第154話、目覚めたるは病室の中。
「松本さん、お客さんですよ」
看護婦さんの言葉に、俺はゆっくりと顔上げた。俺は今、町一番の大型病院に閉じ込められている。全身包帯でぐるぐる巻きだ。それもそうだろう。凄まじい戦闘で俺の体はボロボロだったのだから。むしろ、生きている方が奇跡らしい。
悲しいことに、あれから一週間病室のベッドから動けなかった。もちろん学校は強制的に休み。ヒーロー活動だってできない。ただただ、入院費が流れ出ていくばかりだ。
ガトーショコラから貰ったダイヤモンドも、通貨にしてしまえばあっという間に消費されていく。気がつけばその大半は戦闘で消耗してしまった。きっと残った分も、入院費用で消えてしまうことだろう。
それになにより、ここ一週間俺は寂しさで死にそうだった。両手両足包帯に巻かれ、外に出ることは愚か携帯端末で誰かに連絡することすら出来ない。
お見舞いに来てくれる人もいない環境、ただ病室のテレビを眺めるだけな生活には飽き飽きしていた頃だ。
――スッ。
スライドタイプのドアが静かに開いた。そこには、まるまると太った男が立っている。
「なんだ、
「な、なんだとは失礼ですぞ! それに我の名は
病室には相応しくない声で彼は名を発する。そんな彼の肩を、隣にいた看護婦がポンっと叩いた。
「あっ、これはまた、失敬」
細柳は慌てて頭を下げると、ハンカチで額の汗を脱ぐう。それからズケズケと病室内に入ってきて、目の前に果物を置いた。
「災難でありましたな、それにしても、生きててよかった」
「……お前もな」
俺がそう答えると、彼は満足そうに頷いてから窓側の棚に果物を並べる。リンゴ、リンゴ、リンゴ、リンゴ、全部リンゴだ。
「お前リンゴ以外持ってきてないの?」
「風邪をひいた時はリンゴと相場が決まっているであります」
「俺風邪じゃねぇよ、どこをどう見たら風邪に見えるんだよ」
「なに!?」
彼は慌てて俺の顔をじっと見つめ、それから首を捻った。
「いやなんで分かってねぇんだよ。風邪で一週間休んでたまるか!」
「はっはっは、冗談であります。それより、あの日は我を助けてくれてありがとうございました。我の記憶も曖昧でありまして、ただ、どうも記憶の中だと我、火達磨になった気がするであります」
彼の言う通りだ。あの日、バーニングさんの眼光を直接浴びた彼は全身が発火した。常人なら焼け死んでいたことだろう。
「いや、あれを助けたのは俺じゃないよ」
「ほぉ、では誰が?」
彼の問いかけに、俺は「さぁ?」とだけ答えた。ガトーショコラの名前は、出しちゃいけない気がした。彼女はまだヒーロー教会が特定していない、
それはすなわち、ガトーショコラが体を利用している少女でもあり、俺が片思い中の佐藤亜月に被害が及ぶけで。それだけは避けたかった。
それになにより、今回の戦いはガトーショコラの協力が無ければ勝てなかった。確かに彼女は大都会K市を恐怖のドン底へ叩き落としたラスボスではあるが、それ以上に俺の戦友となっていたのだ。
「親切なヒーローが、助けてくれたんだよ」
「有難い話でありますが、どうして松本どのは助かってないのでしょうか」
「それは……」
ガトーショコラがバーニングさんに負けて、佐藤亜月に戻ってしまったから、回復魔法をかけて貰えなかった。とは言えなかった。
「タイミングの問題、かな」
「なるほどでありますなぁ」
適当に誤魔化したことを察したのか、彼は適当な相槌を打つ。それから、ナイフを片手に、リンゴを一つ手に取って皮を向き始めた。器用なもんだ。スルスルとリンゴが丸裸にされていく。意外な特技を披露しながら、彼は話題を変えた。
「佐藤亜月さんのことは、耳にしましたかな?」
「佐藤さん?」
俺が首を捻ると、彼は少し眉尻を下げた。
俺は、この病院に運ばれてからしばらく気を失っていた。目が覚めると全身が包帯まみれで、身動きは取れず、看護婦さんの世話になる以外何も出来なかった。もちろん、あの後どうなったか、遊園地に関する情報も聞いていない。
もしかして、佐藤亜月の身に何かあったのだろうか。ガトーショコラからトランスが解除され、その後繰り広げられた激しい戦闘。もしかしたら彼女も巻き込まれてしまったのかもしれない。
そう思うと、不安で心がいっぱいになってしまった。
「佐藤さんは、佐藤亜月さんはどうしたんだよ……痛ッ……つぅ」
無理に体を動かしたせいで、ズキリと全身が痛みを訴えた。
「まぁまぁ、まだ安静にしてくださいな。我も詳しくは知らないのでありますが、どうにもね……」
細柳小枝はリンゴを向き終わると、食べやすい大きさにカットして持参したであろう紙皿の上に並べた。
そしてゆっくりと顔を病室の入口に向けると、声を発した。
「いつまでそうしてるでありますか、はよう入ってきてくださいな」
彼が声をかけた方を見ると、どうやら扉に小さな隙間が空いているようで、そこから可愛い瞳がこちらを見つめていた。
扉はゆっくりと開き、現れたのは佐藤亜月。
俺は思わず、ほっと胸を撫で下ろした。
「佐藤さん、無事、だったんですね」
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