第2話 騎馬部誕生!?
女の子が天から降ってくる。
ラノベやアニメならよくある話、目の前で起きている。
秒速の間がゆっくりと流れる。
——女の子が特別な石でも持っていて、落下速度が遅いのだろうか?
僕はちょうど落下地点にいる。
両手を大きく広げ、軽く膝を曲げ衝撃に備える。
この状況は何度も観た物語のようで、僕の選択は女の子を受け止めることの一択。
コンマの世界を動く感覚、幸い未だ僕の中にある。
女の子に両手が触れる。
——この子には重さが無かったりするのだろうか?
「重っ!!!」
叫びと共に秒速の間は時を戻した。
女の子を支えられない両腕を身体に引き寄せることで重心が崩れ、尻餅をつく。
「ぐはっ!」
僕の左肘が
女の子の全体重を乗せて。
…………。
「イタタタタ……」
——それは僕のセリフだ。
そう思いながらも、僕は息が止まりそうな痛みと女の子の下敷きになっている状態で身動きがとれない。
腹部が
女の子が上体を起こし、僕の腹を椅子にして髪を
「よし!」
納得の声と共に下敷きになる僕のほうを向く。
「ちょっと、あなた。早くどきなさいよ」
——え?
第一声は僕への感謝、もしくは
その尖った口調にも。
見下ろされていると、それはそれで威圧感がある。
「この状態だと動けないんですが……」
そんなことは分かっているといった表情が返ってくる。
怒られているような気分のモヤモヤに疑問を感じながら女の子の背中を押し、立ち上がるよう促す。
小さな背中は押せば飛んでしまいそうな軽さで、女の子の不機嫌の理由は僕の叫びにあったのかもしれないと思った。
——いや、どうして僕が悪いんだ!?
「こういう時はありがとうが先だろ?」
女の子の肩についた桜の花びらをサッと落としながら一言。
鳩尾の痛みに涙が出そうな自分を騙す、虚勢を張った僕の強がり、抵抗であるとも思える。
「べ、別に一人でも降りられたんだから」
目を細める僕。
視線を逸らす女の子。
桜の木の下、向かい合う二人。
沈黙は校内の喧騒が埋め、砂時計のように降り注ぐ花びらが時間を動かしている。
「……そうね、借りを作ったと思われるのもごめんだわ。言っておく。ありがとう」
女の子の去り際の言葉、表情はどこか柔らかい。
長い髪を揺らしながら校舎へと歩いていく。
胸元にあった桜の飾りが、女の子が同じ新入生であることを教えてくれた。
「折出くん、部活どうする?」
入学式の翌日。
話題があれば積極的に会話を、出来立てのクラスでありがちな昼食の時間の光景。
このタイミングでそんな話を過去にもしたことがある。
「部活には入らないよ」
中学と一緒。
「え? ここの校則では必ず部活に入らないとダメだよ? 知らなかった?」
中学と違う。
「そうなのか? まぁ適当に見つけて入るよ」
中学校生活との違いを多少なりとも期待する中、この違いは面倒だ。
校内は、各部の新入生勧誘活動が盛り上がっている。
僕はゆっくりポスターを見て、遠目から部活の様子を見学し、幽霊部員可な雰囲気を嗅ぎ分け、何となく入れれば良いと思っているのだが。
とにかく教室を出れば、温度差この上ない勧誘活動に巻き込まれる。
授業が終わり勧誘活動が落ち着く時間帯、夕暮れも暮れた頃に教室を出る。
そんな数日を過ごした。
「ちょっと、あなた。部活決まってないのでしょ?」
部活の勧誘活動が落ち着き、少し早く帰れるようになった頃合い。教室のドアが開くなり開口一番、最近聞いた声色だ。
「あれ? 君は木から落ちてきた子?」
「失礼ね。私は
「ごめんごめん、名前聞いてなかったから」
——また僕が悪いのか? 別に良いけど。
