第140話、策略は所詮絵空事なり。
「間違いない、この声は天照大御神様まさにその人!」
「ようやく連れてきてくれたでありんすね。褒めて差しあげんしょ、松本ヒロシ」
俺は俯いたままギュッと拳を握った。正直、信じたくはなかった。だってバーニングさんは世界を滅ぼそうなんてこれっぽっちも考えてそうには見えなかったから。
遊園地に来て、他の誰よりもこの場所を楽しんでいた。そんな彼女が魑魅魍魎共を従えしラスボスだなんて。
「松本ヒロシ、そこにいるのかえ!」
壁の向こう側で、バンバンと壁を叩く音がする。俺のことを心配してくれているのだろう。こんなに純粋な人が、どうして魑魅魍魎を従えて世界を滅ぼそうと言うのか。
細柳小枝が語った、かつての天照大御神と彼女を照らし合わせても納得できない。だが、俺の気持ちとは相反するように、
「間違いない、朕はこの声を知っている」
「言うたでありんしょう、この松本ヒロシこそ、天照大御神様を導く存在だと」
その通りだ。俺がここにいるせいで、俺がバーニングさんと遊園地に来てしまったせいで、俺が
「
壁の向こう側で、バーニングさんの野太い声が聞こえてきた。かと思えば、コンクリートの壁がミシミシと音を立てて亀裂が走る。
「そこにいるのであろう、マツモトキヨシ! 妾が、妾が今助けるッ!」
「バーニング……さん」
彼女の必死な声に呼応するように、コンクリートはヒビ割れを大きくし激しい音を立てて崩れ落ちた。粉砕された細かなコンクリートがパラパラと地面に落ちてくる中、髪の毛を乱しながらも焦った表情を浮かべるバーニングが立っていた。
「マツモトキヨシ……無事であったか」
「バーニングさん、俺は松本ヒロシだって」
思わず表情を崩した俺の肩を、いつの間にやら近づいてきた魅皇がポンと叩く。
「よく、わっちらの邪魔をせずにつっ立ててくれたでありんすね」
骨とちぎれた筋肉だけが空中に浮いている。その姿を見て、バーニングさんは表情を歪ませた。
「神よ、良くぞここまで参られた。魑魅魍魎の準備は整っております」
魑君は慌てた様子で人の形に戻ると、両膝を地面に着いて頭を下げる。そんな彼らを見て、バーニングさんは目を閉じた。すごく苦しそうに、目を閉じた。
「……嫌じゃ」
そう小さく口にした彼女の目から、一雫の涙が零れる。
「妾はもう、暴れとうない」
「何を仰りまするか、神よ。朕はこの日をどれほど待ちわびたことか!」
魑君が頭を上げた途端、バーニングは平手で空をかいた。手にしていたコンクリート片が凄まじ勢いで飛んでいき、魑君の顔が砕けるような音を発する。その凄まじい衝撃に耐えきれなかったのだろう。魑君は土下座の姿勢から仰向けにひっくり返った。
「貴様のことなど知らぬ! 妾はもう、人の生き死になど見とうないのじゃ!」
彼女の言葉に、俺は確信を持つ。バーニングさんは彼らが思っている以上にいい人なんだと。
「なぁ、魅皇、魑君。お前ら間違ってたんだよ」
俺は腰に手を当て変態を解除する。多少のダメージで擦り傷ができてしまったが、こんなの屁でもない。
ゆっくりとバーニングさんの隣に歩み寄った俺は、あっけに取られた表情の魑魅二人に目線を送る。よく見れば、細柳小枝が本を手に、ゆっくりと後ずさっている。どうやら彼は無事に逃げられそうだ。
「間違っているって、どういうことでありんすか!」
魅皇が声を荒げた。そんな彼女に向かって人差し指を突き立て、俺は言葉を口にする。
「よく思い出せよ魅皇、お前が言ったんじゃないか。天照大御神は結界を貼って姿が見えなくなったと。その結界は誰から隠れるためだ?」
「そ、それは……」
「お前らは終始一貫して魑魅魍魎を束ねる主を探していた。お前らの話だと、とっくに世界を侵略するだけの魑魅魍魎は集まっていたんだろう。それなのに神は姿を表さなかった。匂いはすれど結界が邪魔でどこにいるか分からない。だから、神の匂いがする俺に接近し、俺をストーキングし、そしてようやく発見した」
悔しそうに表情を歪ませる魅皇と、初耳だと言わんばかりの顔を浮かべる魑魅を睨みながら、俺は続けた。
「魅皇、お前は言ったよな。神を見つけた、交渉材料を手に入れたと。実際バーニングさんはあの家に住んでいた。だが部屋に閉じこもっていた。お前はバーニングさんに直接会えなかったんだろう。その代わり、俺とバーニングさんがデートをする約束をした手紙を見つけた」
「……グッ」
「だからお前らは、
「そ、それで鏡をここまで運ばせたのか、魅皇ッ!」
魑魅が声を荒らげる。やはり全て魅皇の計画だったらしい。しかしどんなに彼女が策略を張り巡らせようとも、神であるバーニングさん本人が嫌がれば話は別だ。
「残念だったな、お前の作戦は失敗だ。バーニングさんは貴様らの為に魑魅魍魎を扱わない! そうですよね、バーニングさん」
「わ……妾は……ッ!」
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