第165話、遊園地に入場し、そして。
「はい、こちらが松本殿のチケットでございます」
細柳小枝はそう言って俺にチケットを手渡した。もしかしたらチケットを無くすかもしれないと判断したため、全員分のチケットを彼に持ってきてもらう運びとなったわけだ。
もちろん、チケットを無くす可能性がある人間は一人しかいない。先ほどから俺に腕組しようと試みては回避され続けている赤髪のお姉さん、バーニングさんである。
「もう、どうしてお婿様は妾とべったりしてくれないのじゃ!」
こいつ、朝食時の話をすっかり忘れてしまったのじゃなかろうか。俺自身、ハーレムがどうだとかいう話に同意はしていないし、それに乗っかるつもりもない。しかし、それはそうとしてバーニングさんとガトーショコラは俺の二番手でいいと言ってくれたじゃないか。つまるところ、俺が一番好きな佐藤亜月さんとの恋を邪魔しないという話だったはずだ。
少なくとも俺はそう認識している。
「や、嫌ですよ。なんでバーニングさんと腕を組まなきゃならないんですか!」
罰ゲームですか? と聞きたかったが、流石にそれは人間性を問われる気がしたので我慢した。
「そんなこと言わずともよいではないか~」
「良くないです。むしろ俺としては佐藤さんと……あ、いや何でもないです」
つい反射的に意中の名を呼んでしまった。佐藤さんはなぜここで自分の名前が挙がったのか分からないといった様子でこちらを見つめ、それから小さく首をかしげる。
「別に、私の目の前でイチャイチャしてもらっても大丈夫ですよ?」
気を使われてしまった。
「いやいやいやいや、違うんです。違うんですよ佐藤さん。これは全部バーニングさんが勝手に言っているだけで。俺にそんな気は一切ないんです!」
「そ、そうなんですか? でもお二人って恋人同士ですよね?」
「違います」
「違うらしいぞ」
「えぇ……」
俺とバーニングさんが同時に否定した姿を見て、佐藤さんは困惑した表情を浮かべた。
なんでこういう時だけ息ぴったりなのだろう。むしろ怪しく思われた気がする。
「そ、そんなことより、ほら。門が見えてきましたよ!」
俺はどうにか雰囲気を書き換えてしまおうと、必死に前を指した。
「本当ですね、私実は遊園地に行ったことが無くて……あ」
佐藤さんはふと口をつぐむ。それはそうだろう。彼女の記憶が無いうちに、つまりガトーショコラが表に出ている間に、佐藤亜月の肉体は遊園地内に入っているのだから。そして戦闘終了後精神が入れ替わった佐藤亜月は、わけもわからず遊園地の戦場に取り残されていた。
「佐藤さん、この前のことは忘れましょうよ」
俺は彼女と歩幅を合わせながら遊園地を見つめた。一歩進むごとに、少しずつゲートが大きくなっていく。受付に立つ人のシルエットが次第にはっきりとしてきた。
「今日が、人生初の遊園地。それでいいじゃないですか。俺も、今日が佐藤さんとくる人生初の遊園地。だから、素敵な思い出を作りましょうよ」
そういって笑いかけてみた。
佐藤亜月は、しばらく沈黙していたが、バーニングさんの「妾も人生初の遊園地ということじゃな!」という発言にクスリと笑い、かわいらしい笑顔のまま頷いてくれた。
「そうですね。今日が私の人生初遊園地です。思いっきり楽しみますよ!」
佐藤さんの言葉に、今まで空気を呼んで黙っていた細柳が拳を突き上げる。
「では、まずは早速ジェットコースターから攻めますぞぉ!」
遊園地の回る順番なんて何一つ分からない俺は、ただひたすらに呼応する。
バーニングさんの能天気な反応もこういう時にはありがたい。俺とバーニングさんとの二人で「おー!」と叫ぶと、佐藤亜月も小声で照れ臭そうに拳を握った。
とてもかわいい。
それから俺たちは、スムーズに入園し、遊園地の中へと足を踏み入れた。
俺にとっては、バーニングさんと一度デートで訪れた場所だ。正直あの日は乗り気じゃなかった。バーニングさんのことはそんなに好きでもなかったし、俺としては佐藤亜月とデートがしたかった。でも、あの日バーニングさんとここで過ごすことができたからこそ、彼女の魅力に気づくことができた。彼女を守りたいと思えるようになった。その総ては、きっとガトーショコラが用意したラブレターのお陰だろう。
「んじゃ、早速ジェットコースターでいいんだっけ?」
「そうですぞ! 行きましょうぞ!」
「うぬ、妾も準備万端ばっちりメモリーオブテラーじゃ!」
「は、はい。頑張ります!」
俺の言葉にうなずく友達。彼らと共に、遊園地で一番巨大なジェットコースター乗り場に向けて足を向けたその時だった。
お化け屋敷があった場所に、見慣れた鱗を見た気がした。
そこは立ち入り禁止の看板が掲げられており、白いシートで覆われている。今もなお復興作業が行われているのかもしれない。そんなシートの隙間から、ビスマス鉱石のように輝く鱗が見えた気がした。
「ごめんみんな、ちょっと俺トイレ」
「なんじゃ松本ヒロシ。朝のうちに済ませておかなかったのか!」
「そうなんだよ、先行ってて。すぐ追いつくから!」
俺はそう言い残すと、お化け屋敷跡地に向かって走り出す。
俺にはあれが何なのか分かった。
あれは間違いなく、
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