第157話、病室に現れたスーツたち。

 俺の退院が無事に決まったのは、佐藤亜月からリンゴを食べさせてもらった日から三日ほど経過した日の午後だった。


「明日退院許可が降りたので、荷物まとめておいてください。それと、ご家族への連絡は自分でなさりますか?」


 俺の包帯を外し終えた看護婦さんが、唐突にそんなことを言った。


「え、あ。はい。自分で連絡します」


 すっかり失念していたが、俺は死ぬ寸前だったのだ。病院側は俺の身元が特定できたその日のうちに、両親へ連絡を済ませていたらしい。しかし、実家がかなり遠いことや、父のヒーロー業務が忙しい事なども相まって、お見舞いに来てくれることは無かった。

 父も母も、俺がヒーロー活動をしていることからいつか大怪我をすることは覚悟しているだろう。それに、地元で宇宙塵エイリアンと戦っていた時だって、俺は何度か戦闘不能にまで陥ったことがある。

 心配こそしてくれているだろうが、それ以上に信頼してくれている。俺が生還することを。


「えっと、明日の何時頃に出ればいいですか?」


 そう問いかけると、看護婦は朝の10時までに出ていって欲しいと言ってくれた。入院費や治療費などは既に支払いが済んでいるそうで、気にする必要は無いのだとか。

 ん?


「もうお金払ったんですか?」


 俺はまだ、保険証もヒーロー証明証も提示していない。


「はい。本日いらっしゃいました、確かミキさんだったかな……。女性の方が、細かい手続き全部終わらせていましたよ」


「ミキさん……?」


 誰だろう。全く分からない。

 いや、どこかで耳にした覚えがある。


「ご家族ですか? 結構お若い方でしたね。お姉様とかでしょうか。あ、足の包帯も外すんで少し上げてください」


 俺は看護婦の指示に従って両足をそっと浮かしながら記憶を辿ってみた。

 ミキ、ミキ、ミキ。どこで聞いたんだったか。かなり古い記憶だった気がする。

 たしか、ヒーロー協会の入会試験を突破した日だったような……。


「はい、包帯はこれで全部外し終えました。気になるところはありますか?」


 看護婦にそう問われ、適当に体をかいてみる。痛くない。違和感もない。ガトーショコラの回復魔法は紛れもない最強技だ。


「大丈夫そうです。ちょっと痒い程度、ですかね?」


「シャワールームに後で案内しますね」


 そう言いながら包帯を全てまとめた彼女は、まじまじと俺の体を見つめる。


「あ、あの。なにか着いてますか?」


「あぁ。いいえ。ただ、あれだけの大怪我をしていたのにたった一週間で感知するなんて、やっぱりヒーローって凄いんですね」


「あはは、ほんと。俺もビックリです」


 頬笑みを浮かべてそう返した瞬間だった。


 ――ビシャンッ!


 病室のドアが勢いよく開け放たれ、漆黒のスーツに身を包んだ男が二人入ってくる。彼らはキョロキョロと辺りを見渡し、俺を見掛けるや近づいてきて胸から手帳を取りだした。


「君がヒーローネーム鬼龍院刹那きりゅういんせつなで間違いないかな?」


 彼らが手にしているものは、紛れもなくヒーロー協会本部直属ヒーロー、ブラックオペレーターズのものだった。

 俺は慌てて立ち上がると敬礼の仕草をとる。


「はっ、はい! 今年の四月からK市にて活動許可をいただき、怪人フラワー戦の任務を受け持っております、松本ヒロシ、ヒーローネーム鬼龍院刹那であります!」


 相手は大都会K市の平和と安定を維持し続けている紛れもない大先輩だ。こうして直接お会いできることが奇跡と言ってもいい。本来であれば富裕層階級の住む地域を中心に活動している最終防衛ラインの方々。どうしてこんな所に。


「間違いないそうです。ミキ様」


「そうデスか。失礼しマス」


 スーツを着た男の合図を受けて、ピッチリとしたスーツを着た女性が入ってきた。白髪に橙色のメッシュが入ったロングヘアーの女性だ。右目には黒の眼帯をしている。ミキと呼ばれたその女性を見て、俺は過去の記憶を思い出した。


「ヒーロー協会本部最高司令官……ミキ様!」


「自分のことを存じ上げてまシタか。それはそれは、ありがとうございマス」


「し、知らないわけないじゃないですか。ってか……もしかして」


 ふと看護婦さんの言葉を思い出した俺は、恐怖で鳥肌が立った。


「お、俺の入院費とか退院手続きとか、そういう諸々……やっていただけたのですか?」


 ミキ様はじろりと俺の方を見てから、冷たい表情のまま首を傾げる。


「何かまずかったでショウか? 自分に出来ることはこの程度デスから。それよりも、ミスター鬼龍院のお話はかねがね聞いておりマス。近頃大量発生しつつあった魑魅魍魎ちみもうりょうたぐいを召喚せし宝具、八咫鏡やたのかがみを単騎で破壊。現場にいあわせた一般人三名の命を守りきったと。素晴らしい功績デス」


 一般人三名というのは、佐藤亜月、細柳小枝、バーニングさんの事だろう。ただの被害者として誤魔化したのか。上手いことやったな。


「自分も奴らの動向を追っては居たのデスが、足取りが掴めませんデシた。平和を手にしたのは、紛れもなくマスターのお陰デス」


「そ、そんな。俺はただ、無我夢中で……」


「そうデスか。素晴らしい正義感デスよ。ところで……」


 彼女は無表情のまま俺の耳元にまで顔を近づけると、横目で俺を睨みながら小声で尋ねた。


「その超回復、やってのけたのは誰デスか?」


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