第142話、常に太陽は悪を許さない。

「よくやった、細柳!」


 俺は即座に地面を蹴った。同時に腰に手を添える。体の内側からベルトが浮かび上がる感触がした。それと同時に沸き立つのは、力と勇気。


「この、図体ばかりデカイだけの小心者がッ! よくもやってくれおったな!」


 魅皇の爪先が細柳小枝に向かう。先端がギラリと輝き、それを追うように邪悪な霧が空中で蜷局とぐろを巻いた。だが、遅い。


「そうはさせねぇよ、魅皇ッ!」


 俺の蹴りが魅皇の腕を強く蹴り上げる。それと同時に、ベルトが声を発した。


『トランス・レオ』


 獅子のたてがみを生やした俺のヘルムを、グイッと魅皇に突き出して拳を振り上げる。全身から灼熱の炎が吹き上がり、熱気で蜃気楼が発生した。


「お前の実態は霧だったなぁ、魅皇」


「ま、まさか貴様ッ!」


 魅皇は慌てて体を霧散させようともがく。そんな彼女の腕をむんずと掴んだまま、俺はヘルムの下でニヤリと笑った。


「この熱気に当てられた霧は、形を保てるかな?」


「……くっ、は、離せ! 妾を離すでありんす!」


「それは出来ない……相談だッ!」


 そのまま彼女をグイッと引き寄せると、俺の灼熱に耐えきれなかったのだろう。空中に散らばっていた霧が一箇所に集まり魅皇の形を取り戻していく。


「やはりな。お前の実態は霧、とはいえ無理やりバラバラにされたら元に戻れないんだろう。俺の拳を受けた時、お前はそのダメージ全てを直接受けていた。霧となって逃げれたはずなのにだ。つまりお前は、俺の熱波に当てられた結果消滅してしまうのを避けるため、人の形に戻る必要がある……ッ!」


「は、離すでありんす!」


「不思議だったんだよ、俺は。どうしてお前ら魑魅魍魎が、その中でも最強クラスの魑魅すだま二人が、わざわざバーニングさんを追い詰めてまで闇堕ちさせようとしているのか。だが、この反応を見て腑に落ちたぜ。俺の推理は間違ってないよな、細柳!」


 俺の背後で、細柳小枝は本を捲って頷いた。


「そ、その通りであります。魑魅たる魅皇並びに魑君の二人は、太陽を克服できない。霧である魅皇はその熱により消滅してしまう。雪である魑君の扱う炎は冷気による紛い物なため、真の熱を前にすれば溶けてしまう。故に二人は太陽を持って倒すべし。そう書かれてるであります!」


「そして俺の獅子座レオは勇敢な太陽の象徴。お前らにとって、最大の天敵という訳だ!」


 俺がさらに課金金額を上昇させると、体から放射される熱が益々強くなった。それに伴い、魅皇は強制的に人の姿へ戻っていく。

 魑君もこの灼熱には近寄れないのだろう。真っ白な毛皮を小さくしぼませて、俺の方をただ睨みつけるだけだ。

 チラリとバーニングさんの方に目をやったが、彼女はその場から動けずにいた。なにかに絶望したような表情で、ただ唖然と立ち尽くしている。余程追い込まれていたのだろう。きっと魑魅による長年の脅迫が彼女を苦しめていたに違いない。決壊を貼り、彼らに決して見つからないよう生きてきたのだ。余程のストレスだったに違いない。

 そんな彼女を地獄から救い出せるのは、ヒーローであるこの俺、鬼龍院刹那を置いて他にはいない。


「魅皇、お前がこれまで行ってきた悪事について、あの世で反省するんだなッ!」


「ふ、ふふふ、面白いことを。わっちにとって、わっちにとってぇッ! 地獄とは……冥府とは……あの世とは……」


 魅皇は苦しそうな表情を必死に我慢して、大袈裟な笑顔を作って見せた。


「ただの故郷にありんすえ……ッ!」


 俺はそう言い残した彼女を強く引き寄せ全力で抱き締める。全身の灼熱を叩き込むために。魅皇の魅力的な柔らかい肌も、特徴的な煌めく鱗も、美しい顔ですら、俺の力を前に原型を保てなかったようた。

 彼女は断末魔を残して、塵となる。霧となって逃げられた感覚はなかった。確実にこの手で仕留めた。そうハッキリと認識できた。


「さて、あとはお前だけだな、魑君ッ!」


 俺が目線を男へ向けると、彼はたじろぎながらも拳を構えた。


「来るがいい、朕の辞書に逃亡の二文字は無いッ!」


「後悔しても遅いぞッ!」


 俺が地面を蹴るのと同時に、魑君は言葉を発する。


「魑君流打術弐ノ型、獣打撃防衛術!」


 その技は先程見た。拳を素早く振る技だ。ならば、その技を二度と放てないようトラウマを植え付けてやる。


「喰らえッ!」


 俺は全身の熱を両手のひらに集中させた。体全身の灼熱を凝縮したパーが、武を極めたという化け物の拳に触れる。

 鋭い痛みが俺の手に伝わってきた。まるで焼けたような切りつけられたかのような痛み。しかし、それ以上の苦しみを魑君は受けているらしかった。


「グォォォォッ!」


 俺の手に触れた途端、魑君の腕が発火する。白くフワフワな毛皮に覆われた男が、その火を防ぐ術など持ち合わせているはずが無い。彼は技を途中で止めるわけにもいかないようで、悲鳴をあげながら拳を俺に放ち続ける。

 一発一発が殺意の籠った鋭いラッシュ、しかし、それ以上に弱点を着く俺の熱発。


「や、辞めてくれッ!」


 魑君は思わずそう叫ぶと、後方に大きく飛び跳ねて俺から距離を開けた。毛皮のほとんどが燃え尽き、焼け爛れた表情が良く見える。


「安心しろよ魑君。お前もすぐに、魅皇と同じ場所へ送り届けてやる」


 俺は再び拳を構えると、そっと残金を確認した。


 うん、大丈夫だ。あと一回くらいトランスパンチを打てるだけの金は残っている。細柳から貰ったばかりのお金も、少しは貯金に回せそうだ。


「ま、松本くん!」


 突然細柳が俺の後ろで大きな声を上げた。


「なんだよ細柳小枝、もう少し待ってろよ。あともう少して全部終わるからさ」


 振り返らずにそう答えた俺に向けて、彼は否定の言葉を放つ。


「そうも言ってられないであります!」


「は?」


「ほ、本のページが継ぎ足されたであります!」


 なんの事だ? と俺が振り返ると、彼は手にした書物に目を落としたまま冷や汗をかいていた。


「この日付は……まさに今日。この時間は……ついさっき?」


「なんだよ、どうしたんだよ!」


 細柳の豹変ぶりにただならぬ事態を察した俺は思わず声を粗げてしまう。そんな俺にビクつきながら、彼はゆっくりと顔を上げてこう言った。


「天照大御神が、復活した……であります」

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