「それで、広井さんは僕に何か用ですか?」
「女の子に名前名乗らせて失礼よ。あなたには名前もないの?」
——確かに名乗らなかったのは失礼な気もするが。名前がないわけないだろ、失礼な。
「僕は折出有太と申します。どうぞ宜しくお願い致します」
丁寧さに不機嫌さを強調し言葉を返したが、この子を前にキレがなく不調だ。
「ふ~ん」
妙な間と
「相変わらず無愛想ね。それで有太、早速だけど騎馬部に入部しなさい」
いきなり呼び捨て、しかも入部? 勝手な押しつけに返す言葉が頭の中で巡る。
「放課後のこの時間帯に教室で一人。どうせ友達もいなくて部活も決まってないのでしょ? わざわざ、私が有太の入れる部活を勧めにきてあげてるんじゃない。入部してくれたら友達になってあげても良いのよ?」
「友達いないのは余計だが、確かに部活は決まってない。というか、入れない部活なんてないだろ」
不覚にも、広井さんと友達になれるのは少し嬉しい気がした。
「だったら有太はどこに入部するの?」
普通の会話になると、素直にならざるを得ない。
「お察しの通り、どこに入ったら良いのか分からなくて悩んでいるんだよ」
「あら、やっぱり友達もいなくて部活も決まってないじゃない」
「友達はいるよ!」
「分かったわ、そこまで言うなら仕方ない。有太は騎馬部に決定ね!」
「お前、勝手に……ん?」
初めて、こんなにも近くで女の子の笑顔を見た。
この状況、女の子のお願いを断れる男なんていないに違いない。
絶対にだ。
「とりあえず、入部届書いてね」
広井さんに用紙を渡された。が、入部届?
「広井さん、あの。入部届じゃなく創部届と書いてあるのですが。気のせいでしょうか?」
名前を書くくらいならとペンを持ち、用紙を見つめる。明らかに”創部届”の文字だ。
「そう書いてあるんだから、気のせいじゃないでしょう。細かいことは気にせずさっさと書きなさいよ」
そう、騎馬部はこの高校で存在すらしていない部であった。
創部届、どうやら五名以上の部員の連名が必要らしい。
連名欄に“一年二組 広井和緒”の記入がある。その隣には“一年一組 広井甲斐”の名。
「広井さんが二人? 偶然?」
「もう、いちいちうるさいわね。たまたま名字が一緒のことだってあるわよ。さっさと書きなさいよね」
疑問を持つことさえも許されないこの状況に、僕は暴君の言いなりと化した民の気分だ。
三人目の欄に“一年五組 折出有太”と。
「ところで、有太は騎馬部のことはどれくらい知ってる?」
ここで、僕はまずいことに気が付いた。
騎馬部とは、甲子園を凌ぐ人気の学生競技。そんな目立つ活動は避けたいし出来るわけがない。
流されるままに記名してしまった。
しかし未だ創部の段階、創部が叶わなければ都合が良いのだが……。
「人並みには知ってるけど。だけど騎馬部はまだ創部も出来てない。部員はどうするの?」
「考え無しに私が動くわけないじゃない。大丈夫、あと二人は今日にでも入部してもらえるから。まずは陸上部に行くわ」
創部への壁は無いようだ。
上手く切り抜ける策を練ようと考える暇もなく、和緒は勢い良く僕のセーターの左袖を掴み校庭へと駆け出した。
「ミホ先輩!」
和緒の驚くほど女の子らしい声が響く。
「お、和緒ちゃん! 元気良いねぇ~相変わらず可愛いねぇ~」
和緒が頭を撫でられている。
「あれ? 誰その男の子。彼氏さん?」
和緒が恐ろしいくらいの作り笑い。
「ストーカーですよ。騎馬部に入りたいって入学式からずっとついてくるんです。あまりにしつこいんで、私の騎馬にすることにしました」
