第141話、呪いを用いた邪悪な交渉。
「天照大御神様、ご決断なさっておくんなまし」
口篭るバーニングさんを促すように、魅皇が優しく声をかけた。そんな彼女の発言に、俺はふと違和感を覚える。
俺の推理が正しければ、バーニングさんが奴らに従う理由は無い。平然と理ってしまえばいいだけの話だ。彼女には特殊な怪力がある。もし仮に魑魅魍魎共を従えしボスとしての技量があるのなら、きっと強いはずだ。
俺と共に
「わ、妾は……妾……は」
苦悩を表情に浮かべて、彼女は俺から目を逸らした。
「バーニングさん? どうして……」
思わずそう呟いた俺の肩を、魅皇はポンっと叩いて笑った。
「松本ヒロシ殿、君はいい線いっていたでありんす。かなり素敵な推理力、わっち惚れちゃいそうでありんした。でも、大事なことを見落としているのではありんせんかえ?」
「大事な……こと?」
震えながらそう問いかけた俺の首筋を、そっと魅皇が撫でた。そこで俺はようやく思い出した。どうして今までこんなことを忘れていたのだろうと不思議で仕方ない。
いや、仕方ないじゃないか。だって自分からは見えないのだから。しかし近くにいる人間ならそれをハッキリと観測できるはずだ。
俺は魅皇の撫でた自分の首筋にそっと手を当てる。特に何も感じない。痛くもなければ痒くもない。傷がついていたりブツブツができているわけでもない。ただ、俺はここに何があるのか知っている。
「まさか……これはお前が?」
俺は自らの首筋にハッキリと書かれた『呪』の文字を思い出した。先日ガトーショコラに見つけてもらい、魔法少女の力で消し去ろうとした謎の文字。結局洗っても魔法を使っても落ちなかった不思議な文字。
バーニングさんとのデートを楽しんでいる内に、どうやら俺はすっかり忘れてしまったらしい。でも、隣で様々なアトラクションを体験したバーニングさんは知っていたはずだ。
「ご明察でありんす。これはわっちらが作った呪い。わっちらが命じればその場で命を落とす呪いでありんす」
「朕の灼熱と魅皇の毒を混ぜた塗料である」
「わっちがこっそり君につけておいたでありんすよ」
得意げに笑う魑魅の二人を見て、俺はようやく理解した。
「そうか、お前らが手に入れた交渉材料ってのは、俺のことだったのか」
「気づくのが遅かったでありんすね」
突然、首筋が熱くなった。煙草の火でも押し付けられているような激痛に、思わず反射的に飛び跳ねた。しかし、何かが直接首に触っているわけではない。
「お、俺の首どうなってるんだ……?」
助けを求めるようにバーニングさんを向くと、彼女は俺から完全に目線を逸らしていた。歪んだ彼女の表情から伝わる。きっとトラウマを抱えているのだろう。昔何かあったのだろう。
細柳小枝は無事に逃げきれたらしく、どこを見ても姿は無かった。
「ほぉれ、天照大御神様、教えてあげておくんなまし」
ニヤニヤと笑う魅皇の言葉に促され、バーニングさんはこちらを一切見ながら口を開いな。
「お、お主の呪いは妾に解けぬ。首筋に掘られた呪の文字は、血液に少しづつ毒を流し込むのじゃ。そして流された毒は細胞を焼き殺していく。全身に毒が回った時、お主の体は燃え尽きてしまうのじゃ……」
俺は首筋からゆっくりと手を離した。
「わっちも鬼じゃありんせん。もし天照大御神様が御神体を晒してくれましたら、いつでも呪いをといて差しあげんしょ」
「バーニングさん、乗らなくていい!」
魅皇は魑君に合図を送る。
「朕は自慢気な君の態度が不愉快である」
不貞腐れた表情を浮かべながら、魑君はゆっくりと鏡を取りだした。鋭い痛みを感じながら、俺は鏡に目を向ける。
鏡の中には無数の魑魅魍魎が蠢き、毒々しい世界が広まっていた。
「さぁ、天照大御神様、この世界に地獄を顕現くださいませ」
鏡を掲げ、ゆっくりと頭を垂れる魑君。バーニングさんは震える手で、そっと自らの懐から似た形をした鏡を取り出す。
俺はこの瞬間を待っていたんだ。細柳小枝は言っていた。あの鏡を破壊すればいいと。
「変態ッ!」
まだ首筋の痛みは耐え切れる程度だ。今の内に奴らの作戦を台無しにしてやる!
『トランス・オリオン』
「俺はお前らを、流れ星にする者だッ! うぉぉぉぉ!」
「そうはさせないでありんす」
突然空中から現れた腕に喉が掴まれる。激痛がさらに激しく走り、思わず呻き声が零れた。
「ほうれ、諦めて死ぬか、わっちらに協力して呪いを解くか決めるでありんす」
「グギギギ……嫌だッ!」
どちらも選んでなるものか!
「天照大御神様、朕らのために今こそ封印からご解放くだされ。でなければ、この男もまた母上と同じ運命を辿ることになりますぞ」
母上と同じ運命? まさかコイツら、バーニングさんを遥か昔にも同じ方法で闇堕ちさせたというのか。
「許せない……バーニングさん、絶対にこいつらの言うこと聞かなくていいですから!」
「松本ヒロシ!」
突然バーニングさんが声を荒げた。彼女は目に涙を浮かべて、ゆっくりと鏡を取り出しながら俺の方を向く。
「妾に、敬語は要らぬと言うたはずじゃ。対等な関係になろうと……言うたはずじゃ」
彼女は涙をひとつ零してから、目線を魑君に向けた。
「汝らの言う通りにしよう……!」
バーニングさんがそう発言した瞬間だった。
――パリン。
魑君の持つ鏡が割れた。それと同時に、細柳小枝が姿を現す。
「これが最後のチャンスですぞ! 鏡は破壊いたしましたぞ!」
彼の手にはパチンコが握られている。慌てて魅皇は細柳小枝に飛び掛り、魑君の冷静な表情に焦りが見えた。
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