第139話、獅子座の力を今解き放たん。

「くっ、思いのほか狭すぎたかッ!」


 魑君ちくんは天井に頭を突き刺したままジタバタともがいている。何をしているんだこいつは、と思わず呆れ顔を浮かべてしまうが、すぐにそうも言ってられなくなった。突然、ジリリリリリという大きなサイレンの音が鳴り響いたのだ。

 どうやら、今の衝撃を地震や事故、怪人フラワー襲撃の類だと勘違いしたらしい。つまり、パニックの始まりだ。


「皆様、落ち着いて足元のフットライトに従い出口へ向かってください!」


 お化け屋敷内にアナウンスの声が響き、それに従う足音とざわめきが微かに聞こえた。


「ママァァァ!」

「よしよし、大丈夫だから、君たち出口に向かえるかい?」

「あの、何が起きたのでしょうか」

「急いで警察と本部に連絡を!」


 壁の向こう側から聞こえてくる様々な声、それはつい先程まで当たり前に存在していた平和が壊れた現実を表している。


「魑君といったな、貴様よくもッ!」


 俺は怒りに身を任せて腰に手を当てた。触れるのは獅子座のシンボル。


「ま、待て松本ヒロシ。この騒ぎに関して朕も想定外……というか下ろしてくれないか!」


 ジタバタともがく獣を見上げながら、俺は拳を握りしめた。


『トランス・レオ』


 ベルトから放たれた獅子座のシンボルは、俺の体を包むアーマーに溶け込んでいく。体は形を変え、獅子の文様と力を手にした。


「覚悟しろ、魑君ッ!」


 俺の体は姿を変え、ヘルムからはライオンを模したたてがみが生えている。そして肉体は灼熱の炎に包まれた。その熱波は周囲を包み込み、背後からは、見守っていた細柳小枝の小さな「熱ッ!」という言葉が聞こえた。


「朕の言葉を無視して攻撃しようとは、この愚か者め! 魑君流打術弍ノ型、獣打撃防衛術!」


 突然天井から頭を抜いた魑君は、空中で体制を整えつつ鋭い爪を丸めて拳を震わせた。しかし、俺の方が強いに決まっている。

 俺は燃え盛る足を高く上げ、魑君の顔面に向けた。


「焼け死ね……ッ!」


「グォォォォ!」


 俺の蹴りを、彼は鋭い拳で回避しようとする。しかし、俺の足に触れた両腕は炎に焼かれ、全身を覆う毛皮に火がついた。


「何ィ!」


「魑君、お前らがここで何をしようとしていたか、俺には大体想像が着く。だからこそここでハッキリと言わせてもらう。貴様らの悪巧みはここまでだ。魑魅魍魎が集められた鏡はここで廃棄する! そして、天照大御神に復活はありえない!」


「そ、そうだそうだ! でありますぞ!」


 魑君は俺の蹴りをまともに受け、全身が炎に包まれたまま三メートルほど後方に吹き飛んだ。彼らが祭り上げていた祭壇に背中からぶつかり、木造のそれにまで火が移る。

 火災報知器が熱と煙を感知し、スプリンクラーを作動させた。冷たい水が、魑君の体を覆っていた炎を次第に弱らせていく。


「くっ、朕にこれほどの屈辱を与えるなど……許せぬッ!」


 突然魑君は四つん這いのまま毛を逆立てた。次の瞬間、彼の体からボウッと音を立てて火柱が上がる。真っ赤に燃えた毛皮は、スプリンクラーの水を蒸発させ白い蒸気に包まれていく。


「ほれ、霧を作ってやったぞ」


 しゃがれた声でそう口にした魑君、その言葉の意味を瞬時に理解した俺は、慌てて周囲を見渡した。だが遅かった。


「まったく、遅すぎるでありんす」


「なななっ!」


 声のした方には細柳が! 慌てて俺が振り返ると、そこには震えながらこちらを見つめる細柳が居た。彼の首筋には、魅皇の鋭い爪が伸びている。


「わっち、まだこの程度までしか回復してありんせんけんど、でも力なき男一人殺す程度はぞうさもありんせん」


 骨と筋肉が剥き出しの、ほぼ骸骨みたいな顔が空間からにゅっと顔を出した。俺の拳を受けてほぼ絶命状態にまで達した魅皇だが、まだ微かに生きていたらしい。

 そして細柳小枝を人質にとったというわけだ。


「貴様ら……卑怯だぞ!」


「卑怯? 笑わせないでおくんなまし」

「元より朕らは闇の存在。魑魅魍魎を支配する魑魅すだまが一人にあるぞ」

「わっちらがどんな手を使おうと、むしろ悪法こそが美徳でありんす」

「君らはただただ朕らの言うことを聞いて」

「大人しく天照大御神様をこの場に連れてきた方がよかったでありんす」


 俺はベルトにそっと触れ、獅子座の能力を解いた。人質が取られている今、下手に攻撃することは出来ないと判断したからだ。


「わかってくれて良かったでありんす」

「で、君は神をこの場に呼んでいただけるのかな?」


 二人の言葉に、俺は俯いた。

 確かに俺は二人を止めようとしていた。それはこいつらの狙いが世界を闇で包み込む事だったからだ。無数の魑魅魍魎を世界に放ち、世界を支配しようとしていた。そんな事許せるはずがなかった。

 だが、そもそもこいつらの言う神って誰なんだ。俺の身近にいる存在で、魑魅魍魎に詳しい人間。そんなの細柳小枝以外思いつかなかった。だから俺は彼こそが魑魅魍魎の主たる天照大御神だと思い警戒していたんだ。

 しかし違った。彼は天照大御神を倒す方法を受け継いだ人間だった。


 となれば、残る可能性は……。


 俺の脳裏に、一人の女性が思い浮かんでいた。


「マツモトキヨシ、ここにいるのかえ? こ、この騒ぎはなんじゃ?」


 静かになった壁の向こう側から、バーニングさんの声が聞こえてきた。

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