「和緒ちゃん良かったねぇ~これで騎馬界に挑戦できるねぇ~。えっと、和緒の騎 馬をする君、アタシは二年の
「登山先輩ですね。僕は一年五組、折出有太です。宜しくお願いします」
「しっかりした騎馬戦士だねぇ~和緒ちゃん。これは期待できる!」
「ミホ先輩、この男に期待するのはまだ早いですよ。でもこれで騎馬二人、騎娘一人揃い、騎馬として成立します」
もう騎馬をすることになっている展開に内心かなり焦っている。
努めて冷静にという僕の意識が受け答えとなり、登山先輩の好印象に繋がっているのだろうか。
男二人で騎馬二人、最初から僕は騎馬役だった。
もう一人は創部届に書いてあった広井甲斐って人か。
策を練ようにも、知らないことが多すぎる。
僕が騎馬役——裏方に回る策を失った時点で、万策尽きている。
「先輩、これで協力してもらえる条件は整いました。創部届に記名お願いします!」
「よし、分かった。とりあえずまだ騎馬部は出来てないけど、騎馬一組成立で入部する約束だったからね。陸上部と兼務だけど、力になるさ!」
創部届に“二年二組 登山未歩”の名が入る。
創部に心躍る和緒の姿、それに協力を惜しまない登山先輩を前に、入部を断る気は失せてしまった。
あと一人の記名で創部が叶ってしまう。
「和緒、あと一人は?」
諦めにも似た気持ちで和緒に声を掛ける。
「調理室ね!」
——あれ? 和緒
自然だけど不自然という妙な感覚のまま、僕は和緒の後を追った。
陽が落ち、教室の明かりもまばら。
調理室は校舎一番奥の三階、授業以外では誰もが縁の無さそうな場所にある。
真っ暗な教室を横目に歩く校内は不気味だ。
「エーロイムエッシャイミュ、オオキクナルタメナンデモタベマチュ……アーメェン……」
念仏のような声が聞こえる。
調理室に近づくにつれ、その声は大きくなる。
「有太、この先に可愛い子が居るけどケダモノ、じゃなくて獣の本能は抑えてちょうだい。大切な部員になる子だから失礼のないように」
和緒、言い方変えてもフォローになってないぞ。僕にはかなり失礼なんだが。
調理室前に着く、念仏のような声が止んだ。
「失礼しまーす」
僕は調理室のドアをゆっくりと開けた。
「止まれ! 結界に触れたゃら死にゅぞ!」
過激な言葉に反応するより先に、視線の先の光景が強烈だ。
「……あ、あの。和緒さん、室内に小学生が居るのですが」
調理室の入り口付近に魔法陣が描かれ、キッチンでは鍋がグツグツ音を立てている。
キッチン台まで手を伸ばすのがやっとであろう少女。
乗っている踏み台から僕を見下ろそうとしている表情。
少女を見つめる僕の視線はやや下を向いていた。
全身黒づくめ、コスプレなのだろうか。
「おのれ、ジャイアントトドの肉の召喚に失敗したではにゃいか。貴様、今夜の食材どうしてくれりゅ?」
間違いない。これは
立ち尽くす僕の背後から、和緒が歩み出る。
「
——小鳥遊……。タカナシだと!? この状況でその名――小鳥遊姓はとある分野で有名――を聞くとは。これはもう、好き勝手やってくれ。
「小鳥遊さん、邪魔して悪かったわ。今夜の食材はダルルート君のレトルートカレーで勘弁してちょうだい。秋葉原でしか手に入らない限定ものよ」
「これはこれは和緒殿。それほどのレアアイテムを、この奴隷の尻拭いに差し出すとは。何たりゅ器!」
——いやいや、無視できない状況がこうも続くのかっ!
面倒な空気を静観しようとしていたが、実は二人のやりとりに引き込まれている僕である。
「それに小鳥遊さん、毎日毎日魔力を使って食材を召喚するなんて、もたないわよ。弱ったところを突かれるかもしれないわ」
——この会話、成立するのか?
