第158話、ミキ様からの重大な話。

「……な、なんの話しでしょう。これは多分、俺の能力で……」


 ミキ様はじっと俺の表情を睨みつけていた。もしここで少しでもボロを出せば、まずい気がする。俺がヒーロー協会に申請したトランス能力の詳細は、むしろ彼女達の方が把握しているはずだ。本来ありえない超回復を病室で発現してしまった以上、ヒーロー協会としても警戒しているだろう。

 俺の新たな能力だと判断してもらえれば、成長を喜んで貰えるはずだ。事実、これまで様々な星座を手に入れる度に報酬を貰っていた。しかし、もし俺の怪我が回復した理由に気づかれてしまってはどうだろう。もしそれが、今K市を脅かしている怪人フラワーを世に解き放ったラスボスのものだとバレたら……。

 俺は本来敵である存在と裏で繋がっていたことが露見するわけだ。タダで済むはずがない。


「ミスター鬼龍院の能力は呼吸により体細胞内で形成されるATPを星座の力で体表面に出力し、宇宙塵エイリアンが持つ力へ変換することで発言するモノだと聞いていマス。その能力はオリオン座をベースに、魚座、牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座、獅子座、乙女座、天秤座、蠍座、蛇使座、射手座、山羊座、水瓶座の計十四種と伺っていマス。それに変更はありマスか?」


「い、いえ。ありません」


「でしタラ、不思議なんデスよね。ミスター鬼龍院の使用する能力に超回復と近しいものは見当たりマセん」


 口いっぱいに拡がった唾液すら飲み込めずに、俺は表情を笑顔に固定して首を傾げた。


「ほんと、ラッキー、でしたよ。体細胞内で生成されたATPが、回復にも役立つのかも知れませんね?」


「……」


 ミキ様はゆっくりと俺から距離を置いて、小さく頷くと、初めて笑顔を作って見せた。あまりに冷たい笑顔に、どっと冷や汗が溢れ出す。

 しかし、彼女はどうも満足したらしく、踵を返してブラックオペレーターズと共に病室を出ていってくれた。


「ぷはぁ、緊張したぁ……」


 俺はそのままベッドに腰を下ろすと、天井を見つめる。なにか、抜けてるところはなかっただろうか、気づかれるようなことを言っては居ないだろうか。自分の言動を振り返りつつ、そっと横を見ると、看護婦さんも同じように汗をかいて座っていた。


「こ、怖かったですね」


 俺がそう話しかけると、彼女は小さく頷いた。


「ヒーローの世界も、大変そうですね」


「ははは、ほんと。命がいくつあっても足りないです」


 つい先日まで死にかけてた俺にしては、気の利いたジョークを言えたと思う。


「あぁ、言い忘れていマシた」


 突然ミキ様が病室に顔を出し、俺と看護婦さんは慌てて背筋をピンと伸ばす。彼女の口調は丁寧なのだが、表情がピクリとも動かないのだ。そのポーカーフェイスぶりに、何を考えているのか勘ぐってしまう。要するに、凄まじいプレッシャーに晒されてしまうのだ。


「な、なんでしょうか!」


 俺がそう返すと、ミキ様は顔だけひょっこりと出したまま続けた。


「ミスター鬼龍院のご友人並びにご家族等への事情聴取をブラックオペレーターズへ依頼したところ、特に怪しい点はありマセんでシタ。むしろ気持ち悪い程に健全で、完全にミスター鬼龍院の功績でアルと確信が持てマス」


「は、はぁ……?」


「つまるところ、ミスター鬼龍院刹那の功績は、転居してカラたったの一ヶ月で絶大なる成績ということデス。これはK市に住まうどこの誰よりも大きな功績と言えるデショう。自分の管轄するブラックオペレーターズでスラ把握出来なかった魑魅魍魎ちみもうりょうたぐいの他、複数の怪人フラワー撃破も報告に上がっていマス」


「は、はい。本当に偶然かなーなんて、思ってます」


「いいえ、これをたかだか偶然で片付けることはできマセん。故に、近いうち視察を兼ねて、ミスター鬼龍院の実力を調査するプラチナクラスのヒーローを派遣いたしマス。場合によっては、ミスター鬼龍院のランク変動も考えていマスので、お楽しみに」


「……それってつまり」


 一瞬俺は期待を胸に抱いた。これって要するにだ。


「ミスター鬼龍院のランクアップを検討していマスよ」


 ミキ様がぎこちない笑みを浮かべたのを見て、俺は嬉しさのあまりガッツポーズを取った。


「やったぁぁぁ!」


「ちなみに、既にミスター鬼龍院のランクはゴールドランクからダイヤランクまで上げさせていただきまシタ。ダイヤランクからは、戦闘に応じて発生した損害の全てを教会が受け持ちマスので、入院費等もお気になさらず。月末のお給料を楽しみにしていてくだサイね」


 ミキ様はそう言って、病室の扉を閉めた。


 つまりだ、俺は魑魅魍魎撃退で貢献した功績から、ランクアップ。待遇がさらに良くなったというわけだ。


 あまりの嬉しさに、鼻歌交じりで身支度を始めた俺を見て、看護婦さんはよく分からない様子で「良かったですね?」と言ってくれた。


「はい! ありがとうございます!」


 その日の内に両親へ連絡を済ませた俺は、最後の病室ベッドで熟睡を決め込むことにした。


 そして次の日の朝、目が覚めるとそこには。


「おはようございます、松本さん、迎えに来ましたよ」


「え、佐藤さん!?」


 愛しの人が、わざわざ迎えに来てくれていた。


「退院したてですから、一人での移動は難しいかと思いまして」


「妾も来たぞ!」


 拝啓お父さん、お母さん、俺は遥か遠いこの土地で、どうやら上手くやっていけそうです。

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