第147話、神の鏡に映りし者たち
「クッ……
突然、俺の右腕を凄まじいスピードでバーニングさんが掴んだ。俺の演算能力を遥かに超えるスピードに、アーマーからこれまで見た事ないほどの数字が吹き出す。混乱しているらしい。
「なにっ!?」
俺自身、乙女座の演算を超える展開なんて初めてだった。なにより使ったのはオリオンのパワーだ。必ず弱点を破壊することが出来る最強の技。にも関わらず、すんでのところでバーニングさんは俺の想定を超えてきた。
「妾はもう……決めたのじゃ」
ギリギリと握りつぶされる指先は、今にも折れてしまいそうだった。アーマーをへし折ろうとしているのだろう。自然と心拍数が上がり、恐怖が顔を見せた。
「妾は、これより先、冥府の神として生きていくのじゃ!」
「どうしてですか、だってあなた、本当はそんなことしたくないんでしょ!」
思わず叫んだ俺の指を、女性とは思えない凄まじい怪力で捻りながら彼女は睨みつける。
「お主には関係なかろうが!」
「関係ない?」
俺の中に沸きあがる不快感は、きっと今頃アーマーの内側にある表情を醜く歪ませていたことだろう。
俺はバーニングさんをヘルム越しに睨みつけながらハッキリと言ってやった。
「俺に関係なかったら、戦っちゃいねぇんだよ!」
俺の言葉に、バーニングさんは手の力を緩めた。その隙に慌てて指を引き抜き、曲がるかどうか確認する。
「うひぃ、痛かったぁ……大丈夫そうだな」
何度かグーパーを繰り返した後に、拳を固める。大丈夫だ。折れてはいないらしい。これならまだ、戦える。
「バーニングさん、今の馬鹿力は何ですか?」
そっと横目で細柳の方を見て見たが、彼は黒焦げになったまま身動きひとつ取っていなかった。もしかしたら……もう手遅れかもしれない。ヒーローの俺ですらバーニングさんの灼熱を受けて皮膚が焼け爛れてしまったのだ。一般人が無事でいるはずがない。
確実に殺意を込めた灼熱だった。俺の目の前にいる女性は、今まさにラスボスとしての本性を顕にしている。
「言うてなかったなぁ、マツモトキヨシ。教えてやろう」
彼女はニヤリと笑うと鏡を掲げた。その中は、相も変わらず邪悪な色が蠢きあって歪を形作っている。その中で、一際大きな男が岩を持ち上げたままの姿勢で固まっていた。
「この男の名は
「あなたが、閉じ込めたんですか?」
バーニングさんは小さく首を横に振る。
「違う。閉じ込めたのはこの鏡自信じゃ。他にもおるぞ。例えば……」
そう言うと、バーニングさんの体が一瞬だけ光り、鏡の中に半裸の踊り子が映し出される。
「彼女は
そう語るバーニングさんは、いつにも増して美しく見えた。何だかとても、魅力的だ。彼女の話す言葉一つ一つが鼓膜を優しく揺さぶり、胸がときめくのを感じる。
「他にもいくつか神々がこの鏡に投影されておる。もちろん、
鏡の中がまた大きく変わり、次に写し出されたのはバーニングさん、その人だった。赤髪が特徴的なオッドアイの豊満な女性。何故か俺の胸を締め付けていた高鳴りは急に止まり、それが能力によるものだと気づいた。
「天照大御神も……え? じゃあバーニングさんは何者なんですか?」
彼女の言葉の真意が、どうしても気になる。
「さぁの。妾は誰なのじゃろう。ただ、一つ言えるのは、今の妾は冥府の神であるということ、それだけよッ!」
突然熱波が押し寄せてくる。乙女座の力で熱を回避するルートは見えるが、あまりにも凄まじい勢いで変化する灼熱に合わせて回避することは難しかった。
だから俺は、そっとベルトに触れる。指先が伸びるのは、最強の星座。牡羊座だ。
「バーニングさん、あなたを先ず倒します。じゃないとあなたは俺の話を聞いてくれませんから」
「あぁ、聞かぬ。妾はもう心に決めたのじゃ。冥府の神として生きていくと。それ以上は何も望まぬ」
「ははは、嘘つくのやめてくださいよ」
「嘘など着いておらぬ!」
「ならどうして! 俺の呪いが発動する直前まで冥府の道で生きることを渋っていたんですか」
「それは……」
「どうして、俺を殺そうとしないんですか」
「い、今しておるじゃろうて!」
「ははは? これで? 太陽の神が聞いて呆れる。こんな灼熱、俺からしたら気持ちいいサウナだ。あなたが本気を出せば、こんなもんじゃ済まないくせに。あなたは俺が呪いで死ぬことを恐れている。だから俺の身代わりになろうとしたんでしょう。あなたは俺と対等な関係を望んでいた。それは俺とのデート中も怖かったんでしょう、俺に捨てられることが。あなたはただ、一人の女性として生きたかっただけなんでしょう!」
「お主に何がわかるッ!」
灼熱が強くなった。だが、俺はもう迷わない。
「来い! 牡羊座!」
『トランス・エリース』
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