第163話、ガトーショコラの現れたわけ。

 バーニングさんとガトーショコラの直接的な対面は少ない。それでも、バーニングさんにとってガトーショコラの脅威は染み付いているらしい。

 食卓の席で突然現れたガトーショコラに対して、バーニングさんは赤髪を炎のように逆立てながら眼力を放つ。

 そういえば、鏡が割れてしまった彼女は今でも神通力を使えるのだろうか。


「もー♡ 別に今からおばさんを殺すわけじゃないんだからぁ♡ 落ち着いて♡」


「おば、おばさんじゃと!」


 激高したバーニングさんの肩を必死に掴んでなだめながら、俺はガトーショコラに問いかける。


「何しに来たんだよ」


 すると、ガトーショコラは意外な言葉を口にした。


「ダーリンが元気か、気になっただけだよ♡」


「……は?」

「なんじゃ、それだけなのかえ?」


 俺とバーニングさんが同時にキョトンとする。俺はガトーショコラのことを何一つ理解できていないらしい。てっきり怪人フラワーを世に放つラスボスなのだから、それなりの大義名分や野望を持って姿を現すものだとばかり思っていた。


「わ、妾はお主のこと、分かるぞ。同じ匂いがする。大きな野望のために全てを犠牲にする覚悟の匂いじゃ。妾がその昔、いつも嗅いでおった匂いと同じじゃ」


「もー♡ 信用されてないなぁ♡」


「当たり前であろう。お主の力量は魑魅すだまを通して見ておった。お主、妾の持つ魑魅魍魎ちみもうりょうの中で最も強い魑君ちくんを相手に、飄々ひょうひょうとふざけておったではないか」


 それは俺も見た。ガトーショコラの事だから、きっと複数のフォルムを所持しているはずだというのに、あの日の戦闘で彼女が使ったのはほとんどアクアマリンの力だけだった。それだけで敵を圧倒し、なんなら半分遊んですらいた。そんな印象だ。


「お主にかかれば、今この朝食席を台無しにすることなど簡単なはず。故に妾は信じられぬのだ。何をしに来た」


 ラスボス同士だからこそ分かることがあるのだろう。俺が考えていた以上に、バーニングさんの警戒は鋭かった。


「もー♡ 何も無いんだってばぁ♡ ただ、ダーリンは気づいていると思うけどぉ、死にかけてたダーリンを治してあげたのはアタシなんだよぉ? だから、元気してるか気になっただぁけ♡」


「な、なるほどな。そういうことか。確かに俺の体は黒焦げで、生きてられるかどうかも怪しかったって聞いたよ。今こうして当たり前に朝ご飯が食べれてるのは、ガトーショコラ、君のおかげだ。ありがとう」


「えへへ♡ なんかちゃんとお礼言ってくれるなんて思ってなかったから、すっごく嬉しい♡ ほんと、元気そうでよかった♡」


 ガトーショコラは満面の笑みを浮かべて紅茶をもう一口すする。そして目線をバーニングさんへ移した。


「そんなことより、おばさんちゃんと謝ったの?」


「ギクッ」


 途端にバーニングさんは虫の居所が悪いといった様子で目線を泳がせる。しかし、ガトーショコラの追求は止まらない。


「ねぇ、アタシに嘘はつけないんだよぉ♡」


 一瞬激しく輝いたかと思うと、ガトーショコラはダイヤモンドの衣装に身を包んでいた。ダイヤモンドショコラが使う常時発動型空間魔法の真実金剛石トゥルーダイヤモンドは、一定空間内で嘘をついた人間の炭素をダイヤモンドに変換する。臓器や筋肉なんかに突然ダイヤモンドが生えてきて、凄まじい激痛を伴うのだ。


「いや、その」


「ほぉらぁ♡ おばさん♡ 素直にちゃーんと言わなきゃわかんないよぉ♡ ごめんねって言えたのぉ?」


「……ま、まだじゃ」


「そっかぁ♡ なら……」


 ガトーショコラの眼力が強くなる。一瞬張りつめた凄まじい殺意に、背筋が凍った。


「ちゃんとごめんなさいしないとねぇ?」


 ガトーショコラの突き出したステッキの先がキラリと輝く。バーニングさんは小さくコクコクと頷くと、ゆっくり俺の方を向いて泣きそうな顔をしたまま頭を下げた。


「その、松本ヒロシ。妾のせいで苦しい思いをさせてしまい、すまなかった」


「謝るだけでいいのぉ? なら再犯もありそうだねぇ♡」


「いや、いやや、そ、その。松本ヒロシ。今ここで誓う。わ、妾は今後お主やお主の大切にしている世界に危害を加えぬ。これから先は、バーニングという名を持つ一人の女として、ただ生きていく。どうか許してくれ」


 俺はなんて返したらいいのか分からずただ呆然とそれを眺めていた。しかし、ガトーショコラは満足したらしい。満面の笑みでうんうんと頷いていた。


「そこでじゃ、松本ヒロシ。妾は一人の女として今後生きていくことにした。妾を見つけてくれ、神ではなく一人の女として救ってくれたお主に、どうしても伝えたいことがある」


「は、はい。なんでしょうか」


 少しだけ、嫌な予感がする。


「松本ヒロシ。妾はお主に惚れた。お慕いしております。どうか、妾の婿になってはくれまいか」


 婿ってのは……旦那さんってことだよな。結婚? は? いや、え!?


「えぇ!?」

「ちょ、ダーリンはアタシのなんだけど!?」


 俺とガトーショコラが同時に驚く中、バーニングさんは真剣な面持ちでハッキリと言った。


「好きじゃ、松本ヒロシ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る