第168話、第二の絶叫マシンにも乗ろうぞ。
「次はあれに乗りましょうよ!」
佐藤亜月は嬉しそうに手招きする。どうやらジェットコースターがよほど楽しかったらしい。結構意外だった。いつもおしとやかに紅茶を飲んでいるイメージだったから、まさか彼女と絶叫マシンとの相性が良いだなんて思いもしていなかったのだ。
「お、お主分かっておるなぁ! それは急に落下する恐怖の乗り物じゃぞ! それを選ぶとは!」
「バーニングさんお詳しいですね!」
「当然じゃ、ここは妾の庭よ! フハハハハハ!」
何を勝手なことを言っているんだこいつは。
「わ、我はちょっと休憩したいであります」
「なぬ!? もう弱音を吐くと申すか!」
「そうですよぉ、まだアトラクションには一回しか乗れてないじゃないですか!」
細柳小枝の本音を聞き逃すことなかった女性二人は、速く行こうと目で訴えてくる。
俺はバーニングさんとの遊園地のお陰で、割と絶叫マシンには慣れてしまったようだ。細柳小枝の肩をポンと叩いて彼女たちの背中を追った。
「ちょ、松本殿! ま、待って下され!」
「早く来いよ細柳、置いて行くぞ」
「……ぐ、ならば我の屍を越えてゆけ!」
「何言ってんだよ、ほら行くぞ!」
俺は彼の手を引いて先頭を行く佐藤さんを追いかける。
「びぇぇぇ! 待って、待ってぇ。心の準備ができておりませぬ! ってか、松本殿は平気でありますか、あんな恐ろしい乗り物!」
「平気も何も、俺普段ヒーローやってるんだぜ?」
「ぐ、そうでありました」
「それに何より、俺にとって今日は一大イベントなんだよ」
俺の熱い眼差しは、まっすぐ佐藤さんの方に向く。それを感じ取ったのか、俺に手を引かれながら走る細柳の表情も変わった。
「ははぁん、なるほどであります。この細柳小枝、全力でサポートいたします」
「おう、そういうわけだ細柳。これは俺にとって、最大級のイベントなんだ。失敗するわけにはいかねぇぜ」
「ふっふっふ、そうと分かればこの細柳、恋のキューピットとなってしんぜましょう!」
「ほぉ、期待しているぞ、月読尊が残した書物を手にする男よ」
「ふっふっふ、我の力、今こそ見せてしんぜよう」
「お主らさっきから何をしておるのじゃ?」
バーニングさんの冷たい言葉に、俺と細柳はちょっぴり恥ずかしくなった。
「三人とも遅いですよ!」
一方で、佐藤亜月はとっくに受付を済ませたらしく、三人分の空席を用意していた。
「今日はなんだかラッキーです。あまり並ばなくても乗れそうですよ!」
嬉しそうに笑顔を見せる佐藤亜月の表情に、俺もとっくに満足していた。一方で、細柳は早速死にそうな表情だ。
「休ませて……」
「細柳、これって案外長蛇の列を待機している時間の方が怖いんだぞ」
「そ、それもそうかも……であります」
「すぐに乗れるってことは、すぐに怖いのも終わるんだ。諦めろ」
細柳は不服そうにしながらも首を縦に振った。
「それではみなさん、お待たせしました。早速ご乗車ください!」
キャストの一声に合わせて、俺たちの列が前進する。目指すのは円形の乗り物だ。エレベーター方式で徐々に上空へ上がっていき、最後は落下するという恐怖の乗り物。これを開発した人間は、拷問器具でも作ろうとしたのだろうか。
「楽しみですね!」
「うぬ! 妾もワクワクが止まらぬ!」
この二人を見ている限り、どうやらこれは楽しむものらしい。
「細柳、俺たちも諦めて楽しもうぜ」
俺の誘いに、彼は無言で頷くことしかできなかった。
「それではみなさん、行ってらっしゃい!」
キャストの言葉と同時に、体は上昇していく。足が宙に放り出されている状況で、佐藤亜月は嬉しそうにプラプラと足を揺すっていた。
「佐藤さん、楽しい?」
次第に小さくなっていく景色を眺めながら、俺は彼女に問いかける。
「はい! 時間が許す限り、全部回りたいです!」
そう言って微笑む彼女に、俺は笑顔を返した。
「佐藤さんが幸せそうで、俺も嬉しいよ」
「……えっと」
ふと、佐藤亜月はびっくりしたような表情を見せた。それから慌てて視線を逸らす。
「佐藤さん?」
彼女はこちらに目を合わせようともせず、ただ小さくなる風景を見ながら答えた。
「私も、松本さんとここに来られて、とっても嬉しいです」
彼女の耳が真っ赤に染まっているのを見つけて、俺の心臓が一つ、トクンと音を立てる。
それと同時に、絶叫マシンは落下した。
「キャァァァァァ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁっ」
「うぉぉ!?」
「うごごごああああああたすけてええええええええ」
細柳小枝の凄まじい絶叫だけが記憶に残った。
それから俺たちは、遊園地内の絶叫マシンをすべて体験しようということになった。まだ午前中だというのに、園内の半分以上存在する絶叫マシンは乗り切ることができた。列にも大して並ぶことなく、スムーズにだ。
これは恐らく、一週間前の戦闘もあって客足が減っていることが原因だろう。そのおかげで、佐藤亜月の人生初となる遊園地は、楽しいものとして記憶されたらしい。
「もぉ、バーニングさん、ほっぺにケチャップついてますよ?」
佐藤亜月は、ティッシュでバーニングの口元を拭いてあげながら笑う。
「うぬ、かたじけない」
バーニングさんも嬉しそうだ。
大都会K市に引っ越してきたばかりの俺は思う。人生初のシェアハウス、同居人はラスボスが二人。それでも、なんだか幸せな生活になりそうだなと。
「このままずっと、平和だったらいいのに」
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