度は誤魔化した涙が溢れた。今までの人生で人に期待なんてされたことは無かった。

 そんな僕が想いまでも託されている。


 僕は皆の力になりたい。ヒロインを助けるのは俺でありたい。

 僕は変わった。

 僕は皆の力になる。ヒロインを助けるのは俺だ。このブーツと共に。

「宋さん、僕にブルボンブーツを使わせてください。お願いします!」

 宋さんは笑顔で頷いた。


 お店で早速ブーツの発送手続きを済ます。

 館森高校のある群馬、最寄りのトレセンは高崎が公認のトレセンだ。甲斐のブーツも保管してあるので、一緒に保管してもらえるようにブーツを送る。

 手続きの間、和やかな会話に終始した。


 職人気質、職人肌とは古くさい表現で、そんな人は実際にいないだろうと思っていたのだが、まさに印象と中身のギャップが職人だなと思わせる宋さんの姿だ。

「宋さん、本当にありがとうございます」

「じっちゃん、関西でレースの時にまた寄るね」

 僕たちを見送る宋さん、いつまでも手を振ってくれていた。


 ブーツを選び終わった旨、甲斐は携帯で姫宮先生に伝え駐車場へと向かう。

 駐車場には、どっさりと荷物を抱え込んだ姫宮先生が待っていた。

「良いブーツは見つかったかしら?」

 先生はいつにも増して、笑顔で僕たちを迎える。後からやって来る和緒、登山先輩もこなちゃんも、大きな荷物を抱えている。


「明日、最終日の京都観光はみんなで着物着るのよ! 良いでしょう?」

 皆テンションが高い。

 着物の無料着付け体験をして、一日レンタルコース……完全に商売の術中にはまった騎馬部女性陣ではあるが、旅先での微笑ましい光景だ。


 何より、校内随一の美人である姫宮先生、いつもジャージ姿の登山先輩、七五三風な装いが期待されるこなちゃん、和緒の着物姿。

 僕にとっても楽しみだ。

「さぁ、荷物を積んで帰りましょうね」


 明日の夜には群馬に帰る。

 今夜は先生の家で最後の晩餐だ。

 少し早めの帰宅はこなちゃんの提案、騎馬部の皆で先生、先生の両親のために夕飯を作る。


 豪快に包丁を振り落とす登山先輩、輪切りは得意なようだ。

 ゴニョゴニョ言いながら、テキパキとあらゆる調味料、調理器具を扱うこなちゃん。

 甲斐は忙しそうなこなちゃんのサポートに徹している。

「どうしてこうなるのよぉ!」

 口は良く動いている和緒。そんな和緒の文句を聞きながら、僕は食器を用意したり、盛り付けをしたり。

 立派な和食ディナーが完成した。


「この三日間、賑やかで本当に楽しかったわ」

 お母さんの言葉にお父さんも頷いている。

 夕飯を終えても話は尽きない。

 長い夜となった。


 翌朝、甲斐と僕は早々に身支度を整え、先生の車に荷物を詰め込んだ。

 お父さんから小さな盆栽を頂いたので、これは部室に飾ろう。

 お母さんの手も借りながら、和緒たちは大広間でレンタルした着物の着付けをしている。

 着替えを待つというのは少々気まずいので、後ほど合流ということで甲斐と僕は先に家を出た。


「こんなに充実した休みなんて初めてだ」

「有太、僕もだよ」

 家を出て甲斐と歩く。

「休みすぎて、登山先輩のトレーニングに戻れるか不安だな」

 時折、言葉が重なる。

 甲斐と僕はより一層“ウマ”が合うようになっていた。


 先生の家は祇園ぎおん地区。

 お店はまだ開店前の時間帯であるが、散策だけでもなかなか楽しめる。待ち合わせの時間まで、甲斐と僕は大通りから路地裏までくまなく歩き続けた。

 途中から、無言の競歩レースのようになっていたことは言うまでもないであろう。


 甲斐と遠くに来すぎた。

 和緒たちとの待ち合わせ時間に遅れそうだ。

 待ち合わせ場所の八坂神社が見える。

 神社前、黒山の人だかり。

 そこには和緒たちの着物姿。待ち合わせに遅れてはいたが、歩く甲斐を制止し、遠目から僕はしばらく見蕩みとれてしまった。


「あ、ごめん甲斐。行こう」

 僕の声掛けに笑顔な甲斐、謝りながら和緒たちの元へ。

「もう、遅いわよ!」

 上機嫌なのか、和緒の文句はこれだけだ。

 改めて皆の着物姿を見る。


 姫宮先生はその透明感たるや、美しいの一言。

登山先輩のボーイッシュなショートヘアが、和服を着ることでモードな印象、善き。

 こなちゃんは、単色のシンプルな着物、着物の上に赤い革ジャンを羽織っている。

 本当にコスプレにしたのか。デフォルメ式……。

 和緒は長い髪を束ね、髪飾りを付けている。見慣れたつもりではいたが可愛らしい。

“ゲレンデだと何割増しに見える”など、非日常が成せるものということか。

 いや、そうではない。


「有太、何をジロジロ見てるのよ。みんな可愛いから仕方ないけど」

「あぁ、確かに可愛いな。悪い」

 素直に返事したつもりだったが、和緒は恥ずかしそうに皆の前を歩き始めた。


 石畳の小道、漆喰しっくいの壁、壁を越えて伸びる木々の枝は綺麗に剪定されている。

 こげ茶色の木製ベンチに朱色の腰掛け布、大きく開いた傘が映える。お茶屋さんとお団子。

 すれ違う舞妓さんの所作しょさには品がある。

 まさに京都だ。


「こなちゃん、写真撮ってあげるよ」

 着物を着ているのに、風景ばかり撮っているこなちゃん。

 京都にはアニメの舞台となった場所が数多くあり、こなちゃんは作画通りのアングルで写真を撮っている。

「せっかく皆で着物着てるんだ。僕が写真撮るからさ。楽しもう」

「べ、別に撮って欲しくて着物着てるわけじゃにゃいんだきゃらね」

…………。


 僕はカメラマン役を買って出た。

 撮っておかないと勿体ないような面々だ。

 それを証明するかのように、外国人観光客にもたくさん声を掛けられるが、甲斐がスマートに受け答えをする。

 名所では、騎馬部の皆で記念写真も撮った。全員が一枚に写る写真は嬉しいものだ。


 帰りの車中、僕は騎馬部の集合写真を携帯の待ち受けに設定した。

 和緒の気持ちが良く分かる。

 京都旅行と共に連休も終わる。

 僕の日常がまた始まるのだ。

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