第167話、ジェットコースターに乗りし者たち。
俺は
お化け屋敷も、きっとすぐに修復されて元通りになることだろう。それもこれも、ヒーロー協会が政府と提携することで生み出したマッチングシステムのおかげだ。ブロンズヒーローやシルバーヒーローの中には、本職を別にする人も多い。特殊能力を備えたヒーローはごく稀にしか存在しない貴重な戦闘力だが、それ以外のヒーロー達は皆、正義感が強く常に体を鍛えている屈強な労働者だ。
ヒーローなんて聞こえはいいが、実際問題雇用条件の悪かった肉体労働者の待遇を高めたに過ぎない。しかし、だからこそヒーロー協会はこの国に必要なのだ。
「ごめんごめん、お待たせ」
「あ、松本さん。ちょうど間に合いましたね。ここ空いてますよ」
佐藤亜月が俺に向かって手を振った。どうやら彼女たちはすでに次のコースターに乗り込む番となっていたらしい。
「お客様、どうぞこちらへ」
キャストの方に促され、俺は佐藤亜月の隣に立った。二列に並ぶ最後尾だ。
「タイミングばっちりですね。あと一分くらいで乗れるみたいですよ」
佐藤亜月はどこか嬉しそうにそう言った。よかった、朝の段階では、彼女の身に起こる記憶混濁について懸念していたようで、不安げな表情を見せていた。しかし、今は非常に愉快気な瞳で笑っている。
「俺の分、あけておいてもらってたんですか?」
「当り前じゃないですか。松本さんと一緒に乗る。だって今日が、私にとって人生初の遊園地ですから。松本さんも一緒じゃないと楽しくありませんよ」
「……佐藤さん、それって」
告白だろうか? いいや、考えすぎだ。俺はこのかわいらしい美少女の一言一句に心躍らされている哀れなマリオネットに過ぎない。
「おうけいマドモアゼル。今夜は俺がたっぷりリードしてやるぜっ!」
だぁぁぁぁぁ! まただ、また俺は何を言っているんだ。ふと気を抜いた瞬間にこれだ。もう高校生になったんだからそろそろ身の丈に合ったことをしてくれ。どうして俺はこういつもいつもキザな行動に憧れてしまうんだ。そもそも、俺が自分のヒーローネームを鬼龍院刹那にしたのもそうだ。完全に中二病患者だ。
「うふふ、はい。よろしくお願いいたします」
佐藤亜月はそう言って笑った。
そう、笑ってくれたのだ。
あれぇ? 好感触だぞぉ?
「一緒に、ジェットコースター楽しみましょうね!」
風の噂で耳にしたことがある。
遊園地でカップルは別れやすいのだと。
その理由は割と単純で、こういった待ち時間があまりにも退屈なうえ、喧嘩に発展してしまうことが多々あるからだそうだ。
しかし、俺と佐藤亜月はどうだ。見るからに仲睦まじい様子。これは完全に脈あり。俺の心は今決死のガッツポーズを決めていた。
「おやおや、マドモアゼル。ジェットコースターが一周して帰ってきたようですぜっ」
「クスクス、そうですね。そのしゃべり方いつまで続けるんですか松本さん」
「君が、俺の話し方に便乗してくれるまぁでまぁで」
「えぇ、こ、困っちまった……ぜっ!」
そういってウインクする白髪の美少女は、俺がこれまでに見たありとあらゆる可愛いを凌駕していた。
「うぬら、さっきから何をしておるのじゃ」
珍しいことに、俺と佐藤さんはバーニングさんから白い眼を向けられる羽目になってしまった。
「それでは皆さんお待たせしました。そのまま右にお進みください。シートに座られましたら、ベンチに深く腰掛けてお待ちくださぁい」
キャストの言葉に、俺たちは胸を躍らせる。
「のぉ、楽しみじゃのぉ! 楽しみじゃのぉ!」
「そうでありますな! 実は我、人生初のジェットコースターであります!」
「妾もじゃ! 気が合うのぉ!」
前の席では、案外細柳小枝とバーニングさんも楽しそうに会話が弾んでいる様子だ。
俺は心の中で思った。なぁ魅皇、お前が心配しなくても、この神様は十分図太く生きてるようだぜ。きっとこれから先も、どんどん仲のいい人作って、幸せになるだろうさ。
「わぁ、安全バーって案外固いんですね」
俺の隣に座った佐藤亜月は、降りてきたバーをなでながらそう呟いた。
「ちょっと、ドキドキしてきました」
「すさまじいスピードで体が振り回されますからね、覚悟しててくださいよぉ、佐藤さん」
「えぇ、もしかして松本さん、私を脅してるんですかぁ?」
「あはは、ばれちゃった?」
俺がそう言ってほほ笑んだ瞬間だった。ジリリリリとベルの音が鳴り響き、ジェットコースターが発信する。
「それでは皆さん、いってらっしゃーい!」
キャストの言葉を合図に、俺たちの乗ったジェットコースターがチェーンを巻くような金属音を挙げて線路を上りだす。景色が次第に広がっていき、あおむけの姿勢で重力を感じ始めた瞬間だった。
――キャァァァァァ。
前方から悲鳴が上がる。
それから瞬きをするまでの間に、ジェットコースターはトップスピードに乗った。
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