第144話、魑魅魍魎共の攻撃。
「バーニングさん、その鏡俺がぶっ壊してあげますよッ! ドリャァァァッ!」
俺は力一杯に拳を奮った。しかしそれは三つ目の大型犬に似た魑魅魍魎に受け止められる。あまりの硬さに絶望すら覚えた。まるでステンレス製の扉を殴ってしまったかのような痛みが走り、衝撃音が頭蓋骨にまで響いた。
「な、何だこの犬はッ!」
「
「あ、足だなッ! 分かった!」
細柳小枝の言う通り、全力で犬の足を蹴飛ばした。するとそいつは俺の蹴りを受けた途端盛大に転び、音も立てずに姿を消した。
とは言え、魑魅魍魎による攻撃は終わらない。
「刈り取れ
魑君の言葉が聞こえた瞬間だった。右腕に激痛が走る。見れば両手がカマのような形をした獣が俺の右腕の肘から先を切り落とし、咥えてこっちを見ていた。
「う、うわぁぁぁッ!」
ヒーロースーツの強固なアーマーを完全に無視した斬撃だった。いや、俺のヒーロースーツがブヨブヨに柔らかくなっている。
よく見れば、俺の腰に小さな子供が抱きついていた。風貌は小坊主と言ったところか。そいつが抱きついている所から次第に俺のスーツが柔らかくなっている。まるで豆腐のように触れれば崩れる柔らかさ。
「は、離せ……離せッ!」
俺は情けない声を上げながら崩れ落ちた。それと同時に変態が強制解除される。
多勢に無勢だ。勝てるはずがない。そんな絶望を抱いてしまった。
右腕の切断部位からはドバドバと血がこぼれおち、俺の体には力が入らない。耳から長い舌のようなものが入ってきて、頭の中がピリリと痺れた。
「
魑君の言葉が遠くに聞こえる。なんだか、全てがどうでも良くなっていく感覚だった。耳の奥がズキズキと痛むが、それも次第に治まってきて、段々頭がぼーっとしてくる。
なにやら細柳小枝が叫んでいるようだが、何を言っているのかよく分からない。
「松本くんっ! ダメであります! 垢嘗に負けてはッ!」
負ける? 何を言っているんだ。俺は最強無敵の鬼龍院刹那様だぞ。……ん? 鬼龍院刹那? なんだそのダサい名前は。誰が考えたんだか。そもそも戦うなんて面倒くさいことやってられるか。第一戦わなければ負けることもないし。くだらないことに時間を使ってる。そもそも、そもそもってなんだ。なんかよく分からないけど、ラーメン食べたい。いや、ラーメンなんて体に悪くて食えたもんじゃねぇし、誰がどこで見つけたんだこんな生爪なんて剥いで食べてしまえばさながら野球選手にでもなった気分の亜月さんじゃないか。いや、誰だよ亜月さんって、ぜんざいでも作るんかっての。ぜんざいよりはカレーライスのほうが東京タワーっぽいんだよなぁ。ってかお前らに見せるためにここで寝そべってるんじゃな……。
「亜月……さん?」
「ほぉ、それが君の煩悩か。ようやく見つけたなぁ。さぁ、垢嘗よ。こ奴の垢を嘗め取ってしまえ」
ビリリリリ、脳に、なんだが、痛みが、白黒白黒白黒白黒、はげし、く、来る。何かが、消さ、れ、てい、く。こ、れは。どうして。誰? 佐藤……さん。どうして、見え、見え。
「あー♡ 遅れちゃってごめんねダーリン♡」
「ガ……ト。ショコ、ラ?」
「とりあえずテメェはアタシのダーリン勝手に舐めてんじゃねぇ!」
突然痛みが止まった。それと同時に視界がクリアになっていく。霞がかった世界の霧がはれ、数度の瞬きを終えた後に俺は気づいた。
「ガトーショコラ、どうしてここに!」
何故かガトーショコラが立っている。すごい笑顔で。
「待たせちゃってごめんね♡ ようやく午後のティータイムになったから、駆けつけてきたんだよ♡」
彼女は俺の腕にしがみつくと、舌を出して俺の耳を舐めた。ゾワゾワっとする感覚が耳から首筋にかけて襲い、思わず悲鳴をあげてしまう。
「あーん、ダーリン逃げないでぇ♡」
「ちょ、ちょっと待てガトーショコラ、離せ! 辞めろ! 気持ち悪い!」
「えー、そこの不細工には散々舐められてたくせにぃ?」
「は?」
彼女の指した方に目を向けると、髪の毛がボサボサの赤い肌をした魑魅魍魎がこちらを恨めしそうに見つめていた。そいつは長い舌をチロチロと出し入れしている。え? 俺はこいつに舐められていたってこと?
「ダーリン、アタシが助けに来なかったらどうなってたのかなぁ?」
ガトーショコラはかなり怒った様子だった。彼女がこれ程までに怒りを表情に浮かべているのは珍しい。余程あの魑魅魍魎が危険だったのだろうか。
「ま、松本くん。我が説明するであります。あの妖怪、名は垢嘗と言い、不浄を嫌い汚れを舐めとる魑魅魍魎の類にあります。ただ、時として人の脳を舐め、その者の煩悩、特に欲望を舐めとる性質があるであります。やりたいことや好きなことを探し出し、それを舐めとって忘れさせる。あのまま放置していたら、きっと今頃松本くんは、この世に価値を見出せなかったやもしれません!」
その言葉を聞き、俺は思い出す。そういえば俺は自分のヒーローネームである鬼龍院刹那や、なんとなく食べたいと思っていたラーメン、ましてや心に決めた愛する人への思いすら忘れそうになっていた。
そう考えると、ガトーショコラが来てくれなかったら俺のヒーロー活動はここで終わっていたかもしれない。
「ガトーショコラ」
「なぁに? ダーリン♡」
「その……」
俺は彼女にゆっくりと近づき、彼女の耳に唇を近づけた。
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