第164話、女同士の醜い争い、仲直りの秘訣は男。

 バーニングさんのトンデモ発言により、その場は騒然となった。当然だろう。なぜだか知らないが俺のことを猛烈に愛してくれているガトーショコラの目の前で、赤髪のバカは堂々と俺へ告白してしまったのだ。


「絶対殺す! アタシの敵! こいつはアタシの敵なのぉぉぉぉ!」

「落ち着けガトーショコラ、頼むから落ち着いてくれ! 家具が壊れる!」


 必死に彼女をなだめようとするも、全然落ち着きそうにない。それどころか、矛先を俺に向ける始末だ。


「ならダーリン、ダーリンが決めてよ。どっちを選ぶの? アタシと、このブスなおばさんと」


「なぬ!? 今妾のことを侮辱したか? ブスと、そう呼んだか?」


「えぇそうよ。このブス女! いい気になってアタシのダーリンに垂れ込もうとしてんじゃないわよ!」


「この小娘がッ! おばさん発言を黙って許してやったら頭に乗りおって。この場で消し炭にしてくれようか!」


 ダメだこの二人、水と油だ。仲良くなりそうにない。


「アタシのダーリンと結婚しようなんて百年早いのよ!」


「何がだーりんじゃ、意味の分からぬ言葉を使いおって。妾のお婿様に失礼じゃと思わんのか!」


「は、はぁ? 今あんたお婿様とか言ったわね? 何勝手に関係進めようとしてんのよ! ダーリンに迷惑でしょ。許可獲てないでしょ。やめてよねそういうこと言うの! ダーリンはアタシのものなんだから!」


「いいや違う。お主のような邪悪の化身にこの正義感まっすぐな男が惚れるわけなかろうて。調子に乗るのもいい加減にしろ。今すぐ焼き殺してやる。天照大御神あまてらすおおみかみィ!」


「は? そんなの効かないんですけど! 死に晒せェ!」


 二人の攻撃が同時にぶつかり、凄まじい爆発が起こった。食器は割れ、ガトーショコラの形成した固有結界の宝石が一気に粉砕される。

 これは、俺が止めなきゃいけないのだろうか。


「もう、二人ともやめてくれ。一旦ストップ!」


 腰に手を当て、いつでも変態できるような姿勢で叫んだ俺は二人に続ける。


「せっかくバーニングさんも家族になったんだから、争わないでくれよ」


 俺は別に戦いたいんじゃない。もちろん、悪は滅するべきだと思っているしそう教わって育った。でもそれ以上に守らなくてはならないものがあると思う。それは家族だ。大切な仲間だ。俺と佐藤亜月とバーニングさん、この三人はもう、シェアハウスをする家族なんだ。そして、未だに認めたくはないがガトーショコラだってそう。佐藤亜月の中に潜む邪悪の化身であることは間違いないが、それ以上に彼女を守ろうとしてくれる存在なんだ。

 俺は、どこかでヒーローとしての道を踏み外してしまったのかもしれない。敵に対して甘くなってしまったかもしれない。だが、それでいい。もしかしたら、戦わない形で掴める平和もあるかもしれない。


「なら、お婿様。教えておくれ」

「そうよダーリン、答えて頂戴?」


 二人は同時に問いかけた。


「どちらを選ぶのじゃ?」

「どっちを選ぶの?」


 俺は、まっすぐ二人を見つめて、はっきりと答えた。


「俺が好きなのは、佐藤亜月さんだ。だから二人を選ぶことは出来ない」


 それが俺の答えだ。俺が好きなのは佐藤亜月さんだけなんだ。彼女に一目惚れしてから、俺の心は変わらない。もし仮に付き合えるのなら、それは佐藤亜月さん以外他に居ない。それ以外の人は、何があっても選ばない。


「それは……この小娘が寄生している少女か? ここの家主の?」


「あぁ、そうだ」


「お主、この家に住んでいるのは、そういうことだったのか……」


「……別に好きになったから家に住んだわけじゃないけど、ただ、まぁ、好きになっちゃった」


 少し恥ずかしくなって答える俺に、ガトーショコラは頷いた。


「ダーリンは、ずっとそれだよね。うん、わかってたよ。アタシなんかより、亜月ちゃんを選ぶって」


「なるほど、妾達はそもそも、選ばれる資格もなかったということであったか」


 二人は、そっと顔を見合わせて小さく頷いた。なぜだろう、なんだか二人とも仲が良くなったように見える。というか、目的が一致したような?


「ならダーリン、提案があるんだけど」


 ガトーショコラは笑顔で俺にそう言った。


「妾達のことは、第二第三の側室として扱ってはくれぬだろうか?」


 ん? 側室……? なんだ側室って。


「つまりね、ダーリン。アタシたちは、ダーリンの浮気相手なの」

「お主の恋が叶ったとしても、妾達のことをその次に愛してくれればよい」

「アタシたちはダーリンのことを本当に愛しているの」

「故に、お主の第二の嫁にしておくれ」

「つまりね、ダーリン」


 ガトーショコラはそっと顔を近づけて、耳元で囁いた。


「ハーレム、作っちゃおうよ」


「な、なにを言ってるんだお前たち!」


 驚きのあまり後退る俺を見て、二人が仲良さげにクスクスと笑う。そしてガトーショコラは悪魔的笑みを浮かべて続けた。


「ダーリンがアタシたちのことを第二の嫁として扱ってくれる限り、アタシたちはこの町に危害を加えないわ」

「むしろ、お婿様のためとあらば力を貸すと約束しよう。幸運なことに、妾は今もなお神通力が使えるようであるからな」


 なんて返したらいいのか分からず言葉を選んでいると、突然家のチャイムが鳴った。


 ――ピンポーン。


「あ、お迎えが来たみたいだね♡」

「では、今後はそういうことで、よろしく頼むぞ、お婿様」

「愛してるよ、ダーリン♡」


 ガトーショコラの圧が消え、結界が消滅する。破壊されたと思っていた家具も元に戻り、目の前に座っているのは、白髪を揺らし漆黒の瞳できょとんとこちらを見つめる佐藤亜月になった。


「どうしましたか、松本さん? 私の顔に何かついていますか?」


「あ、いや。何でもないです」


 慌てて目線を落とし紅茶を口にした途端、再びチャイムが鳴って、玄関口から細柳の声が聞こえてきた。


「松本殿ー! 起きていますかなぁ?」

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