第143話、復活せし魑魅魍魎の主。

「細柳……お前は何を言っているんだ?」


 俺は自分の耳を疑った。天照大御神が復活しただって? そんな馬鹿な。だってバーニングさんはあんなに魑魅魍魎を従えることを拒んでいたじゃないか。それに、彼女の封印を解くために用意された鏡は細柳小枝がパチンコで破壊した。


「バーニングさんが天照大御神として復活するなんて……そんなこと有り得ないだろ?」


「それが……」


 細柳はゆっくりと本のページをこちらに向けた。


「遠くて見えねぇよ、俺の視力は2.0が限界だっての」


 彼は慌てて本を持ち直し、書かれている内容を音読する。


「砕かれた鏡の破片に気をつけよ、魑君ちくんの実態は雪。雪は固まれば氷となる。氷は光を反射する。さながら鏡のように。魑君から目を離すな。散らばった鏡を集めていることに気づくべし……と、書かれていたであります」


 彼はそれからページをめくる。そしてハッキリと口にした。


「戦いのかい虚しく、天照大御神、復活せり」


 俺はヒーロースーツの内側を流れる冷や汗に気がついた。動揺しているらしい。手が震える感覚を覚えた。背筋が凍るとは、こういう状態のことを指すのか。


「朕は武芸の達人。故にこのような事態など、取るに足らぬ」


 魑君の言葉に、俺はゆっくりと振り返った。そこには、円鏡を手に笑う鬼のような男が立っていた。


「残念であったな、正義のヒーロー」


 魑君が笑った途端、突風が吹き荒れる。邪悪な風だ。何者かの不気味な呻き声が耳元で聞こえ、コンクリートの壁がボロボロと腐り始めた。


「今こそ、冥府の扉は開かれたッ!」


 風のした方に、ゆっくりと目線を向ける。そこにはバーニングさんが立っていた。つい先程まで俺とデートを楽しんでいたそのままの姿で。何も変わっていない。表情も、服装も、そのままの彼女だ。それなのに、威圧感が違う。


「……すまぬのぉ、マツモトキヨシ。妾はもう、お主のことなど忘れる」


 バーニングさんはそう言うと、ゆっくり顔を上げて微笑んだ。


「ど、どうして……鏡が元に戻っているんだ」


 納得がいかなかった。せっかく追い詰めたのに。せっかく魑魅すだまの一人である魅皇みこを倒すことが出来たのに。

 魑君の手にした鏡をよく見れば、薄い氷が割れた鏡の破片を繋ぎ止めているようだった。


「朕は君と魅皇が戦っている内も集めていたのだ、天照大御神様の半身たる八咫鏡の破片を。そして十分に集まったそれを朕の毛皮で覆った」


「……毛皮?」


「然り。朕の実態は雪。故に毛皮もまた雪としての機能を持つ。されど鏡を繋ぎ止めるには氷が必要であった。朕の冷気だけでは雪を溶かすことなどできぬ。故に……」


 魑君は火傷した両拳を俺に見せつけて笑う。


「君の炎を利用させてもらった」


「まさか……あの時ッ!」


 俺はようやく気づいた。どうして魑君はわざわざ俺の燃え盛る手のひらにだけ拳を入れ続けたのか。どうして魑君の体を燃やしているにもかかわらず彼は攻撃を辞めなかったのか。そして……。


「この傷……ッ!」


 俺の手のひらには無数の小さな切り傷があった。魑君の拳を受ける度に感じた鋭い痛み。それは彼の雪が溶ける度、彼が冷気で凍らせて作った鋭い氷柱による傷だ。

 彼は鏡を覆うように毛皮を乗せ、俺の灼熱を自分の体に引火させた。あとはその熱で鏡の上に乗せた雪が解け、水となる。その水を急激に冷やすことで氷を作り、鏡を復活させていたのだ。

 俺の手のひらに着いたこの傷は、彼が行った急速冷凍によって発生した氷柱による切り傷。彼の拳は俺の灼熱と自らの冷凍を繰り返すことで、無数の氷柱が生えていたのだろう。


「そして、復活した鏡をバーニングさんに見せたってわけか……ッ!」


「然り。天照大御神様も、快く御神体を見せてくれた。故に合わせ鏡は完成し、冥府の王は蘇った。悲願は叶い、世界に混沌が訪れる。正義のヒーローよ、残念であったな。朕らの、勝利であるッ!」


 バーニングさんの方を見れば、確かに彼女も同じ形の鏡を持っている。しかし鏡に映る景色はどす黒い邪悪な世界だ。


「バーニングさん、どうして……」


 魑君の言い草だと、バーニングさんがあの鏡を魑君に向けなければ、闇堕ちしないで済んだはずだ。それなのにどうして。


「それは……これが妾の……神としての役割だからじゃ……」


 バーニングさんは俯いたまま、鏡をそっと俺に向けた。


「すまぬの、マツモトキヨシ」


 彼女の言葉を覆い隠すように、暴風が鏡の中から吹き出してきた。

 ――オオオオオオオオオオッ!

 低いうねり声が鼓膜を揺さぶり、世界が歪み始める。見れば、鏡の中から無数の異形が溢れ出していた。

 触手を生やした者、目が十個以上ある者、とぐろを巻いた人の顔のような者、まるで食器に手足が生えたような者。ありとあらゆる魑魅魍魎が、溢れ出してくる。


「く、クソったれがァ!」


 俺は、バーニングさんを救えなかったのか。

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