第152話、呪いに晒されてしまった。
「あれ、俺は一体……」
視界が急に暗くなった。何も見えない。遠くから声が聞こえる気がした。
「ダーリン? どうしたのダーリン?」
ガトーショコラの声だ。相変わらず妙にイライラする喋り方をしている。
「ダーリン、聞こえる?」
うるさいな、聞こえてるって。それより何だか、眠たいんだ。あと少しだけ、寝かせてくれよ。と、俺は真っ暗な視界の中少しづつ意識をシャットダウンしていった。
何も見えない、何も聞こえない。何も感じない。
ただ、ほんの少しだけ誰かに背中を撫でられた気がした。冷たい指先がそっと背筋を撫でて、そのまま俺の体を覆うように誰かが抱きついてくる。
誰だよ、こんなベタベタと。
「わっちでありんす」
「
俺の意識が急に覚醒する。それと同時に、首周りがズキズキと痛みを訴えた。急に視界がクリアとなり、あまりの眩しさに目が眩んだ。
薄目をゆっくりと開けた俺は、思わず驚愕する。
そこには、鏡を粉々に粉砕されたまま呆然と立ち尽くすバーニングさんと、その横でステッキを俺に向けるガトーショコラが立っていたのだ。
「ガ、ガトーショコラ……? どうしてそんなものを向けて……」
そう口にして気づいた。体が動かない。思うように、動かない。そして俺の口は勝手に動き続けた。
「向けているでありんす? わっちの顔になにか着いてありんすか?」
俺の口から出た言葉は、正しく魅皇のものだった。どうしてこんなことになったのか、全く分からない。ただ、一つだけ理解出来ることはあった。どうやら俺は、魅皇に体を乗っ取られてしまったらしい。
「あんた……アタシのダーリンに何したの?」
「なにも、なーにもしてありんせんよぉ? ただただ旦那様がわっちの呪いを発動させてくれただけでありんす」
呪い……その言葉を聞いて、俺はようやく思い出す。魅皇の話していた交渉材料について。それは、俺にかけた呪い。その効果は恐らく、俺自身の乗っ取り。
「うふふ、旦那様はもう何が起きたか理解出来たようでありんすねぇ、正解でありんす。ただ、理解出来たところで何も出来んせんよ。ただただわっちが旦那様の大切なものを壊す様を見ておておくんなまし」
『トランス・エリース』
ベルトが音声を発する。俺は怒りに支配され、うまく扱うことが出来ないフォルム。それを魅皇はなんの躊躇もなしに発動した。
「はっ、あんたダーリンの能力を何も知らないのね。それならアタシ一人でどうにでも出来るわッ! 聡明な聖女、アクアショコラ」
ガトーショコラも状況を理解したらしい。流石は佐藤亜月の体を乗っ取ってラスボス活動しているだけのことはある。人を乗っ取ることに関しては敏感なのだろう。
そして、ガトーショコラの言う通り魅皇は俺の能力を理解していない。確かに
さらにガトーショコラのアクアマリンが使う常時発動型空間魔法、
「あはは、これは確かに、常人には耐え難い怒りでありんすねぇ」
動かなくなる、はずだった。
「でも、わっちには効かない様子でありんす」
「そんな馬鹿なッ!? きゃあっ!」
俺の――というか魅皇の――回し蹴りがガトーショコラにヒットした。それと同時に凄まじい電撃が発生し、彼女が一瞬輝いたかと思うと凄まじい勢いで吹き飛んでいく。俺の体とは思えないキレのある攻撃に、ガトーショコラも耐えきれなかったらしい。凄まじい土埃をあげて壁にめり込んだ彼女を視界に収めると、俺の体は地面を強く蹴った。
――バヂヂヂヂィッ!
凄まじい電撃音が鳴り響くと同時に視界がチカチカと点滅を繰り返す。放電による反射エネルギーを利用して一気にガトーショコラへ突進したらしい。俺のヘルムに生えた羊の角は高電圧を帯電させる。
ガトーショコラ、これを食らったらまずい。擬似的なトランスインパクトだ。オリオンの星を全て消化したにも関わらず、それに匹敵するだけの火力を叩き出そうとしている。
「ダーリン……ごめん、アタシ、守れそうにな――」
「朕にかかればこの程度の技、体さえ奪えば習得など容易ッ!」
俺の口から魑君の言葉が飛び出したかと思えば、俺の体は目の前でステッキを構えたガトーショコラに、高電圧の頭突きを喰らわせていた。
ごめん、ガトーショコラ。俺の体が言うことを聞かなくて……ッ!
と、口にしたかった。しかし口をついて出たのは異なる言葉だった。
「朕をよくも貶めてくれたな。調子に乗りおって。わっちに恥をかかせてくれた借りは返してもらうでありんす」
俺の中に、どうやら
「うるさ……い。アタシのダーリン、返しなさい……よ」
「うるさいのはそちらでありんす!」
俺の蹴りが、ガトーショコラの腹部を踏み抜けた。全く手加減の無い蹴りは、ヒットと同時に凄まじい電撃を放つ。その威力に耐えきれなかったのだろう。ガトーショコラは意識を失ってトランスが解除された。
佐藤さんがいつも身につけている部屋着に戻った。髪の毛も次第に色が抜けていく。
このままだと、関係ない佐藤さんに被害が及んでしまう。
「さぁて、トドメを指してやろうか」
俺の足が再び高く上がった。そこに、背中から声が掛けられた。
「待っておくれ!」
バーニングさんの、情けない声だった。
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