第151話、役目を終えた御神体に右拳を。

「あー、やっと片付いた♡」


 流石はガトーショコラだ。あれからバーニングさんは追加で三体もの魑魅魍魎ちみもうりょうを放出した。しかし、ガトーショコラはアクアマリンの武装だけを駆使して全て薙ぎ払ってしまったのだ。こうして彼女の戦闘スタイルを眺めるのは初めてのことだったが、ヒーローとして勉強になった気がする。敵との間合いや攻撃のタイミング、体の使い方がシンプルに上手いのだ。


「流石だな、ガトーショコラ」


「えへへ♡ でっしょー♡」


 俺がちょっと褒めてやるだけで彼女は満面の笑みを浮かべる。ちょろい。最初の頃彼女に抱いていた恐怖心は、どうやら俺からすっかり抜け切ってしまったらしい。今彼女に抱く感情は、なんと表現するのが適切なのだろうか。


「ほぉれ、松本ヒロシ! お主もこっちへ……来んかッ!」


「うぉあ!?」


 急に俺の体が何かに掴まれたような感覚がした。それと同時に体が宙を浮く。そしてチリチリと火花を散らす全身のアーマー。熱い。

 どうやらバーニングさんの灼熱を応用したものらしい。これが神通力というやつか。


「久々に暴れ回ったからかのぉ、心地よいぞ!」


 そういうバーニングさんは、笑顔で爆炎を発生させる。その炎をガトーショコラが水魔法で消滅させてくれた。


「ほれほれ、妾を倒すと息巻いておったがその程度かえ!」


 俺は拳に力を入れ、彼女に繰り出す。もちろん回避されて無意味だった。


「あははは、惜しい、惜しいのぉ!」


 もう、そこに魑魅魍魎を従えし冥府の神、ラスボスたる天照大御神あまてらすおおみかみは居なかった。ただ、久々に神通力を振り回して楽しむだけの、無邪気な女性がいるだけだ。


「バーニングさん、俺があなたを倒したら、あとは大人しく普通の人たちと同じ暮らししてくださいよ!」


「あぁ、分かっておる。それまでの愉快な余興よ!」


 もう何度目だろうか。俺の蹴りは簡単に回避された挙句、彼女にガシリと捕まれ、そのまま天井に叩きつけられてしまう。俺のカバーとして魔法を飛ばしてくれるガトーショコラだったが、バーニングさんには傷一つつかない。全て回避されているようだ。


 それからしばらく拳を交え続けた俺たちだったが、やはり永遠と戦い続けることは出来なかった。体力に限界が訪れる。俺は全身で息をしながら地面に膝を着いた。ガトーショコラも俺の隣で仰向けに寝そべっている。

 そして、誰よりもこの先頭を楽しんでいたバーニングですら同様だった。彼女は御神体たる鏡をそっと掲げ、肩で息をしながら俺に歩みよる。


「なぁ、マツモトキヨシ」


「俺の名前は松本ヒロシですって。え? 俺またなにか怒らせました?」


「はは、冗談じゃ。なぁ、松本ヒロシ」


 バーニングさんは俺を見下ろしたまま微笑む。


「なんですか、ちょっと、休憩させてくださいよ」


 ゆっくりと状態を起こした俺に、彼女はゆっくりと鏡を差し出す。そして微笑んだ。


「ありがとうな、お主のお陰で、妾は幸せじゃった」


「バーニングさん?」


「妾はずっと寂しかった。対等な関係が欲しかった。誰かに見てもらいたかった。鏡の中に映る神様なんかじゃなく、妾自身を。そして、ようやく妾のことを見つけてくれる人に出会えた」


 彼女の手は、震えているように見えた。


「なぁ、松本ヒロシ、お主は神様ってなんだと思う?」


「え?」


 なんだろう。考えたこともなかった。まぁ、強いて言うなら……。


「世界を作った存在、とかですかね?」


「ふむ」


 バーニングさんは鏡の中で驚いた表情のまま固まる女性をそっと指でなぞった。それから口を開く。


「妾はな、人の寂しさを埋める存在だと思っておる」


「どういう、ことですか」


 そっと顔を上げると、そこには何かを懐かしむような表情を浮かべたバーニングさんが居た。


「お天道様が見ている、という言葉があるであろう。あれはな、人がそうあって欲しいと望んだからだと思うのじゃ。人は生まれながらに孤独で、寂しくて、苦しみを抱えて生きておる。そんな中、悪い事をしたら不安はもっと強くなる。いいことをしようとしても自信がなかなか出てこない。そんな弱い人間の寂しさを埋めて欲しくて、作り出されたのではないかとな。神様の役割は、人を見つけてあげることだと思っておるのじゃ。誰にも知られずに死のうとしている小さな命を、せめて神様だけは見つけてくれる。そんな願いが、妾たちを産んだのだと」


「バーニングさん……」


「でもな、妾のことは誰も見つけてはくれなかった。寂しかった。結局、妾を最初に見つけたのは、妾が一番関わり合いたく無かった冥府の奴らであったし。それもまた天命かと受け入れようとした。でも、妾は気づいてなかっただけであった」


 彼女は俺に優しく微笑む。


「お主は最初から、妾のことを見つけていてくれたのだな」


「……えぇ」


 俺は彼女をハッキリと見つめる。ガサツで、乱暴者で、世間知らずで、変な日本語を使っていて、自分のことが大好きで、褒められるとデレデレして、それでいて自己犠牲を厭わない。神様なんて肩書き、全く似合わない女性。


「初めて出会った時から、あなたはバーニングさんでしたよ」


 俺がそう答えると、彼女は頷いた。そして鏡をグイッと差し出してくる。


「妾の中に、今八百万の魑魅魍魎が蠢いておる。まだ精神にまで侵食こそされていないものの、時間の問題じゃ。妾が妾でなくなる前に、どうかお主の手で、これを破壊して欲しい」


「分かりました」


 俺はベルトに手を触れた。放出されたオリオン座最後の星が弾け飛び、拳に熱がこもる。


『オリオンマッスル・エクスパッション』


 全身のエネルギーが右腕に集中するのがわかった。今この瞬間を持って、俺は魑魅魍魎の主を破壊する。バーニングさんは、そのあとどうなるのだろう。いや、考えなくていい。彼女に神の称号なんて要らないのだ。


『サード・トランスパンチ』


 俺の右拳は、バーニングさんが手にした鏡を粉々に粉砕する。もう、決して後戻り出来ないほどに。


 それと同時に、俺の首筋がギリッと痛んだ。

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