第153話、天照大御神は死んだ。

「天照大御神様、この世を支配される覚悟は決まりましたか?」


 俺の口から勝手な言葉が溢れ出る。俺はそんなことを望んでなんかいないのに。


「わ、妾は……」


 視界に映るバーニングはんは、砕けたガラスの破片を持ってただ絶望の表情を浮かべていた。


「妾はただ……妾のことを誰かに見つけて欲しくて……」


「だから見つけてあげたでありんす。わっちたちがどれほどの時間をかけたか考えておくんなまし。朕らは天照大御神様の残された残り香だけを頼りに探し続けた。ただ隠れん坊を続けていたのはあなたであろうに。まるではるか昔に弟君に愛想を付かし洞窟へ隠れた時と変わっていない。わっちらが存在意義を与えるその日まで自分探しと偽って全てから目を背けていたあなたのままでありんす」


「違う……妾はただ、ただ一人の女性として扱って欲しく――」


「――それは無理でありんす」


 俺の体が一瞬でバーニングさんに近寄り、彼女の眼球をじろりと覗き込む。澄んだオレンジ色の瞳孔がギュッと小さくなり、彼女の体が震えているのが分かった。


「天照大御神様、君は元より神としてこの世に生み出された存在である。その役目はただ一つ、貴方様を求めている存在のために力をお使いになられることでありんすえ。ほうれ、朕が鏡を直してしんぜよう。これからでもこの世界は貴方様だけのものに出来るでありんすよ」


 そんな事しなくていい。バーニングさんはバーニングさんだ。ただの、怒りっぽくて自由気ままな女性だ。それを俺は知っている。勝手に俺の体を使って彼女をそそのかすな。

 と、どんなに叫んだとしても、俺の言葉は彼女に届かない。俺は俺の体の奥底に閉じ込められて、手も足も自由に動かせない。


「妾は……」


 バーニングさんは、じっと俺の瞳を見つめ返しながら鏡を握りしめた。割れたガラスの破片が彼女の手を切り、赤い雫がぽたりと地面に垂れる。


「妾は、松本ヒロシを信じる」


「はは、何をおっしゃ――」


 ――それはあまりに一瞬の出来事だった。俺の視界が消滅した。何が起きたのか分からない。遠くからつんざくような悲鳴が聞こえてくる。いや、この声は俺の声だ。俺の体を乗っ取った魑魅すだまの叫び声だ。


「な、何をする! わっちらに反旗を翻しおるとは!」


「妾には、もう居場所があるのじゃ!」


「居場所? ははは、何をおっしゃる。貴方様の居場所は元より朕らと同じ冥府と決まっておろうが。わっちらの仁義を踏みにじるつもりでありんすか、天照大御神様よ!」


「よいか、よく聞け愚民ども!」


「愚民……!?」


「天照大御神は、死んだ!」


 ハッキリと、強い意志を持ったバーニングさんの声が聞こえる。俺の肉体を魑魅の力で回復させたのだろう。視界が段々と戻ってきた。

 そして、俺はバーニングさんの真の力を目の当たりにする。


「妾はな、とっくの昔に受け取ったのじゃ。妾を見つけ、でいとに誘ってくれた男の恋文をッ! 妾の居場所を!」


 彼女は右手に握りしめていた遊園地のチケットを見せつけながら、鋭い眼光をこちらへ向ける。


「それを疑い恐怖していたのは、単に妾の愚かで幼稚で弱すぎる心が故。うぬらのために、妾の愛する男が守りたいと思った街を犠牲にするなど、笑止千万! 妾は、松本ヒロシを守る。この男が守りたいと願ったこの街を守る。妾は神としてでなく、一人の女として守るのじゃ!」


 突如、俺の体は凄まじい炎を帯びた。それだけでは無い。周囲の瓦礫が溶岩のように溶け、形を変え、鋭い刃となってこちらへ向かって飛んでくる。四方を完全に囲う形でだ。


「くっ、放電ッ!」


 俺の体を操る魑君は慌てて牡羊座エリースの能力を発動させる。しかし、バーニングさんの方が何倍も強かった。


「勢いが、止まらないッ!」


 俺の体を貫通するコンクリートの刃は、突き刺さると同時に爆発し傷口をえぐった。


「グォォォォォッ! 魑魅魍魎ちみもうりょうに残りはおらぬかえ!」


「生憎じゃな、その辺におった雑魚は既に浄化しておるわ!」


「なに!?」


「妾は元太陽神。名をバーニング。唯一無二の灼熱を操りし女。妾の魅力に焼かれて死ぬがよい。何せ妾はお主らに、激おこプリプリ大噴火であるッ!」


 突然、俺の体が灼熱に耐え兼ね弾け飛んだ。全身を覆っていたアーマーは完全に弾け飛び、強制的にトランスが解除される。眼球は沸騰し、喉は枯れて声が出ない。露出した肌や衣服は瞬時に墨となり、鼓膜は消滅した。

 何も見えず、聞こえない。痛みすら感じない。

 ただ、俺の体を乗っ取っていた魑魅の二人が苦しさのあまり叫び続けている振動だけが伝わった。


「し、死ぬ……」


 魑君の声が聞こえたかと思った途端、俺の首筋にあった違和感が消えた。

 体の自由が帰ってきた感覚がして、直後想像を絶する痛みに意識が飛ぶ。


 何も見えない、何も聞こえない。ただ、バーニングさんに抱きしめられているような感覚だけはハッキリと感じた。


 俺は最後の力を振り絞って声を発する。


「……おかえり」


 鼓膜はとっくに焼ききれたはずだった。それでも、俺の耳は彼女の言葉をハッキリと聞き取る。


「あぁ、ただいま。マツモトキヨシ」


 俺は思わず笑顔を見せて、松本ヒロシだっつーの、と答えた。

 そこから先の記憶は、無い。

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