「和緒殿の言う通り。だゃが、働かざる者食うべきゃらず。料理を作らにゃいわけにはいきゃにゃにゃ……」
成立していない。
「小鳥遊さん、心配いらないわ。こちらの世界では部費というもので食材が買えるのよ。前に言っていた通り、今宵あなたの血の連名によって創部、部費が手に入るわ」
少女の話に合わせる和緒、お前は凄いよ。
僕は持っていた創部届を小鳥遊さんに差し出した。
エプロンからペンを出し、名前を書く小鳥遊さん。
何を期待したわけでもないが、普通の光景が物足りない。
“一年二組 小鳥遊こなこ”
一年二組。
和緒と小鳥遊さん、同じクラスだから二人とも仲良さそうなんだ。
この子、どう見ても小学生なんだが。
ってか、小鳥遊ってマジで本名なんだな。
名前を疑った僕が悪いみたいだが、これはもう話の作りに悪意がある。
「さ、さささ最後に、けけ、血判をををを」
目がグルグルで表情の暗い小鳥遊さん、創部届に血判押すのが怖いようだ。
「大丈夫ですよ小鳥遊さん、これは使い魔との契約ではないので血判はいりません」
僕はとっさに話を合わせてしまった。
「貴様、なかなか良い奴だにゃ。名は?」
「僕は折出有太、宜しく」
創部届には部員五名の連名。
明日、創部届を出せば騎馬部の誕生。
創部の過程に付き合ったからだろう、諦めにも似た気持ちが少し前に向くのを感じる。
「有太、ダルルート君のレトルートカレー代は私に払うのよ」
——結局こうなるんだな。でも、
「和緒、とりあえず良かったな」
何も言わず和緒は微笑んだ。
翌朝、僕は目覚ましが鳴る前に起床。朝ご飯は手短に、いつも通り玄関を出る。
早く起きた分だけ家を早く出たことになる。
時間を変えるだけで朝の景色も変わる。
今日は創部届提出、騎馬部誕生。
和緒に散々巻き込まれたと思っていたが、もうすっかり部員気取りな自分がいる。
「騎馬戦士!」
元気な声が響く。
「登山先輩、おはようございます」
「朝早いねぇ~気合い入ってるねぇ~。折出くんは甲斐と一緒に調教参加かい?」
——え? ちょ、調教?
「た、単に起きるのが早かっただけです。甲斐? 広井甲斐って人ですか?」
「そうだけど。もしかして甲斐に会ってないの?」
「はい、創部届の名前を見ただけで」
「もう。騎馬組む折出くんに甲斐をまだ紹介してないなんて、和緒ちゃんらしいなぁ。そしたら、陸上部で調教するから一緒に行こうよ。紹介する。私についてきて!」
僕は騎馬をするということに未だ不安と後悔がある。
そんな僕と騎馬を組むことになる“広井甲斐”なる人に会う準備、資格はあるのかと後ろめたい気持ちが拭えない。
しかし、登山先輩を追うのに必死で気持ちに向き合う暇も無い。
調教の言葉にツッコミを入れる暇さえも。
さすが陸上部、あっと言う間に校庭だ。
「広井くーん」
朝の校庭に女の子の声が響く、しかも複数の声。これは黄色い声援というやつだ。
「お、さすが騎馬戦士。私にしっかりついてきたね! 和緒ちゃんの見込んだ男だけあるねぇ~。そこで休んでいたまえ、甲斐呼んでくるから」
久しぶりに走った。
膝に手をあて、呼吸を整える。黄色い声援の先に視線を向ける。
——あれ? 和緒?
「お待たせ、折出くん。こいつが甲斐だよ!」
登山先輩の隣に、和緒の顔をした男の子。
「君が有太、折出有太くん? 初めまして。僕は
和緒に色々言われることもない。
むしろ、色々聞きたいのはこちらのほうだ。
妹似の双子の兄貴、恐ろしいほど美少年。そして感じも良い。
同姓なのに緊張する。
「初めまして折出有太です。僕が騎馬で大丈夫でしょうか」
初めての会話で不安な本音が出てしまった。
広井くんを前にすると、何もない僕という現実に直面していると感じる。
広井くんが微笑む。
「折出くん、妹が強引で申し訳なかった。あの性格だからだいたい察しがつく。でも、君を選んだのには和緒なりの理由があるんだよ。不安なのは僕も同じ、一緒に頑張ろう」
友達になれそう
「折出くん、和緒は君のことを有太と呼んでいるし、僕と君は一緒の騎馬だ。君のこと有太と呼んで良い? 僕のことも甲斐と呼んで」
不安な気持ちに少し目を背けていたのだが、気持ちが楽になった。
騎馬部で何をするかは未だ良く分からず。
だけど、甲斐との出会いでなんだか頑張れるような。
「それじゃ有太、放課後に創部届提出だからまたその時に!」
