第150話、腹を割って殴りあおう。
「ちょ、手加減してくださいよッ!」
コンクリートの壁に叩きつけられた俺は、思わず不服の声を上げた。正直後悔している。この人、強すぎる。先程までの戦闘では、ただ魑魅魍魎を排出し続けるだけの置物だったはずなのに。時折睨まれると灼熱地獄に叩き込まれてしまうが、その程度だと思っていた。俺の拳を一発叩き込めば倒せると、正直舐めていた。
とんでもない。バーニングさんは偽物の神と名乗ったが、もはやバケモノだ。さすがは
魑魅魍魎に命令を下し、それらを操るだけの力と裁量があるのだ。
「何を言うておるか、松本ヒロシ! 妾の本気はこの程度にあらずんば虎児を得られマックスピーオーオンザビーチじゃ! それに妾はまだ……
「意味のわからねぇ日本語を使わないでくださ……ウォアァァァ!?」
急に俺の体が中に浮き、天井に頭から突き刺さった。足元から湧き上がった凄まじい熱風になすすべも無かった。
「正直な話をしてやろう、松本ヒロシ。妾はお主に対して幾分か鬱憤があってのぉ!」
「は、はぁ!? 俺なんもしてねぇじゃないですか!」
天井から身を引き抜いて地面に降り立った俺は、そのまま駆け出して拳を突き出す。だが、怪力状態の彼女に対して、俺の腕は効果が薄かった。パシッと気持ちのいい音がしたかと思えば、急に視界がグルりと回る。どうやら俺のパンチはむんずと掴み取られ、そのまま放り投げられたらしい。
「妾はわざとお主の名前を間違えてやったのじゃ。マツモトキヨシ、よぉマツモトキヨシと。だのにお主と来たら、全く気づきもしない」
「は、はぁ? わざとだったのかよ! 何のつもりでそんなことをやってたんですか!」
「だから先程申したであろう。距離を感じると」
「は?」
相変わらず俺の拳は彼女の片手にペチペチと弾かれている。もうヤケだ。必死にラッシュを繰り返しながら、あの手この手を考える。いっそ消費金額を上げてフォルムチェンジした方がいいだろうか。だとしたら何がいいか、獅子座は太陽神を相手にするため効果は見込めないし、牡羊座は使いたくない。
「妾は寂しかったのじゃ。お主の敬語が。だからやめて欲しかった。故に名前を間違えてやった」
「ごめんなさい、話の流れが一切見えないんですが……ぐぉぉぉ!?」
突然俺の体は後ろに向かって吹っ飛ばされる。再び背中にえげつない衝撃が走り、目がパチパチ音を立てた。
「名前を間違えられるのは嫌であろう? つまりお主も妾が嫌なことをしていないか考えるチャンスがあったはず、ということじゃ。さらに人の名前を間違えるのはなんだかあだ名っぽくもあろう。確か現代の言葉で、仲良しこよしのあだ名はよしこかサザエさんって言うじゃろう。つまりそういう事じゃ」
「言わねぇし……どういうことか分からないです、よっ!」
思いっきり回し蹴りを当てようと試みるが、それも難なく回避される。どうやら踊り子状態での回避力はかなり高いらしい。複数ある神の力を使い分けるバーニングさんを倒すのは至難の業だ。
「つまりなんですか、バーニングさんは俺に構ってほしくてわざと名前を間違えてたって訳ですか」
「まぁ、そういうことになるのぉ……」
「照れながら言わないでください……よっ!」
飛び上がって思いっきり蹴りを放つ。しかし、その攻撃も難なくかわされてしまった。
「仕方がなかろうて、妾こう見えて奥手の奥さんキャッキャウフフなんじゃから! ゆけ、海坊主ッ!」
「ちょ、魑魅魍魎の召喚は卑怯でしょ!」
突然現れた巨大な怪物は、出現すると同時に口から鉄砲水を吐き出した。
『トランス・リヴラ』
「チェンジッ!」
慌てた俺は、それでも冷静に天秤座の力を呼び出す。ほぼ同じ戦闘能力を持つガトーショコラに右手を向けて叫んだ瞬間、俺の視界は一変した。相次いだ戦闘により崩壊した壁に腰をかけた姿勢で、周囲の様子を一望することが出来る。
そして目の前では、海坊主の吐き出した鉄砲水に溺れかけているガトーショコラが見えた。
「ちょ、ダーリン! 酷くない!?」
「魑魅魍魎の相手はお前がやってくれるってさっき言ってただろー!」
「は、はぁ? アタシ今それどころじゃなかったんですけ……ゴボボゴボッ」
アクアマリンのドレスを身につけて、海坊主の攻撃の中溺れている彼女。それは、怒りを抱いてしまって魔法の効果を受けたからなのか、それともシンプルに泳げないだけなのか。
ふと、足元に目を落とすとそこには細柳小枝が眠っていた。どうやらガトーショコラが
いや、ガトーショコラも
「ちょ、助けなさいよダーリン!」
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