第156話、意外な看病人(下)
「佐藤さん、ありがとう」
俺がそう返すと、佐藤亜月は小さく首を横に振った。
「私、本当に何も覚えてないんです。ただ、無我夢中で警察とヒーロー協会に連絡して、松本さんは多分助からないだろうって言われて……」
俺は、そんなに酷かったのか。
「その、俺の体って、どんな感じだったんですか?」
俺の問いかけに、佐藤亜月は少し押し黙ってから、そっと教えてくれた。
「その、私が見た時は、誰の体か分からなくて。髪の毛も燃え尽きてたし、目も無いみたいだったし、焼け爛れるというか、ほとんど炭みたいに黒焦げで、えっと。脇の下とか、膝とか、そういう所だけ赤黒い感じで湿ってて、匂いが、なんか。危険な感じで……」
俺は余計なことを聞いてしまったかもしれない。
「ご、ごめんなさい。もう大丈夫、大丈夫だから。……そっか、俺、そんなに酷かったんですね」
改めて自分の体を見てみるが、肌は綺麗だ。どこかが焼け爛れた様子は無い。疼くような痛みも無いし、目も鼻も口もしっかり機能している。
「病院に運ばれてからも、どうなるか分からない状態だって言われて。歯型がヒーロー名簿にある鬼龍院刹那と一致したって先生に言われたんです」
「あぁ、ヒーローは歯型や指紋や血液型、その他DNAなんかも記録しますからね……」
「えぇ。それで私、松本さんだって気づいたんです。その時は本当に気が動転して……」
「ご心配を、おかけしました」
申し訳ない気持ちではち切れてしまいそうだ。佐藤亜月におぞましいものを見せてしまい、その上不安を抱かせてしまった。
「本当ですよ。私、大切なルームメイトが死んじゃうんじゃないかって、不安で不安で。でも、そしたら急になんです。急に松本さん、私が面会許可を貰って様子を見に行った次の日に、怪我が治ったって連絡受けて……。私が面接に行った日は、今夜が峠だから最後に声だけでも聞かせてあげてなんて言われたんですよ。なのに、次の日になったらほとんど全回復で……」
なるほど、俺が今こうして意識を保てて、かつ痛みをそんなに感じない理由が分かった。ガトーショコラの魔法だ。大都会K市の病院はそのほとんどがヒーロー協会の管轄内にある。
ガトーショコラからしてみれば、敵の本拠地と言って過言じゃないはず。そんな危険な場所であるにもかかわらず、俺のために魔法を使ってくれたということか。
「私……その、本当に何が何だか」
不安げな表情を浮かべている彼女の様子から、恐らく病院側に色々聞かれたのだろう。特異能力を使ったのではないかとか、そういうことを。なにせ、完全に死にかけている俺が、佐藤亜月の看病直後にほぼ完治したとあってはヒーロー協会だって黙ってはいないだろう。佐藤亜月の特異性について調べ、場合によってはスカウトも行うはずだ。
今まで俺の看病に誰も訪れなかった理由もこれで合点がいった。俺の知り合いを名乗る人物一人一人から調書を取っていたのだろう。能力者を炙り出すために。
しかし、俺は彼女のことを知っている。俺の傷を治してくれたのは、佐藤亜月の中に隠れているガトーショコラだ。佐藤亜月はただの一般人。
「そうでしたか。なんだか、奇跡みたいな話ですね」
俺はそう言って彼女に微笑んだ。
「奇跡……? 奇跡であんな傷が治るのでしょうか……。いや、そもそも私、遊園地に行く予定なんてなかったはずなのに、どうしてあんな場所に居たのか……。もしかしたら私がおかしくなっちゃったんじゃないかって不安で」
どうやら、佐藤亜月の中では不安が大きくなっているらしい。それもそうだろう。
「俺のトランス能力は呼吸から生成されるATPのエネルギー変換なんですよ。もしかしたらそれで傷が回復したのかも。あと、佐藤さん忘れちゃいました?」
俺は、とぼけることにした。彼女を守るために。
「俺たち、ルームメイト三人で遊園地行こうって話したじゃないですか。懇親会も兼ねて。ね、バーニングさん」
話題をバーニングさんに振り、ウィンクする。彼女は腐っても神様。人の願いを聞くことに関しては得意なはずだ。
「あぁ、でいとはとても楽しかったなぁ!」
ダメだ、多分この人理解していない。
「わ、我も三人の姿、この目で見ていましたぞ!」
突然、細柳が声を発した。あぁ、そうか。彼はガトーショコラの姿を目にしていたんだ。そして、よく分かっていないにもかかわらず口裏を合わせようとしてくれているらしい。
「恐らく、
「あ、あぁ。俺もそう思う。もしかしたら、楽しい記憶の一部を食うタイプの敵だったのかもしれない」
「そ、そうでしょうか……」
佐藤亜月はまだ不安気だった。だが、恐怖は薄れたみたいだ。
「なら、改めて俺たち三人で、どこか思い出作りに行きましょうよ、今度は少し離れた街の遊園地とかに」
「……そ、それもいいかもしれませんね」
そう言って微笑んだ佐藤亜月の可愛い表情に、思わず俺は遊園地デートを期待して胸がドキッとした。
「さささ、佐藤どの、リンゴは我が切っておきました故、手足の使えない松本くんに食べさせてあげてください」
「へっ? 私がですか?」
「佐藤どのが一番松本くんに近いですからな!」
そう言って無理やり佐藤亜月にリンゴを押し付けた細柳は、俺にしたり顔を向ける。
うーん、グッジョブ、細柳小枝。お前は立派な親友だ。
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