黄色い声援に包まれて駆け出す甲斐。
認めよう。
広井甲斐は真のイケメンである。
甲斐と別れ、登山先輩にも軽く挨拶をして校庭を後にする。
教室に着く時間はいつも通り、いつもの光景。
席に着く。
「ちょっと有太、勝手に私のお兄ちゃんに会うんじゃないわよ!」
和緒だ。
「登山先輩が紹介してくれたんだ。和緒、双子の兄貴のことを名字が一緒なだけな んて誤魔化すにも無理あるだろ。甲斐は良い兄貴じゃないか」
「気軽にお兄ちゃんのこと呼び捨てにしないでよね! とにかく、放課後になったら二組に来てちょうだい。みんなで創部届出しに行くから」
静かな五組がザワつく。
クラス中の視線が集まり、和緒は少し恥ずかしそうだ。
普通の僕と目立ちそうな和緒、何ともアンバランスに映るのだろう。
「と、とにかく、放課後になったらすぐに来なさいよ!」
言いたいことが他にもありそうな和緒であったが、足早に教室を出ていった。
高校生になっても“お兄ちゃん”とはね。
和緒の意外な一面だった。
僕は放課後が待ち遠しいのだろう。
授業はいつもより長く感じる。
落ち着きがないのか、先生から
聞いていない質問に答えられず、クラスの皆に笑われる。
休み時間の人気者にもなった。
男子生徒は和緒のことばかり聞いてくる。女子生徒は甲斐のことばかり聞いてくる。
放課後になる頃、いつになく疲れたなと溜息が出た。
「何してるのよ、有太。みんな二組に集まってるわ!」
和緒が勢い良く五組の教室に入ってくる。
周りの視線などまったく気にしていない。
「放課後になったら
和緒は強引に僕のセーターの左袖を引っ張る。
重い腰が上がらないことがある。
さっきまでみたいに。
和緒が僕を連れ出してくれた。
二組の教室には小鳥遊さん、甲斐、甲斐目当ての女子生徒がたくさん、凄い人気だ。
「有太連れてきたし、ミホ先輩は陸上部の練習中、私たち四人で職員室に行きましょう」
和緒の僕たちへの声掛けではあるが、和緒の視線は甲斐目当ての女子生徒たちへ鋭く向けられていた。
四人で廊下を歩く綺麗な夕暮れ時。
「空が紅く染まってゆく。名もなき戦士たちゅに祈りを……」
小鳥遊さんの一言は、相変わらずな後味で残る。
職員室に着いた。
「姫宮先生!」
これまた女の子らしい和緒の声。
「あら、広井さん。お友達連れて何かご用?」
「はい、騎馬部の創部届持ってきました。姫宮先生には顧問になって頂く予定でしたので」
一年二組の担任、姫宮先生。
僕たちを見る先生の表情は穏やかで、正直照れる。
「広井さんには二組のまとめ役としてお世話になっていますし、小鳥遊さんも一緒、部活の顧問の経験は無いけれど、一緒のクラスの生徒がいるのは心強いわ。頼れそうな男の子もいるのね」
姫宮先生と目が合った。
「一年五組、折出有太です。騎馬初心者ですが宜しくお願い致します」
「折出くん、しっかりしていて心強いわ。私も顧問初心者、一緒に頑張りましょうね」
癒される。
「広井さんのお兄さんも一緒なのね。広井甲斐くんよね? 宜しくお願いします」
甲斐は挨拶と共に丁寧に一礼。
和緒と顔が一緒とはいえ、甲斐はきっと先生の間でも知られているのだろう。
「登山さんのことも聞いていたし必要な書類も揃いましたが、こんなに早く創部届が提出されるとは思っていなくて。部室の確保に少し時間がかかりそうなの」
和緒は分かっていたかのように、
「先生、しばらく調理室を騎馬部の部室として使っても良いですか?」
和緒の隣、話を聞くだけの小鳥遊さんの表情が明るい。
「そうね、あそこなら放課後空いていますし、すぐにでも使えますね。火の元には気を付けてね」
職員室で調理室の鍵を借り、足早に僕たちは調理室へ。
「さぁ、小鳥遊さん。約束通りこれで料理が作れるわよ!」
騎馬部の誕生にも関わらず、最初の活動が料理?
「働かざる者食うべからず、でしょ? 美味しいもの食べたら頑張らざるを得ないわね!」
和緒の言葉に、いつも無表情な小鳥遊さんが満面の笑みだ。
甲斐も嬉しそう。一番嬉しそうなのはやっぱり和緒。
「ミホ先輩の合流で、明日から騎馬部も本格始動。これからよ!」
何だかんだ、和緒はみんなのことを考えているんだな。
僕は少し伸びたセーターの左袖を見つめた。
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