第166話、魅皇の更なる企みや如何に。

「お前、こんなところで何してんだよ」


 俺が辿り着いたのは、遊園地内に存在するお化け屋敷跡地だった。今やほとんどが瓦礫に埋め尽くされており、工事現場を覆い隠すように防音シートや遮光シートで覆われている。

 延長コードから伸びた先にいくつも建てかけられてある工事用のLEDバルーンライトが足元を照らしてくれているが、そこもまた酷い有様だった。コンクリートは修復不可能というまでに崩壊しており、恐らく壁や床を貼り直す必要があるだろう。

 ちょうど昼間の遊園地開園時間ということもあってか、今は工事に取り掛かっている人も居らず、ここだけ廃墟のような空間となっていた。

 そんな中に、見覚えのある人影。


「あぁ、気づかれてしまいんしたか……」


 それは、バーニングさんをラスボスとして復活させようと躍起になっていた魑魅すだまの一人。魑魅魍魎ちみもうりょうたぐいでさえ口にすることがはばかられるタブー。魅皇であった。


「本当はあともう少し隠れてやり過ごしたいところでありんしたけんど」


 彼女はどこか悲しそうな表情を浮かべてこちらを振り返る。相変わらず妖艶な雰囲気を纏ったその女性に、俺はゾクリと背筋が凍った。

 彼女に足の皮を一枚ずつ剥がされたことを思い出したからだろうか。それとも、先の戦闘で倒したはずなのに生きていたことを恐怖したからだろうか。


「それで、わっちを殺しに来たでありんすか?」


「それは、お前の返事次第だ。こんなところで何をやってる?」


 俺は腰にそっと手を当てながらそう尋ねた。場合によっては今すぐにでも戦闘を始められるように。


「ふむ、正直な話、この体は魑君ちくんの亡骸を再利用したものでありんす。わっちにはまだ上手い事扱うこともできんせん。もし旦那さんがわっちを殺したいと申し仕るのでありんしたら、抵抗もなくやられるのがオチ」


 トロンとした瞳で俺を見つめながら、はだけた着物をそっと直した彼女は手に持っていた何かを俺に見せた。


「わっちはただ、これを集めていただけにすぎんせん」


「……なんだ、それは?」


 俺の目に映るそれは、ガラス片のように見えた。


「まさか」


 ガラス片、いや違う。鏡の破片だ。


「そのまさかでありんす」


 魅皇はそう言ってクスクスと笑う。


「これは天照大御神様……あぁ、今はバーニングでありんしたね。そのバーニングが生きていくために必要な御神体。要するに、魂の在り処でありんす」


「魂の在り処……」


「これはあの方の命そのもの。あの方は、あくまで生まれはただの想い。誰かが求めた光でありんす。故に儚く脆い。誰かが存在を忘れてしまえば、自然と力を失い消え失せることでありんしょう。それを避けるために作られたのが御神体」


「それを、どうしてわざわざ集めているんだ?」


「そんなの、決まっていることでありんす」


 まるでパズルを解くように、彼女はガラス片を一枚ずつ並べていく。俺はその姿が魑君のものと重なり、ゾッとした。


「まさか、またバーニングさんを魑魅魍魎のボスに仕立て上げるつもりなのか?」


 俺の問いかけに、彼女は声を出して笑った。


「あっはっは。わっちはもうそんなこと企んでなんかありんせんよ」


「ほ、本当なのか?」


 では、何のために集めているのだろうか。


「先ほども言ったでありんしょう。この鏡が無いとあの方の姿も命も消え失せてしまうんでありんす。生きていくために、あの方を『見る』存在が必要なんでありんす。ところがあの方は生まれてこのかた天涯孤独。わっちら魑魅魍魎に魅入られてしまえば、また闇の世界へ堕ちてしまう。それくらい脆い存在……」


「じゃぁ、その鏡って」


「そう。あの方が、あの方自身を見るための鏡。誰も見つけてくれないから、自分で自分を見るしかない。自分がここに居るんだっていう証明を、あの方は毎日鏡に向かってし続ける必要がある」


 俺はその言葉を聞いてようやく理解した。バーニングさんは、最初から魑魅魍魎を従えるラスボスとして作られたわけではなかったのだと。あの人は、ただただ孤独を生き苦しんできた天照大御神の産んだもう一人の自分なんだ。寂しさを、苦しさを、孤独を、そういった様々なネガティブを受け止めて、話して、相談して、一緒に笑ったり泣いたりしてくれる。そんな存在なんだ。

 そして、誰も彼女を見つけてくれないから。魑魅魍魎だけが彼女を見つめていたから、あの人は闇に染まってしまったんだ。


「つまりさ、バーニングさんって別にその鏡が無くても生きていけるんだろう?」


「……それは無理でありんす。あの方の孤独を埋めることは、誰にだってできんせん」


「いいや、できるさ」


 俺は魅皇に近づき、鏡の欠片をそっと摘まみ上げた。


「ちょ、何を!」


「なぁ、魅皇。俺はあの人のこと、ちゃんと見れてると思うか?」


 俺の質問に、魅皇は少しだけ黙ってから首を横に振った。


「それこそ、愚問でありんす。あの方が一人の女性として生きる道を選んだのは、誰のせいでありんしょう」


「あぁ、そうだよな」


 俺は頷きながら、鏡の欠片をポケットにしまう。


「これから先、俺があの人を見続けてやる。一人の女性として、バーニングさんとして」


 その言葉を聞き、魅皇はどこか満足したような表情を浮かべた。


「なるほど、それはまた、面白い提案でありんすね。では、あとのことは任せんした。どうか、大切にしておくんなまし」


 そう言って、魅皇の体は消えていく。細かい光の粒子となって、世界に霞んで解けていった。


「お前らも、元気でな」

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